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狙われた老魔術師

「お前が魔法使いのティックだな!?」

 部屋に乱入し、こう叫んだ男は手に魔術武器を持っていた。

 その切っ先が、クロードに、ティンクルスに、騎士にと揺れ動く。飛びこんできたはいいが、彼は誰が魔法使いなのか、わかっていないようだ。


 その間にも、クロードは身から魔力を湧き上がらせ、騎士は剣に手をかけて、老魔術師を庇うように前に立つ。

 どう考えても、このままでは見知らぬ男が危ない。そう判断したティンクルスは、二人の間からもたもたと顔を出した。


「わ、わしが魔法使いじゃが名前はティンク」

「娘を返せぇ!」

 言葉を遮られ、訳のわからぬ怒声を叩きつけられて、老魔術師はビクリと震える。こちらを向いた魔術武器から、ゆらりと白い風が舞う。クロードの魔力が盾のように広がり、騎士の剣が鞘から抜かれ、男は――


「バカやろう!」

 駆けつけてきた猟師に蹴られ、ゴロゴロと転がった。


「何するんだ! こいつは俺の娘を騙してさらった奴だぞ!」

 男は、うずくまりながら、うめきながらも猟師を睨み怒鳴りを上げる。

「違う! この魔法使いの坊ちゃんは『ティンク』だ。お前の娘は攫われたんじゃなくて駆け落ちしたんだし、それも十年も前だ。坊ちゃんを見ろ。十年前じゃ歳だって合わないだろ!」

 よく見ろと猟師が指した先、老魔術師に目を向けた男は呆けることしばし、やがて、ガックリとうなだれた。


 猟師の言葉から、ティンクルスはおおよそのことを理解した。

 この男の娘は十年ほど前、『ティック』という名の魔法使いと村を出た。朝の話し合いで、娘が家出でもしたら、と言ったときに猟師夫妻が顔色を変えたのは、このことを思いだしたからだろう。


 そして、ティックはあまり良い人物ではなさそうだということ。

 男は部屋に飛びこんできたとき、誰がティックかわからなかった。娘の駆け落ち相手の顔を、父である彼が知らないということだ。

 おそらく、魔術武器を持つこの男も猟師なのだろう。十年前、彼が猟か護衛で村を離れている間に、旅人であろう魔法使いのティックは、父に話もつけず娘を村から連れだした。

 真っ当な人物のすることではない。男が『娘は攫われた』と言いたい気持ちも理解できる。


 村を出ていった娘は大丈夫だろうか。ティンクとティック、紛らわしい。十年前なら老魔術師は五十も半ば、わしもまだまだ若かったのぅ……

 などと、睡眠不足なせいか、だんだん妙な方向に考えがズレていったとき。


「あんた、何してるんだよ!」

 猟師の妻に連れられてきた女性――男の妻だろう、の大声に、ティンクルスの半分下がっていたまぶたがパチッと開いた。



「坊ちゃん、すみませんでしたねぇ」

「いや、わしはいいんじゃが……ご亭主、大丈夫じゃろうか?」

 謝る男の妻に、老魔術師は首をふりつつチラリと部屋の隅を見た。男はいまだうずくまり、何だかひどく寂しそうなのだ。


「仕方ないねぇ。あんた、あの子なら今、テルダの村にいるよ」

 盛大な溜息をもらした妻に、男の顔がガバリと上がる。

「な、何でお前、知ってるんだ?」

「もう三年も前かね、旅人さんが言づけを持ってきてくれたんだよ。まあ、いろいろあってティックとは別れたみたいだけど、あの子は今、幸せに暮らしてるそうだよ」

「お、お前! 俺には言わなかったじゃないか!」

「あんた、あの子の名前を出しただけで、家から出ていったじゃないか!」


 激しい夫婦ゲンカでも始まってしまうのかと、ハラハラしていた老魔術師であったが、この勝負、妻の圧勝だったようだ。男は気が抜けた風な顔になり、背も力なく丸まる。


「その、娘さんは……」

 何だか男を励ましてやりたくなって、けれど何と言えばいいのかと、ティンクルスは思いをめぐらす。

 ヴェリダとテルダは同じティティリアの外村、よく似た村だ。この村を出てから、娘は苦労しただろう。つらいこともあっただろう。そうして行き着いた先が、故郷によく似たテルダだった。

「娘さん、本当はこの村に帰りたかったんじゃの」

 ポツリとこぼすと、男は背を震わせて嗚咽をもらした。


 この後、老魔術師は一通の手紙を書いた。あて先はテルダ隊の隊長だ。

 娘は旅人へ言づけをしたというから、文字の読書きが不得手かもしれない。それに、ヴェリダへ帰ることにも躊躇ためらいがあるのだと思う。

 だからあの、人の良い隊長に手紙を渡すのだ。無実だと思えば少女の父を捕まえず、匿ってくれた彼だ。きっと今回も、両親に会いに行けと、娘の背を力強く押してくれると思うのだ。


