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フィシディアと魔竜の話

 老魔術師の馬車は、交易都市ティティリアの外村ヴェリダから伸びる街道を進み、竜都市フィシディアの外村へ到着した。

 護衛についてくれたヴェリダの猟師たちと別れる際、老魔術師は。

「あまり酒を飲んで、娘さんたちを困らせないようにのぅ」

 老婆心、いや、老爺心ながらついつい口に出してしまい、猟師たちの頬を引きつらせた。


 ちなみに、クロードとジャンは、ヴェリダの村の娘たちの間でちょっとした人気者になった。

 森の封鎖が解けた宴の席で、『あの幽霊は偉大なる魔術師だったのではないか』という話が出たときのことだ。二人は村の男たちを、主に話に興じていた腕利きの猟師たちを、怒鳴りつけた。

 膨大な魔力を持つからか人など恐れない守護精霊と、誇り高き騎士の怒りである。猟師たちもここ長らく若者を率いる立場にあり、怒られることなどなかったのだろう。日頃は威勢のよい男たちがビクリと体を震わせた。

 これを見た娘たちが、「スッキリした」と「かっこいい」と言いだしたわけだ。


 特に若いクロードは人気があったのだが、当の本人は「ティンクに近づくな」などと少々ズレたことを言いながら、娘たちを追い払う。

 この様子を眺めていた老魔術師は、ふと思った。

 友も人になったのだから妻が必要なのではないか。いや、犬であっても相手は必要だ。

(わし、五十年も一緒にいたのにちっとも考えてなかった……)

 ちょっぴり落ちこみつつも、真剣な顔になって悩み始めたティンクルスに、クロードは「必要ない」と即答した。


 ちょこちょこと問題が起きた気もするヴェリダであったが、それでも恵まれた村だろうと老魔術師は思う。

 猟師が酒を飲めるのは、原料となる農作物がたくさん収穫できたからだ。娘たちが猟師を『恰好悪い』と言うのは、彼らの雄姿を見る機会がないから、つまり、しばらく村に魔物が襲来していないからだ。


「平和な村じゃったのぅ」

「物騒な村じゃないか?」

 ティンクルスがほわりと笑うと、クロードはしかめた顔を斜めにかしげる。

 娘が真夜中に侵入し、男が真っ昼間から乱入する。普通に考えれば十分物騒だろう。しかし、結局は何事もなかったためかその辺り、老魔術師はころっと忘れている。

「そう、かの?」

「そうだ」

 ヴェリダに対する二人の見解は、大きく異なるようだった。



 それから、馬車は内村を抜けてフィシディアへ。

「ふぉぉ……」

 街に降り立ったティンクルスは、久しぶりに感嘆の声を上げた。


 通りには、黄みを帯びた石造りの建物がずらりと並んでいる。アーチ型の大きな入口が店だろう。食べ物や酒など、どこの街でも見られる品も売られているが、そんな中で目を引くのが――武具だ。

