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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
68/88

魔道具泥棒の情報

 あれから数日、魔道具泥棒の情報は何も得られないまま、老魔術師はせっせと魔法屋で働いていた。


 乾燥させた実を、クロードがゴリゴリすり潰す。ティンクルスは愛用のハサミをちょきちょき動かしながら、葉を細かく刻んでいく。

「ティンク、もう混ぜていいか?」

「お、そうじゃの」

 すり鉢と葉の入った器を確認し、これを終えたら休憩でもしようかとほほ笑んだとき。


 ――カラン、カラ~ン


 入口にぶら下がる、ドアベルが涼やかな音を立てた。


「ティンクさん、こんにちは」

「おぉ、これは若主人。今日はどうしたのかの?」

 来店したのは、品の良さそうな壮年の男性だ。

 彼は、優しげな隊員の結婚祝いに魔光灯まこうとうを買った店の長男であり、元女将の宿屋で盗難騒ぎを起こした若夫婦の兄でもあり、アンガンシアまでの旅路を同行した……簡単に言ってしまうと、結構付き合いのあるご近所の若主人だ。

 にっこり笑ってカウンターへ向かうティンクルスの後ろを、少々眉をひそめたクロードが続く。


 実は、この若主人の来店頻度もわりと高く、世間話も少々長い。が、おっちょこちょいな隊員とは違い、薬を買ってくれる客ではある。それに、来店時間も老魔術師が休憩しようかという頃合だ。だからだろう、クロードの眉間のシワはそれほど深くない。

 若主人の世間話は、アンガンシアの支店でがんばっている弟夫婦に会えなくて寂しいだとか、彼らの監督を無事に終え、戻ってきた妻に頭が上がらないだとか。こちらも愚痴か。

 やはり老魔術師が親身になって聞くものだから、彼もついついやって来るのだろう。


「ささ、こちらへどうぞ」

 ティンクルスは決まり文句と笑顔でソファを勧め、クロードは愛想のない顔で元女将に紅茶を頼む。

 今日も彼女の紅茶はおいしい。ほぅ、と老魔術師がひと息つくと。

「ティンクさん、今日は相談があって来たんです」

 カップを置いた若主人の顔はひどく真剣で、いや、愚痴を言うときもいつも真剣な顔なので、ティンクルスには深刻な相談なのかどうか、ちっとも判断がつかなかった。



「魔法化粧品……」

 話を聞いている途中、ティンクルスがつぶやきをもらすと、若主人は眉をひそめてうなずいた。横に座るクロードは、ふんっと鼻を鳴らす。


 魔法化粧品とは、薬草を原料に魔法を用いて作った化粧品である。医療ではなく美容目的の魔法薬といったところだ。ただし。

 薬草は人々の命を救う貴重な植物だ。それを美容のために使うのはいかがなものか、といった考えが一般的なので、魔法院でも化粧品の研究はしていない。

 つまり、魔法化粧品は堂々と売買する品ではなく、品質も保証されていないということだ。それでも密かに高値で取引され、問題が起きることも少なくない。


「それを売ってやるって、わがまま娘に持ちかけた奴がいたんだな?」

「ええ、そうなんです……」

 クロードの言う『わがまま娘』とは、アンガンシアまでの旅で同行した、道中、森で行方不明にもなった、若主人の親戚の娘だ。


「それで、娘さんは魔法化粧品を買ってしまったのかの?」

 ティンクルスが眉を下げると、若主人の顔はとんでもないという風に大きく横にゆれる。

「あの子は少し惹かれたらしいのですが、侍女が止めました。魔法使いにも相談したほうがいいだろうということになって、それならティンクさんはどうかと」

「ほほぅ」


 聞いてみれば、その侍女は旅にも同行した女性だった。最初は娘を一人で森にやり、しかし行方不明になったとわかると心配し、娘が見つかったあとはずっとそばに付いていた侍女だ。

 彼女は今、娘にしっかりと仕えているらしい。娘のほうもこの侍女の言うことは聞くようだ。

 わがままだった娘もあの旅で成長したのだと、若主人はさも満足そうな顔になって何度もうなずく。


(二人は良い友達になったのかのぅ)

