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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
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二つの工房の話

「このたびは大変じゃったのぅ」

「ええ、まったく、こんなことになって……魔術薬師工房には迷惑をかけてしまいましたし、うちもただでさえ忙しいのに……」

 肩をがっくりと落とし、はぁ、はぁ、と言葉の合間に幾度も溜息をもらしているのは、魔道具職人工房の工房長だ。


 ティンクルスはクロードとともに、魔道具が盗まれたときの状況を聞こうと、魔道具職人工房を訪れていた。

 このたびの一件で、警備隊員が事情聴取にやって来たり、魔法院への報告書を作らなければならなかったりと、現場責任者である工房長はずいぶん大変な思いをしたようだ。元々こけていた頬が、さらに細くなったようでもある。


 心配になった老魔術師は、工房長に優しく声をかける。

「何だか疲れてるようじゃから、わし、日を改めたほうが」

 ここまでを言うと、しょんぼりと垂れていた工房長の目がカッと開いた。

「確かに! うちも暗くなってから届けたのは不注意でしたよ! ですが、魔術薬師工房から急いでほしいと言われたんです!」

 先ほどまでの消沈っぷりはどこへやら。ダンッ、と勢いよくテーブルを叩いたものだから、ティンクルスはここでもひっくり返りそうになった。


 どうやら工房長は、休息より愚痴を聞いてもらいたいらしい。しばらく、老魔術師はうんうんと親身な顔で相槌を打ち、その横で、クロードは眉間にうっすらシワを寄せ、工房長の止まらぬ口をジトリと見据えていた。

 かなり時間を要した末にわかったのは、魔道具の納品時間は通常ならば午前中だということ。今回の、夕方過ぎの納品は急ぎの仕事だったからであり、常にはない事だそうだ。


(となると……)

 工房長は口からつばを飛ばす勢いでこのたびの不運を訴え、顔をうつむけ首をふり、天井を仰いでは溜息をつく。

 若干、演劇でも観ているような気分になりながら、老魔術師はつらつらと考えを巡らせる。


 泥棒は常にはない納品時間に現れた。これは、両工房のいずれかから情報が漏れたためだろう。

 ならば泥棒の目的は、盗んだ魔道具の転売ではなく、やはり『魔術薬師工房の』魔道具だったのか。だが、使い方のわからない、一つでは用を成さない魔道具を、なぜ。

(むぅ……)