 この街は竜が住まう谷の近くにあり、まれにではあるが竜の亡骸を得ることができる。が、それ以外にも、周辺には良質な武具を作るに相応しい魔物が多く生息している。

 さらに竜の牙や爪、うろこなどを加工する技術があるからだろう、フィシディアはこの国一番の、武具職人の街なのだ。


「あれは火炎蛇のうろこじゃろ? アンガンシアの領主のところで見た鎧に似てるのぅ」

「フィシディアから贈られたのかもしれませんね。王宮で使われている私たちの鎧も、この街で作られた物ですからね」

 やはり騎士だからか、老魔術師に負けず劣らず、ジャンの目もあちらこちらへ向いている。

 魔物の魔力を嫌うクロードは、ふんっと鼻を鳴らしているが。


 また、街の北西には山が連なり、アンガンシアに比べるとわずかなものだが魔石も採れる。鉱夫もいるということだ。

 そして、北東には切り立つ岩山が見える。この間を縫って行くと老魔術師が目指す、竜の谷だ。


「どうしようかのぅ? 大精霊の魂を連れていくのも大切じゃが、玉に囚われてる精霊たちも解放しなければならないしのぅ」

 先に竜の谷へ行くべきか、それとも街で玉を探してから向かうべきか。ティンクルスが難しい顔になって首をひねっていると。

「まず、宿を取って休むか」

「お、そうじゃの」

 クロードが至極真っ当な意見を述べた。





 騎士が宿を取っている間、ティンクルスとクロードは、すぐそばにあった一軒の店へと入った。

 中には魔宝玉まほうだまが並び、若い娘たちが楽しげな顔で眺めている。


「あの玉はなさそうじゃのぅ」

 黒くきらめく、強い魔力を感じる玉は見当たらない。

 が、飾られている魔宝玉の色はどれも濃く、輝きもあるように見えた。つまり上質ということだ。魔力も少し強いように思うので、玉を作る猟師の妻たちの腕の差というよりは、生息している魔物の違いなのだろう。