 そう思えば、ティンクルスの顔にほわりとした笑みが浮いた。が、クロードは勢いよく鼻を鳴らす。


「魔法化粧品を信じるなんて、バカだろ」

 クロード曰く『わがまま娘』は、『地方の商家』の息子であるティンクルスを軽視し、クロードに「雇ってあげましょうか」とのたまったせいで、彼の逆鱗に触れた経歴の持ち主でもある。

 だからか、なかなか言葉がきつい。

「こっ、これクロード、よ……」

 慌ててたしなめようとしたティンクルスは、ここでハッと気がつき若主人を見やった。


「魔術薬師工房の魔道具が盗まれたから、娘さんは魔法化粧品を信じそうになったのかの?」

 魔道具が盗まれたという噂は広まっている。そこへ魔法化粧品を見せられた。もしかすると、信頼ある魔術薬師工房の魔道具で作った物だと、売り手は臭わせたかもしれない。

 多くの人々は、いくつもの魔道具を用いて、幾度も練習を重ねて、ようやく魔法薬を作れるのだと知らないのだ。魔道具さえあれば簡単に薬ができると思っている。

 だから娘も化粧品が本物かもしれないと考えたのではないか。ならば、とティンクルスは指を立てて首をかしげる。


「わしに相談に来たのも、魔道具泥棒と関わりがありそうじゃからかの?」

 若主人が老魔術師を相談相手に選んだのは、警備隊と契約している魔法使いだからだ。

 こう言うと、若主人の顔が輝き大きく縦に上下した。

「そうなんです! ティンクさん、何とかお願いします!」

「大事なことは先に言え!」

 最近『余計な話』をたくさん聞いているからだろうか。クロードが思いっきり若主人を睨みつけた。





 ――カラン、カラ~ン


「ティンク、仕事中に悪いな」

「お、隊員さん。ちょうど休憩するところじゃったから大丈夫じゃ」

 さらに数日が過ぎた頃、ティンク魔法店を訪れたのは、落ち着いた感じの隊員だった。


 ティンクルスがソファを勧め、クロードが紅茶を頼もうとすると、隊員は仕事中だから要らないと断りを入れる。

「わしも飲みたいから一緒にどうかの?」

「じゃあ、もらおうか。ありがとう」

 こんなやり取りの末、元女将に紅茶を頼むクロードの顔は、少しも機嫌が悪くなさそうだ。世間話という名の愚痴をこぼしに来る、おっちょこちょいな隊員や若主人とはずいぶん対応が違う。


