表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
終わりの章
62/88

谷底の神殿

 竜に運ばれ谷を越え、亀裂の奥の谷底で一夜を明かした翌日のこと。

 ティンクルスとクロードは相変わらず、すっぱいリンゴにかぶりついては仲良くそろって口をすぼめ、それからさらに奥へと足を進めた。


「やはり家には何もないようじゃのぅ」

 クロードが魔力で葉を払い、ティンクルスが現れた壁を確認する。千年前のことがわからないかと調べてみたが、竜人語などは刻まれていないようだ。

 二人はさらに奥へ、奥へ。


「ここは……」

 友に抱えられるようにして、歩く老魔術師の足が止まった。

 目の前に、ひときわ大きな建物がある。緑に覆い尽くされていても、いくつもの太い柱が建ち並び、高い天井を支えているのがわかる。

 ザザザザッと音がして、クロードの魔力によって葉が払われていく。

「古代神殿じゃ……」

 そこには、王宮に残されていた物とそっくりな、竜人の神殿があった。


 中に入ると天窓はあるが、そこからは弱々しい光が漏れこむばかり。肌にうろこを持った勇ましい戦士の壁画が、ぐるりと巡る回廊が、天井に彫られた竜が、ぼんやりと浮かび上がる。黒くきらめく女神像は、ここには見当たらない。

 ただ……


「ティンク、この奥から嫌な魔力を感じる」

 クロードが眉をしかめて見た先には、扉があった。王宮の古代神殿にはない、謎の文様が描かれた扉だ。

「きっとこの奥に、大精霊の娘が囚われてるんじゃの」

 ゴクリとのどを鳴らしたティンクルスが、扉に近づき手をかける、と。

「ティンク」

 その腕を、クロードがつかんだ。


 扉には、何がしかの魔術が施されているのだろう。女神像や精霊が囚われていた玉と同じ魔力を、老魔術師も感じる。けれど、クロードはそれ以上の何かを感じているようだ。

 おそらくこの扉が、『人は入れるが大精霊や精霊は近づけない』結界なのだ。つまり、ここから先は老魔術師が一人で進むことになる。


 友がひどく心配そうにこちらを窺う。

 この五十年、離れたことのない二人だ。ティンクルスは怖いと思うし、不安でもあり心細い。もしかするとクロードも、ただこちらを心配しているだけでなく、一人になってしまうことを不安に思っているのか。いや、老魔術師以上に怖れているのでは……

 腕を掴む友の手から、かすかな震えが伝わってくる。


「クロードよ。わし、一人じゃと寂しいからの。すぐに戻ってくるぞ」

 絶対に戻る。必ずまた会える。ここでのことが全て済み、竜の谷を出たら、これからも友とともに旅をするのだ。旅を終えて王都に戻ったら、二人で一緒に魔法屋を営むのだ。これから先も、クロードとともに生きていくのだ。

 ティンクルスは精一杯、そんな想いをこめてほほ笑む。腕を握る友の手に、そっと自身の手を乗せる。


「……そうだな」

 少しの間を空けて、一度だけ、ほぅと息を吐いて顔を上げたクロードの、頬からこわばりが取れていく。友の手から、もう震えは感じない。

 ――大丈夫。

 老魔術師は、ほんわり笑ってうなずいた。





(これは……)

 ただ一人、扉をくぐったティンクルスは、辺りをゆっくり見まわした。

 ここは葉に覆われておらず、それでいて、どこかに外と通じる場所があるのか不思議と空気は淀んでいない。通路なのだろうか、まっすぐ伸びる道の先には部屋のような、黒い空間が見えてもいる。

 魔法の光で照らした壁には、彼にとっては見慣れた竜人語が、けれど読んだことのない文章が、刻まれている。


 もしかすると、千年前のことがここに記されているのだろうか。少しだけ、知るのが怖い。

 ティンクルスは、ふぅと小さな息を吐き竜人語を辿っていく。


 ――かつて、精霊に愛された王があった。


 竜人語はこのように始まっていた。

 王が治める国は四方を敵に囲まれ、大国間の領土争いに呑みこまれていた。このままでは国が危うい。

 この状況を救ったのが――魔術だ。

 精霊が『力ある文字』を生みだし、王がその文字を魔石に刻むすべを見つけ、魔術武器ができたとある。


(つまり……)

 今、魔術文字と呼んでいるものは精霊が考えた文字なのか。それを人が用いて魔術とした。『魔術文字と魔石』の魔術は、国を守りたいと願う王と、彼を慕う精霊によって作られたということか。


 老魔術師は、魔術に精霊が関わっていたことに驚きもしたし、なるほどと思うこともあった。

 これまで、魔術は竜人の技と考えられてきた。だが、彼らは人間だった。ならば彼らが消えてからの千年、同じ人間である後世の人々が魔術を編みだせなかったことを、少し疑問にも思っていた。しかし。