「よし。これでいぃ……」

 封をした手紙を眺めてうなずくより前、ティンクルスの口から、あふ、とあくびがもれた。途端、クロードの眉間にシワが寄る。

「この村の奴らは、何でティンクが寝るのを邪魔するんだ」

「本当に迷惑ですね」

 何だかまた、騎士の声で、遠慮ない物言いが聞こえたような気がする。が、老魔術師のまぶたは下がり、今度こそ、夢の世界へと旅立った。





(本当に、幽霊じゃったらどうしよう……)

 晴れわたる青空の下、薄暗い森を見つめるティンクルスの眉が、情けなくもへなっと下がる。

 猟師や兵士たちの顔も一様に曇り、緊張が見られる。

「……行こう、かの」

 老魔術師がポソリともらしたとき、クロードが耳元でそっとささやいた。

「この森、精霊がいる」


 頭の中に響く声。木をなぎ倒す、見えないほどに速い風。そして、誰も見たことのない姿。猟師から『何ものか』の話を聞いたとき、ティンクルスもその可能性は考えた。

 しかし、魔物を嫌うはずの精霊がなぜ森にいるのか、とも首をひねった。一度出会ってしまったのだ、やはり幽霊だったなら、とも思い震えていたのだが。


(精霊ということは、みなで行かないほうがいいかのぅ?)

 むぅ、とティンクルスは口を尖らせ腕を組む。

 猟師によると、何ものかは『来るな』『お前ではない』『連れてこい』などと言ったという。

 これが精霊の言葉なら、おそらく人間を嫌っているのだと思う。しかし誰かに用がある。だからヴェリダの村には近づかず、けれど猟師に言葉を伝えるために森にいる、となるのか。


「坊ちゃん、どうしたんだ?」

 猟師に声をかけられ、ティンクルスはハッと我に返った。どう言おうかと迷っていると、クロードが口を開く。

「この森に精霊が」

「ゆっ、幽霊じゃ! この森には幽霊がいるんじゃ!」

 老魔術師は慌てて友を遮った。


 精霊は、珍しくはあっても人々に知れた存在だ。守護精霊となれば、契約者のほうに人が寄ってくる、面倒なこともある。けれど自由に漂う彼らなら、必死になって隠す必要はない。

 だが、こう思ったのだ。


 ――精霊が恐ろしいものだとは、みなに思ってほしくない。


 この森にいる精霊は人嫌いではあるのだろう、魔力を放ってくる。しかし、それは『来るな』と言っても足を止めなかった猟師に対してだ。ケガを負わされた者もいないのだ。

 それでも村の人々は『何ものか』を恐れ、猟ができないことに憤り、排除したいと考えている。老魔術師は、精霊がそういうものだとは思ってほしくない。


「やっぱり幽霊なのか?」

「うむっ! 力ある魔法使いの幽霊じゃ!」

 恐る恐る窺ってきた猟師に、ティンクルスは気合を入れて言い放つ。両手を広げ高らかに宣言した姿は、まるで怪しげな霊媒師のようで。

(……ちょっと大げさじゃったかの?)

 嘘だと疑われてしまっただろうかと、不安げな顔をかしげると。


「つまり、我々がついて行くことが、かえってティンク様の足手まといになるのですね」

 騎士が静かにこう言った。


 彼には、クロードのささやきが聞こえただろう。ティンクルスの考えも察したのだろう。

 そして、人間を嫌う精霊が連れてこいと言った『誰か』は、おそらく大精霊に願いを託された老魔術師のことであろうと、ここまでを考えたのだと思う。

 となれば、精霊のいるこの森に入ることができるのは、守護精霊のクロードと老魔術師だけだ。


「ジャンよ……」

 騎士の顔は穏やかでいて、どこか苦しげにも見える。

 ジャンは老魔術師付の騎士だ。騎士として守るべき者を守れないことに、何も感じないわけがない。その想いは……いや、騎士でもないティンクルスが推察するのは僭越というものだろうか。

「ありがとうのぅ」

 老魔術師は心をこめてほほ笑み、ただ、これだけを返した。



 ずいぶん心配しつつも、どこかホッとした表情を見せる猟師と兵士、そして、胸に手を当て真摯な顔で見送る騎士を残し、ティンクルスとクロードは森へ足を踏み入れた。


「この辺りに魔物はいないみたいだな」

「精霊が倒したのかのぅ?」

 老魔術師は相変わらず、つまずきつつ助けられつつ薄暗い木々の間を進んでいく。

 今、魔物がいないのはありがたいことだが、この分だと精霊が森を去り、封鎖が解けてしばらくは猟師の獲物がないかもしれない。

(森は広いから大丈夫じゃとは思うが……)

 のちのことを考えると、眉がちょっと下がってしまう。そのとき。


「おっ……」

 クロードに肩を押されたティンクルスは、パサリ、草むらに転がった。

 そして感じた強い魔力。よく知るクロードの魔力だ。そして、こちらに迫ってくる、精霊の魔力だ。


 ――ザザザザザァッ


 二つの力がぶつかった衝撃か。突風が、木々を、草を、唸らせる。ティンクルスはとっさに目をつむり……


 風が止み、目を開ける。

「……クロード? クロードッ!」

 友が、木のそばに横たわっていた。



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