「ティンクが教えてくれた情報を元に、街を探ってみたんだけどな」

 紅茶をすすりカップを置いた隊員は、すぐさま本題に入った。ティンクルスもぐっと身を乗りだす。クロードが満足げにうなずいたのは、『余計な話』が無かったからだろう。


 警備隊が調べた結果、中央街の商家の女性、何人かが魔道具泥棒と思わしき男に声をかけられていることがわかった。

『街の噂はご存知でしょう?』

 ちょっと小奇麗な服を着た男は、こんな風に切りだして魔法化粧品を見せた。なかなか整った顔の、けれど小ズルそうな感じもする男だったそうだ。

 声をかけられた女性たちは、みなキッパリと断ったという。


「まあ、買ってしまった女は正直に言わないだけだろうけどな」

 隊員がニヤリと口の端を上げると、クロードもふふんと鼻で笑った。ティンクルスは「なるほど」と納得する。

「買った人たちに被害はないのかの?」

「大丈夫みたいだな。たぶん安い化粧品か何かだろ。騙されたほうも被害がなければ騒がないからな」

 それは良かったと、またまた「なるほど」と、老魔術師が安心し感心もしていると。

「奴ら、そろそろ標的を庶民街に移すと思うんだ」

 隊員は少しばかり身を乗りだし、声をひそめて続けた。


 中央街で声をかけられた女性の一人が、怪しいと思ったのだろう、男にこう返したという。

『では、その化粧品を魔力測定器で調べてもいいかしら?』

『実はこれ、本物じゃないんです。無闇に持ち歩いて盗まれたら大変ですので』

 男に焦りは見られず、買ってくれるのならこれから本物を持ってくるので、魔力測定器を用意して待っていてください、とまで言って去ったそうだ。


「そ、それでその男は……」

「もちろん、もう来なかった」

 肩をすくめた隊員に、ティンクルスは「ほほぅ」と感心し通しだ。


 魔道具泥棒がこれまでに声をかけたのは、魔力測定器を使わない商家の女性だそうだ。宝石と魔宝玉まほうだまを見極める宝飾店や、魔物の毛皮なども扱う家具屋といった、魔力測定器のある店には近づいていない。

 だが、先ほどの女性のように、家に魔力測定器を置いている商家は中央街ならそれなりにある。


「つまり魔道具泥棒は、これから魔力測定器のない庶民街を狙う、ということかの」

 老魔術師がずぃっと身を乗りだすと、隊員は「たぶんな」とうなずいた。



「今日もいい天気じゃのぅ。ちょっとまぶしいかの」

「動いてると暑いかもな。ティンク、そろそろ帽子でも被ったほうがいいぞ」

 昼下がりの中央街を、ティンクルスはクロードと並んでてくてく歩く。

 魔法屋を開いてから、午後の散歩は老魔術師の日課となっていた。一日中店にこもっていては運動不足になってしまう。せっかく旅で鍛えた足腰を老後まで維持しよう、というのが一度は爺になった彼の目標である。


「うまく泥棒が見つかるといいのぅ」

 大通りをまっすぐ、アーチ橋までやって来たティンクルスは足を止め、庶民街をくるりと見わたす。

「隊員たちが狙われそうな場所にもぐりこんでるんだ。大丈夫だろ」

「そうじゃのぅ」

 うなずきはしたものの、ちょっと気になる。老魔術師はそのまま庶民街へと足を伸ばした。


「だからそのカゴはそっちじゃなくて、こっちに置くのよ!」

「何で俺がこんなこと……」

「それに、お客様にももっとにこやかに挨拶できないの? 評判が落ちたらどうしてくれるのよ」

「店番は俺の仕事じゃ……」


 一軒の店から男女の言い合いが聞こえてきた。女性はものすごい速さでしゃべっている。男のほうは完全に押されているようだ。何だろう、なぜだか妙に懐かしい気もする。

 ふり向けば、そこは魔宝玉を扱う宝飾店だった。精霊が囚われていた玉を探すため、老魔術師も訪れたことがある。いや、とても印象に残っている。

 魔宝玉を宝石と偽って売りつけようとしていた女を追い払ったのに、「なんで邪魔したんだ!」と店主に怒鳴られてしまった――おっちょこちょいな隊員と出会った思い出の店である。


「……あの隊員さん、またこの店にもぐりこんでるのかの」

「人選が悪いんじゃないか?」

 言い合いの相手は、捜査中の警備隊員を平然とこき使える女性店主だ。彼女と隊員は、以前も同じようなやり取りをしていた記憶がある。

 ティンクルスとクロードは顔を合わせて首をかしげ、また店に目を戻す。


「いくら俺が結婚したからって、そんなに怒るなよ」

「は?」

 呆気にとられた風な女性店主の声が聞こえた。老魔術師もきょとんとする。

 そういえば、男らしいとか、逞しい男はモテるとか。この隊員は女性店主が自分に惚れていると思いこんでいるようだった、とも思いだした。


「あんたの気持ちは嬉しいがな、俺にも好みってものがあるんだ」

「……は?」

 女性店主の声が低い。これは止めたほうがいいのでは。老魔術師が一歩踏みだしたとき。


「あんたももう俺もことはあきらめ」

「誰があんたみたいな筋肉バカ、好きになるっていうのよ!」

 脳天を突き抜けるようなすまさじい罵声がとどろき、ティンクルスの体は、ぴょんぴょん、と二度も跳ねた。



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