 ティンクルスは口を尖らせ腕を組む。まだ情報が足りないようだ。これは魔術薬師工房へも行ってみるべきか。


「ティンク、そろそろ帰るか」

「ふぉ? まだ工房長さんが話してるんじゃが……」

 なぜだか、工房長は英雄劇の主人公のごとく、すっくと立って両手を広げ、魔道具職人工房のこれまで道のりを朗々と語ってしまっている。

 この場で得られる情報は入手したと、老魔術師の考えもひとまずまとまったと判断したのだろう。クロードはさっさと立ち上がる。

「や、あの、クロードよ……」

 ティンクルスは友に腕を引かれ、熱弁中の工房長をおろおろと振り返りつつ工房をあとにした。



「……もう、夕方なんじゃの」

「あいつ、余計な話が長かったからな」

 魔道具職人の工房を出ると、来たときは青かったはずの空がすっかり茜色に染まっていた。

「魔術薬師工房の話も聞きたかったんじゃが、それは明日……休みじゃのぅ」

 明日は光の日、魔術薬師工房は創立者である偉大なる魔術師に合わせて休日となっている。ティンク魔法店も休日であり――老魔術師はにこっと笑って友を見上げる。


「明日、隊員さんの家に行って、奥さんから話を聞けばいいんじゃのっ」

 臨月に入りながらも魔術薬師工房でがんばっている、おっちょこちょいな隊員の妻も明日は休みだ。彼女なら何か知っているかもしれない。

「……幽霊女もわりと話が長いよな」

 ボソリとこぼしたクロードの声は、しかし意気揚々と歩くティンクルスには届かなかった。


 二人は水路沿いの道を、並ぶ屋台を横目に歩く。串焼きの香ばしい匂いが鼻をくすぐるものだから、夕暮れ時の腹の虫がきゅるっと音を立てた。

「ティンク、何か買うか?」

「い、いや……女将さんがおいしい夕食を作ってくれてるから、の」

 じわっと湧き上がってきたツバをごくりと飲みこみ、ちらりちらりと屋台に向いてしまう目を前に戻し、自己主張する腹の虫をなだめるように手でさする。

 老魔術師は誘惑あふれる屋台通りを、つまずきつつ助けられつつそそくさと通り過ぎる。

 無事、大通りまで辿りつくとアーチ橋へ。


「陛下、元気かのぅ?」

 橋の途中、夕日色に染まる王宮が目に入ると、ティンクルスの足は止まった。

 旅を終え、王都に戻ってもう二月近く経つか。この間、彼は一度も王宮へは行っていない。ただ……

「元気だっただろ」

 クロードが同じほうへ顔を向け、ふふんと笑った。老魔術師もほわりと笑う。


 実は、彼らが旅を終えた数日後のこと。

『へっ、陛下っ!?』

 この国の王はまたもや王宮を抜けだし、中央街にある老魔術師の家を訪れた。

 本当なら、ここは王族として、叔父として、王宮でハラハラしているであろう筆頭魔術師のためにも、怒っておくべきだとは思ったのだが。


『叔父上、お帰りなさい』

 王が優しげに笑った。

 ティンクルスにとって、この旅はあの日の夜、生まれ育った王宮をそっと抜けだしたとき、老魔術師の塔にたたずむ王の影に見送られたときから始まったと思っている。

 だからだろうか。


『陛下……レイヴンス、わし、帰ってきた』

 懐かしい王の姿を目の当たりにすると、本当に帰ってきたのだと思えて、ようやく旅が終わったのだと実感して、目からポロポロ涙がこぼれ、鼻はぐずぐず音を立てる。

 もちろん、王に付き従ってきた騎士ジャンからクロードへ、白い布もしっかりと手渡されていた。





 今日は光の日。ティンク魔法店も、魔術薬師工房も休日だ。ティンクルスとクロードはいつもどおり、神殿で祈りを捧げた。

 終えると大通りへ出てまっすぐ、アーチ橋を越えて庶民街へ向かう。行きかう人々と挨拶を交わし、たまにつまずき助けられ、心地よい風に髪をなびかせながら、ついでに屋台の匂いに小鼻を震わせ、自由市場へ辿りつく。

 と、そこでは。


「何でみな、真ん中に集まってるんじゃろ?」

「ティンクの銅像があるところだな」

「……」

 老魔術師としては、自身の銅像などあまり見たい物でもない。気恥ずかしいとも思うし、もうこの世にはいない故人になってしまったような……確かに一度目の生は終えたらしいが。

 それでも人々が集まっているのは気になった。じぃっと眺めていると、胸に手を当て祈る者、魔石と魔法薬の乗った手を熱心に触っている者もある。

 ティンクルスは何となくギクシャクしながら銅像に近づく。


「その、みなは何を祈ってるのかの?」

「この国を導いてくだすったティンクルス様に、感謝を捧げておるんじゃよ」

 ご老人がにこりと笑った。そんな風に言われると、老魔術師は何だかこそばゆい気持ちになる。

「天国からこの街を見守ってくださいって、お願いしてるんですよ」

「ほ、ほぅ……」

 朗らかに笑うご婦人には申し訳ないが、まだ生きているので見守れない。

「僕ね、ティンクルス様みたいに頭が良くなりますようにってお願いしたんだ!」

「……勉強、教えたほうがいいかの?」

 老魔術師は思わず、にこにこ笑う少年に真面目な顔を向けていた。


 さらに聞いてみると、それぞれの手を触るのにも意味があるという。

 魔石の乗った左手は、武力、職人の腕を上げる、商売繁盛など。魔石から魔術武器や魔道具、そして魔道具を扱う羽振りの良い商家を連想するためだろうか。

 魔法薬の小瓶が乗る右手は、健康、勉学であるらしい。薬は病気やケガを治すから、薬を作る者は知識が豊富、といったところか。


「わし、そんなこと頼まれても……」

 仮に天国へ行ったとしても、どうにもできそうにない。へなっと眉を下げたティンクルスに、クロードが「気にするな」と渋い顔で首をふる。

 老魔術師はちょっとだけ、この銅像には近寄らないでおこうと思った。



 いろいろと微妙な心持ちになりながらも自由市場を抜けて、二人はおっちょこちょいな隊員夫妻の新居へと向かう。


「あ、ティンクさん!」

「奥さん、体の調子はいかがかの?」

 黒いローブを羽織った妻は、重そうな腹を抱えて少しばかりゆっくり歩く。隊員が引いた椅子に腰を下ろし「ふう」と息をつくと、それでも元気そうに笑った。


「大きいのぅ……もしかして双子かのぅ?」

 まじまじと見つめる老魔術師に、クロードが「そうだな」と小さくささやく。精霊には二つの命が宿っているとわかるようだ。

 ほぅほぅとフクロウのように感心しつつ、それは楽しみだとニコニコしながらうなずく、と。


「ティンクさんもそう思いますよね! それなのにこの人ったら、俺みたいな大きい男の子が産まれるんだって言って、近所から男の子の服をたくさんもらってきたんですよ!」

 妻が口を尖らせ指した先には、何枚かの服が重なっていた。それを隊員が「いいじゃないか」と取り上げてみせる。

 どう見ても三歳児くらいの大きさではなかろうか。どれだけ大きな子供を産めというのか。

「……男の子だったとしても、しばらくは大きすぎて着られないと思うんじゃが」

 ぱちぱちと目を瞬かせたティンクルスは、至って真面目な顔で答えた。


「私は双子の女の子だって思うんです。将来は親子で魔法使いになって魔法屋を開くんです!」

 今度は黒いローブの妻が、大きな腹を持て余し気味にしながらも、グッと身を乗りだした。

 魔法使いの女性は子を産むと魔力を失うことがある。だが、臨月になっても魔法を使えるそうだから、おそらく彼女は魔法使いのままだろう。では、子供に魔力は受け継がれないのかというと、それはまだわからない。


「いや、双子の男だな! 親子そろって警備隊員になるんだ!」

 おっちょこちょいな隊員は大きな拳を振り上げて、なぜだか太くて逞しい腕を強調する。

 双子だというところだけは受け入れたらしい。ただ、男の子だったとしても警備隊員になりたいかどうかは、こちらもわからない。


「その……元気な子が産まれるといいの」

 ティンクルスに言えるのは、これだけであった。


 結局、かなりの時間をかけてわかったのは、明日になれば魔法院から新たな魔道具が届くこと、腹の大きな妻が工房で働く必要はなくなったこと、これだけだ。

「あいつら、夫婦そろって話が長いな」

 夫妻の家を出た途端、こうもらしたのはクロードである。



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