↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
終わりの章
PR
63/88

竜人と老魔術師

「我ら竜人が極めた魔術、知りたくはないか?」


 声は、暗い部屋の奥から聞こえた。若くはない、男のもののようだ。誰もいないと思っていたのに何者かがいたらしい。しかも、竜人語を話している。

 あまりの驚きにドキドキと騒ぐ胸を押さえつつ、魔法の光を奥へ向ける、と。

「う」

 突如まばゆい光が射し、老魔術師は顔を背けて目をつむった。


「精霊の力をわが物とし、不老をも可能にした竜人の魔術、お前は知りたいか?」

 再び竜人語が響く。そろそろとまぶたを開けたティンクルスは、その男の姿を捉えた。


(……竜人の、王?)

 部屋の奥は玉座になっていたようだ。高い位置に男がゆったりと腰を下ろしている。

 男は、鎧兜を身に着けていた。頬と額が黒いうろこに覆われている。兜には竜の装飾があり、肩からはマントが垂れている。手に持っているのは剣の形をした魔術武器だ。その玉が光を発し、暗い部屋を明るく照らしている。

 この男は本当に竜人と称した者なのだろうか。不老をも可能にしたということは、千年も前から生き続けているのだろうか。まさか……


「ふ、不老の魔術とは、か、壁に刻まれてあった永遠の命のことかの?」

 しゃべってみて初めて、口の中がカラカラに乾いていると気がついた。しゃべり慣れない竜人語に、なおさら舌が回らない。知らぬ間に握っていた手を広げると、じっとりと汗がにじんでいるのにも気づく。

 ゴクリとつばをのみ、老魔術師は恐る恐る男を窺う。


「そうだ、永遠の命だ。精霊の力で地上をわが物とし、老いることなく生を謳歌し続ける」

 男は悠然とこちらを眺めていた。それは自信に満ちた王の姿……しかし、ティンクルスは首をかしげる。


 自国の王、レイヴンスとは何かが異なるのだ。彼の笑みは、国を背負い、国を守り、国を育ててきた、そんな自信と誇りを感じる。が、男はただ、力だけを誇示しているような。

 そんな風に思うのは、たった一人、武器も持たないひょろりとした青年に、この部屋の中では弱々しい光しか放てなかった魔法使いに、強力な魔術武器を突きつけているからか。

 はたしてこの男は、魔術武器を手放したときも同じ顔でいられるだろうか。そう思うと、体からこわばりが消えていく。


「我ら竜人の魔術、お前は知りたいか?」

 答えを促すように、男が問うてくる。これに。

「わし、知らなくていいのぅ」

 ほわりと、老魔術師は笑った。


 精霊はこの地を自由に漂ってほしい。人の前にときおり現れ、仲良く楽しく過ごしてほしい。

 クロードの笑顔を思い浮かべ、にっこりと笑みを深める。

(それに永遠の命なんて、のぅ)

 今度はゆるりと首をふる。


 一度目の生を終えるとき、老魔術師はとても穏やかな気持ちだった。もちろん、やり残したと思うことはあった。もっとこうすれば良かったと悔やんだこともあった。けれど、精一杯生きたと思った。満ち足りた人生だったと感じた。

 きっと、老侍従も同じだったと思う。家族に守られながらひつぎに眠る彼の顔は、とても穏やかに見えた。幸せそうに見えた。


 こうした気持ちは、限られた生だからこそ感じたものだと思う。毎日が永遠に続くなら、こんな気持ちになれるだろうか。

 守護精霊に取りこまれた人の魂は、いつかは天国で眠りにつく休息が必要だという。ならば永遠に生きるのは、ひどく疲れることではないのか。


 だから――永遠の命など、いらない。竜人の魔術など、知らなくていい。


 長くとも永遠ではない生を生きる、友を思い浮かべる。老侍従のロイクを、老いた侍従クロードを、兄王を、人生を懸命に生きた者たちを思いだす。王を、筆頭魔術師を、騎士を、これまで出会った人々を、今を精一杯生きている者たちを想う。

 ティンクルスの顔には、ほわりほわりと柔らかな笑みがあふれる。


 ――カラリ


 男が、魔術武器をこちらへ放った。疲れたように椅子にもたれ、そのまま目をつむってしまう。何だか少し笑ったようにも見えた。何事かをつぶやいたようにも聞こえた。


「あの、どうしたのかの? ……その、この魔術武器の精霊を解放してもいいかのぅ?」

 老魔術師はそろそろと窺う。

 男は何も答えなかったが、一度小さくうなずいた。





 コリコリと、少女像を削る音が黒い部屋に響く。今、部屋を明るく照らしているのは、竜人が持っていた魔術武器から解放した精霊だ。

 老魔術師が玉を削ると、飛びだしてきた精霊は光りながら少女像の周りを舞った。大精霊の娘を早く解放してくれと、言っているように思えた。


「ふぅ……もうちょっと待っててくれるかのぅ」

 竜の牙がついた金の持ち手から、ティンクルスは指を離して疲れた腕をふるふると振る。小指の先ほどの小さな竜の牙では、少女像を削るのになかなか時間がかかりそうだ。

 部屋を照らす精霊を申し訳なさそうな顔で見上げると、ゆらりゆらりと揺れ動く。がんばれと励ましてくれているように感じる。

「お、がんばるからのっ」

 老魔術師は再び金の持ち手を握り、少女像に向かった。



「私は……」

 どれくらい経ったのか。玉座から、静かな声が響いた。ハッとしてそちらを向いたティンクルスに、男は続けろという風に顔を動かす。

 返事はいらないということか。ただ、誰かに聞いてほしいだけなのか。老魔術師は少女像に向きなおり、男の声は静かに続く。


 男は、やはり竜人の国の王であったそうだ。

 生まれつき体が弱かったという。病がちだったという。国を守りたかった。父王の力になりたかった。それには強い体が必要だ。

 だから、精霊を身に取りこむすべを密かに研究した。


(まさか……)