 元々、魔術文字は人が考えたものではないのだ。精霊が持つ知識なり力から、生まれたものなのだ。だから人には思いつくことができなかった。

 この王と精霊の絆は、きっと強かったのだろうとも感じる。


 これにより、王の国は攻め奪おうと迫りくる大国を、見事に退けたと記されていた。

 初めて魔術を見、その存在すら知らなかっただろう敵国にしてみれば、王の国の兵士はみな魔法使いだと思っただろう。怖れ怯えた敵国の兵は、慌てて逃げ帰ったかもしれない。

 この国の無事を知り、老魔術師はホッとする。


 壁の竜人語は続いている。

 あるとき、王は精霊にこう願ったそうだ。

『どうか王子の、大切な息子の病を治してほしい』

 これに精霊は、二つの方法を教えた。


 一つ目は、竜の棲み処に実る黄金のリンゴを食すこと。

 二つ目が、あの、謎の文様だ。これには精霊を閉じこめる力がある。文様を用い、身のうちに取りこんだ精霊の力によって、病を治し寿命を延ばすそうだ。


 これを読んだティンクルスの、眉がひそめられた。

 今、老魔術師の中に大精霊の魂がいるのと似ていなくもない。だが、自ら入るのと閉じこめられるのでは、魂と生きたままというのでは、やはり違うのではないだろうか。

 この精霊は、きっと自身を息子の体へ、と考えたのだと思う。よほど王を慕っていたのだろう。そして、精霊に愛された王は、こんな方法は受け入れなかったはずだ。ところが。


 読み進めてみると、この二つ目の方法が『謎の文様と魔物の体』の魔術につながったのだとわかる。

 人の体に精霊を閉じこめる、そんな魔術をすぐに実現するのは困難だったのだろう。その過程で編みだされたのが、精霊が囚われていた玉だ。

 あの玉を作るには、竜の亡骸をよどみに投げ入れ魔竜まりゅうを生みだし、多くの人々を犠牲にしたはずだ。精霊に愛された王が、こんなことをしたとは思えない。それに。


 ティンクルスは気がついた。これ以降、この王と精霊の記述がない。

 壁に刻まれた竜人語は、『我ら』は強大な魔術を手に入れ、精霊の力を手に入れ、そしてこの地を手に入れた――と続いている。

 『竜人』という文字が出てくるのもこの辺りからだ。魔竜の目を加工した玉をつけた魔術武器と、魔竜のうろこで作った鎧から、あるいは、自国の力を強大な竜になぞらえて、こう称したのだろう。


 きっと、王はこの魔術を良しとしなかったと老魔術師は思う。だが、王の意志に反して、誰かが研究し完成させてしまった。

 強大な力に魅入られてしまったのか、はたまた探究心か。いや、この頃は国同士が領土を争う過酷な時代だったようだ。最初は大切な者を守りたいと、ただ願っただけかもしれない。

 そうして、人々は『謎の文様と魔物の体』の魔術を生みだし、精霊を閉じこめた。


(難しい、ものじゃのぅ……)

 ほぅ、とティンクルスの口から息がもれ、しかし、続く竜人語を見て息をのむ。


 ――魔術を極めた竜人は、ついに永遠の命を手に入れた。


 ここで、壁の文字は終わっていた。



「ふぅ……」

 竜人語を読み終えたティンクルスは、通路に腰を下ろし、壁に背を預けて息をついた。

 わかったのは、はるか昔、精霊と王が力を合わせて『魔術文字と魔石』の魔術を生みだしたこと。

 精霊から教わった文様で、おそらく王の意志に反して、人々は『謎の文様と魔物の体』の魔術まで完成させてしまったこと。

 この地を支配し竜人と称した人々は、さらに魔術の研究を続け、ついに永遠の命まで手に入れたらしいこと。だが、そんな人間は今、この地にいない。


(結局、千年前に竜人が消えた理由はまだわからないのぅ)

 ティンクルスはチラリと横を見た。その先には、黒く暗い部屋がある。魔物の魔力もいっそう強く感じる。

 あそこに大精霊の娘が囚われているのか。千年前のことも記されているのか。魔法の光をかざしてみるも、中はよくわからない。


「……よし!」

 立ち上がると、小さめの拳をぐっと握る。もう一度だけ息をつき、老魔術師は黒い空間に踏みこんだ。





 ――カツン、カツン


 足音がやけに響く。魔法の光はなぜだか壁に吸いこまれるようで、部屋の中は薄暗いままだ。


「お……これは」

 光りを近づけ足元を見てみると、黒くきらめく石が敷き詰められていた。強い魔力も感じる。これは女神像や精霊が囚われていた玉と同じ、魔竜の目で作られた床だ。壁を見てみると、やはり同じ。

 いや、かすかに透ける黒の向こうに文字らしきものが見える。この部屋は、壁や床に魔竜の目を張りつけてあるのか。その下に竜人語が刻まれているようだ。

 顔を寄せ、その文字を読んでみる。


(これは、あの文様の意味じゃろうか……)

 ドキリ。ティンクルスの心臓が跳ねた。

 この壁には『謎の文様と魔物の体』の、魔術の実現方法が記されているのか。生涯を魔術に捧げてきた者として、興味はある。知りたいと思う。だが、知ってしまえば試してみたいと思ってしまうかもしれない。

 いけない、これは精霊を閉じこめる文様なのだ。ここへ来たのは大精霊の娘を開放するためなのだ。

 そうは思っても、目は壁の文字を追ってしまう。けれど。


 『精霊』の文字を見つけると、友の顔を思いだした。

 いつもそばにいてくれて、勇気を与えてくれる友。五十年もの歳月をともに過ごしてきた、何よりも大切な、初めての友――


「……クロードよ。わし、まだまだじゃのぅ」

 ティンクルスはふるりふるりと首をふる。いつの間にか緊張していたらしい。肩から力が抜け、頬もゆるむ。口からは「ふぉふぉっ」と気恥ずかしげな笑いがもれる。

 今度は何のためらいもなく、魔法の光を壁から放した。そして。


「お! あれじゃ」

 部屋の中央に、女神像があった。いや、王都の古代神殿にある物とは違い、もっと幼い少女像のようだ。

 ――ようやく見つけた。

 大精霊の娘は、この少女像に閉じこめられているのだろう。この像を削れば、きっと娘も解放されるはずだ。

 ホッと息をつき、えり元から細い鎖をするりと引きだす。金の持ち手を握り、竜の牙を少女像に当てる、と。


「我ら竜人が極めた魔術、知りたくはないか?」


 竜人語が響き、老魔術師はビクリと身を震わせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