 ふむ、と老魔術師がうなずいたとき。


「お客様、もしかして竜の目をお探しですか?」

「ん?」

 なぜだか、声をかけてきた女性店員が心配そうな顔をしている。

 まず『竜の目』とは何かと聞いてみると、黒水晶のごとくきらめき、竜の牙や爪でなければ傷つけることもできない、つまり老魔術師が探している玉のことだった。


「……竜の目、かの?」

 けれど、ちょっとばかり納得がいかない。

 女神像も、精霊が囚われている玉も、これらから感じるのは魔物の魔力だ。今、胸から下げている細い鎖の先についた、竜の牙から感じるものとはまったく異なる魔力なのだ。

 それに、竜の目を魔宝玉のように加工できるなら、王宮に納められてしかるべき貴重な品だと思う。しかし、そんな物は見たことがない。


 ティンクルスの唇が尖り顔が斜めに傾くと、女性店員は、あら、という顔をした。続けて失礼ながら魔法使いかと問うてくる。

 これにうなずくと。

「ああ、でしたら大丈夫ですね」

 彼女はホッとした風に笑いながら続けた。


 竜の目と呼ばれている玉は、確かに特別な物ではあるだろう。だが、あれは魔物の目玉だと女性店員は断言する。

 しかし、魔力を感じ取れる魔法使いか、偉大なる魔術師が作った魔力測定器でも用いるか、あるいはよほどの目利きでもなければ、あの玉が魔物の目玉だとはわからない。

 しかも、ここは竜都市とも呼ばれているフィシディアだ。

「つまり、魔物の目玉を竜の目だって騙して、高値で売る奴がいるんだな?」

 クロードがふんっと鼻を鳴らすと、店員は眉をひそめてうなずいた。


「なるほど……教えてくれてありがとうのぅ」

 女性店員はいかにも育ちの良さそうな、人の良さそうな坊ちゃんを見て、もう騙されてはいないかと、これから騙されたりはしないかと、心配だったのだろう。

 ティンクルスは感謝の気持ちをこめて、ほわりと笑みを返す。


「すると、店員さんはその目利きというものが、できるのかの?」

「ええ。私の家は古くから魔宝玉を扱っておりますので」

 女性店員は控えめに頭を下げるも、表情は誇らしげだ。

 ふむ、とうなずいた老魔術師は、ポケットからもたもたと女神像の欠片を取りだした。

「あら! お持ちだったんですか」

「うむ。ところで、この欠片は何の魔物の目玉なのか、知ってるかのぅ?」

「本当の話なのか、ただの物語なのかはわかりませんが、魔竜まりゅうの物ではないかと。先祖からはそう伝わっています」

「魔竜?」

 ティンクルスは聞き覚えのない言葉に、くきっと首をひねった。



「魔竜、のぅ……」

 宿に入った老魔術師は、椅子に腰かけ紅茶をすすり、女神像の欠片を眺めながら「むぅ」と唸りをもらした。


 女性店員から聞いた話はこうだ。

 はるか昔、この辺りに恐ろしい竜が現れた。人々を喰らい、村を焼き、大地を踏み荒らした忌まわしい竜だ。

 ただ、竜は聖獣とされている。なぜなら、彼らの持つ魔力は精霊に近しいものだからだ。彼らの住まう谷の付近には、魔物を生みだすよどみが生じないからだ。

 この国ができてからのことではあるが、フィシディアで竜による被害があったという話も、ない。

 だから、それは竜の形をしただけの魔物だとも伝わっており、聖なる竜と区別する意味で『魔竜』と言うのだそうだ。


「たぶん竜じゃなくて魔物だろうな」

 紅茶を置いたクロードも、同じ意見らしい。竜は人を喰らったりはしない、竜は理由もなく人と関わったりはしない、とも言う。

 それに。

「人間が竜を倒せるわけがない」


 この昔話には続きがあった。恐ろしい魔竜を倒したのは竜人――つまり人間なのだ。

 たとえ強力な魔術武器を用いたとしても、精霊よりもはるかに強い竜だ、人が敵う相手ではないとクロードは断じた。


「ふむ。すると、魔竜はやはり魔物なんじゃの」

 テーブルの上に置いた欠片を、ティンクルスはじぃっと眺める。

 女神像は竜人が作った物だ。精霊が囚われている玉も、そうだろう。彼らは倒した魔竜の目を使ってこれらを作り、魔術に利用したわけだ。

 魔竜とやらは、きっと竜の亡骸が澱みに取りこまれて生まれたのだと思う。人の亡骸から魔人が生まれるのと同じだ。


(ん? それは、おかしくはないかの?)

 竜は、住まう谷から出ることが滅多にないそうだ。そして、谷の近くに澱みはない。とすれば、亡骸が澱みに取りこまれることも、まず無いのではないか。

 首をかしげることわずか。ふと思いついてしまった考えに、老魔術師の顔からサァッと血の気が引いていく。


(まさか……)

 竜人と呼ばれた人々は、自らの手で竜の亡骸を澱みに放りこみ、魔竜を生みだしたのではないだろうか。何のために。精霊を閉じこめるほどの、強力な魔術を使うためだ。

 『魔物の体と謎の文様』の魔術を実現するには、魔石の魔力では足りなかったのだろう。聖獣である竜の目を、魔宝玉のように加工することもできなかった。だから、竜の亡骸から生じた、強い魔力を持つ魔竜の目を使った。


 これは推測でしかないが、そう間違ってはいないとも思う。だって、人の手を介さずとも魔竜が生まれるのなら、伝承なり出没したという記録が、もっと残っていても良いと思うのだ。

 だから、きっと……ティンクルスはきゅっと唇をかむ。


 昔話では、魔竜は多くの人々を喰らったという。そんな犠牲まで払いながら、人は魔竜を生みだした。

 人にそこまでさせてしまう魔術とは、やはり恐ろしいものなのか。いや、恐ろしいのは人なのか。


「ティンク。精霊と人間が仲良く暮らせる、そんな世の中を目指すんだろ?」

 顔色の失せた老魔術師を、元気づけようとしているのだろう。クロードが優しげに笑った。

「……そう、じゃった」

 友の笑顔を見ていると、強ばっていた頬が徐々にゆるんでいく。


 ここで落ちこんでいても、どうにもならないのだ。千年前のことを知り、これから魔術はどうあるべきか、考えるのも自分の役目だと思う。

 それに、ティンクルスは一人ではないのだ。わからなければ筆頭魔術師に相談すればいい。実現するには王が力になってくれる。そしてクロードが、いつもそばにいてくれる。


「うむっ。わし、かんばるのっ」

 老魔術師は小さめの拳をぐっとふり上げ、友ににっこり笑って見せた。



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