 ティンクルスは思わず男に目を向けた。

 彼は、壁に刻まれていた『精霊に愛された王』の息子なのだろうか。王が『どうか王子の、大切な息子の病を治してほしい』と精霊に願った、その王子なのだろうか。

 密かに研究したのなら、やはり王は精霊を閉じこめるのを良しとせず、かといって、竜の棲み処に実る黄金のリンゴを手に入れることもできなかった、ということか。


 その研究の過程で、男は精霊を閉じこめる玉を作りだした。竜の亡骸を用いて魔竜まりゅうを生みだし、精霊を捕え閉じこめた。

「父上はこれに激怒した。私は……父上と争い、そして勝った」

 こう言って男は嗤う。その表情とは裏腹に、声はわずかに震えている。

 国を守り父王の力になりたいという思いから、始めた魔術の研究が、結局は父を滅ぼすことになってしまった。男は自分を嗤っているのかもしれない。


 ここから、強大な魔術武器を持つ竜人の支配が始まった。魔術はさらなる発展を遂げた。

「その少女像に閉じこめた大精霊の娘の力、我らの体に取りこんだ精霊の力、これらによって不老を得る」

 どのような仕組みなのか、老魔術師にはわからないし知らなくとも良いことだ。だからだろう、男もこれ以上を説明することはなかった。


「だが……」

 ここで男はまた、自嘲気味に嗤う。

「不老を得た我らは、子孫を生すことができなくなった」

「……それは、つまり、子供が産まれなくなったということかの?」

 男はうなずき言葉を続ける。


 この魔術は、不老ではあるが不死ではない。人には永遠と思えるほどに長いというだけで、真の永遠でもないのだそうだ。

 身のうちにいる精霊の寿命が尽きるか、体が傷つくかすれば、その者は死ぬ。けれど子孫は残せない。戦いにより竜人は数を減らしていく。


「我らは、傷つくことを怖れるようになった。体の中の精霊がいつ死んでしまうのかと怯えるようになった」

 武力でもって栄華を極めた竜人が、戦いを恐れるようになった。老いることのない彼らは、徐々に死を受け入れていくための心の準備ができない。突然やって来るであろう死に日々怯えるようになった。

 そんな支配者を見て、支配されていた人々はどう思っただろう。これまで虐げられてきた人々は、どのような感情を向けただろう。どのような行動に出ただろう。


「だから、我らは地上を捨てた」

 そうして、この竜の棲み処の谷底に、ひっそりと隠れるようにして暮らし始めたのか。それから千年も――ここで暮らしているのか。

 男は疲れたように目をつむり、口をつぐんだ。


(もう、終わりにしたいんじゃの……)

 ティンクルスの口から、ほぅ、と溜息がもれる。


 竜人は、精霊を解放する力を持つ大精霊を女神像に閉じこめ、少女像の周りにも大精霊や精霊が近づけない結界を張った。

 これほど強固に守ったのだ、不老の魔術にはこの少女像が重要なのだろう。一度この魔術を使ってしまった彼らの体は、もう少女像がないと生きてゆけないのではないか。


 それなのに男は、老魔術師が削ることを阻まなかった。むしろ続けるようにと、そんな素ぶりも見せた。

 先ほど、男が魔術武器を放ったときに聞こえたつぶやきは、「父上」だったように思う。

 彼はきっと、この生を終わりにして父に会いたいのだ。それでも自分の手で少女像を壊せなかったのは、この谷底で誰にも知られず果てることが、あまりにも寂しかったからなのか。


(……よし)

 老魔術師は金の持ち手を握りなおし、少女像をコリコリと削る。そして、ふと思う。


 大精霊が願いを託す相手に、老魔術師を選んだのは、いや、わざわざ生き返らせたのは――

 千年前のことを伝えるため、同じ過ちを繰り返さないため、竜人語を知る者であり、魔術を再現した者でもあったからだろう。

 だが、それ以上に、一度目の生を満足に終えたからではないだろうか。


 もし、若い頃だったなら、新たな魔術を知りたいという欲求に負けていたかもしれない。老いを感じ始めた頃であれば、不老という言葉に惹かれていたかもしれない。老いて人生の終わりを実感し始めた頃ならば、死を怖れ逃れようとしたかもしれない。

 不老の魔術を選び取ってしまったなら、大精霊の娘は解放されず、精霊は減り続けて魔物が増える。やがて人間も――


 だから大精霊は、一度目の生の終わりを心穏やかに迎えた老魔術師を、訪れる死と折り合いをつけた、あきらめの心もありはしたが、それでも最後は安らぎとして受け入れることができた、そんな者を、選び生き返らせたのだ。

 ティンクルスは、そう、思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。