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ヴェリダの村と何ものか

「ティンクさん、みなさん。ありがとうございました!」

「お嬢さんもお父上も、気をつけてのぅ」

 ティティリアを発った老魔術師一行は、途中、内村で魔法使いの父娘を降ろすと、外村の一つ、ヴェリダを目指した。


 父娘はティティリア周辺の村々を巡り、人々を治療して回るのだろう。人の集まる、魔宝玉まほうだまも集まる街で、精霊が囚われている玉を探すティンクルスとはここでお別れだ。

 だが、老魔術師は旅を終えれば王都へ帰る。少女の父も、かつての罪を王に許されたとき、「また王都に来よう」と言っていた。

 いつかまた、きっと会えるとティンクルスは思う。


「ティンク。水でも飲むか?」

「おぉ、ありがとうのぅ」

 馬車に揺られることしばし、ちょうどのどが渇いてきたところだ。ニッコリ笑ってうなずくと、友が水筒の水を注いでくれた。ティティリアの宿屋で用意してもらった、ほんのり甘い果実水だ。

 クロードの手には布も握られている。これは揺れの中、老魔術師が水をこぼしたときのため。


 運動神経のせいだろうか。それとも、馬車に乗るコツでもあるのだろうか。二人並んで座っているのに、なぜだかティンクルスだけが揺れる。

 少女の父が捕われそうになり、ティティリアへ急いだときは、もちろんクロードも揺れていたが、ティンクルスは跳ねていた。

 なぜなのか。不思議で不思議で堪らない。


「のぅ、クロードよ。どうやって座ってるんじゃ?」

「や、普通に座ってるぞ?」

「本当かの?」

 座ったまま、ひょいと下を覗きこんでみると、頭から転げ落ちそうになった。友が慌てた様子で助けてくれる。

 やはり、大人しく座っているのが一番のようだ。老魔術師は重々しくうなずき、背中をぴたりと座席につけた。



「何だか人が多いようじゃが」

 数日を経てヴェリダに着くと、ティンクルスは村をくるりとめぐらして、首をかしげた。

 クロードと騎士も村を見まわす。

「農民は畑に出てたから、猟師だろうな」

「今日は木の日ではありませんので、猟が休みというわけでもないと思いますが」


 ヴェリダは、同じくティティリアの外村テルダにも、王都の外村ヘスタにも、似た村だ。木造の民家に灰白色の兵舎と防壁、そして、開いた門の向こうには黒々とした森が見える。

 ただ、人々の様子は村によって違う。


 ヘスタは、領主でもある総隊長を中心に活気溢れる村だ。次代を担う若い兵士たちフェルとノア、そして猟師の息子マテオ、みな仲が良かった。

 しかし、農民との間には少々隔たりがあった。このことが原因で、魔術武器の、火と風の魔石をすり替えるという事件が起きてしまった。


 テルダは……着いた早々捕われそうになり、少女の父の無実を晴らすため、あっという間に発った。

 だから、隊長と兵士たちは良い人だったとしか言いようがない。


 このとき少女の父を庇ってくれたガレータ兵の村――アンガンシアの外村は、猟師が護衛仕事で村を空けていたので人は少なかったものの、みなが明るい表情をしていた。

 この村では、猟師の収入も、農民の農作物も、みなで分け合うのだと村長は言った。

 元は厳しい大地であったせいか、助け合う習慣が根付いているのだろう。魔術武器を与えられた猟師と、農業用の魔法薬を得た農民。双方がともに発展したのも良かったのだろう。

 みなで力を合わせて生きていく、良い村だと感じた。


 そして、このヴェリダだが。

(みな、元気がなさそうに見えるんじゃが……)

 猟師は休日でもないのに猟を休んでいるようだし、何かあったのだろうか。老魔術師がくきっと首をひねったとき。


「なあ、旅人さん。あんたたち、これからどこへ行くんだ?」

 おそらく猟師だろう、ガッシリとした男が声をかけてきた。周りの者たちも、こちらに興味があるようだ。みなが顔を向けている。

「わしらは少しこの村でお世話になって、それからフィシディアへ行」

 ここまでを答えると「よぉし!」と男たちから歓声が上がり、ティンクルスの体が、ぴょん、と跳ねた。





 村長への挨拶を終え、猟師の家に招かれると、ティンクルスは『この村が現在抱えている問題』について聞かされた。


「……魔法使いの、幽霊?」

「ああ」

 ポカンと口を開けた老魔術師に、猟師が渋い顔でうなずく。


 彼の話はこうだった。

 少し前から、ヴェリダの猟師たちが猟場にしている森に、怪しげなものが住み着いたのだという。

 妙な声が聞こえる。頭の中に響くような声だ。

「魔人じゃないのかの?」

「いや、違うと思う。魔人は『人間を殺せ』って言うだろ」

 その何ものかは、『来るな』『お前ではない』『連れてこい』などと言うのだそうだ。

 木をなぎ倒す、恐ろしい風も放つのだという。

「風狐は……しゃべらないしのぅ」

「違うな。風狐よりもっと速い、見えないくらい速い風なんだ」

 そして、何ものかの姿を見た者は、いない。だから『きっと、ものすごい魔法使いの幽霊』なのだそうだ。


(幽霊……)

 こうした話は苦手なティンクルスだ。ぷるっと体が震える。

 だが、魔法を使う幽霊など聞いたことが、いや、王都で『偉大なる魔術師の幽霊が出る』という噂が立ったか。しかし、正体は黒いローブを羽織った魔法使いの娘だった。クロード曰く、幽霊女の彼女である。

 つまり、こうした話は見間違えだとか、正体を知ってしまえば「なぁんだ」ということに……

「初代王の幽霊に会ったよな」

「……」

 クロードのつぶやきに、老魔術師は固まった。


 あれは――契約者が亡くなり、その魂を取りこんだ守護精霊が、『彼』が目覚めないと言って助けを求めてきたときのことだ。精霊の中で眠っていた初代王の魂は、目覚め姿を現した。

 あのときは、友との別れ、再びの出会い、そんなことに思いを馳せていたので怖いとは思わなかった。が、あれは確かに幽霊だ。

 友は、だから幽霊は怖くない、と言いたかったのかもしれないが、ティンクルスは今になってぷるぷるっと震えた。


 ともかく、この何ものかのせいで森は封鎖と決まった。

 村では今、討伐のための魔法使いを寄こしてほしいと、ティティリアへ要請しているのだが。

「俺たちじゃわからないから頼んでるのに、その正体を報告しろって言うんだ」

「むぅ……」

 顔をしかめた猟師を眺めながら、老魔術師は唸りをもらす。


 確かに、『何ものかの討伐要請』というのは、王宮でも聞いたことがない。

 討伐要請を受けるのは領主に仕える魔法使いだろうが、これには彼らも困惑したと思う。領主側から見れば、魔物の正体がわからないのはヴェリダの猟師の怠慢、と思えるのではないか。

 それに、ティティリアでは毒薬事件が起きたばかり。街に影響力のある、商人組合が関わる事件だ。領主としてはこの件が落ち着くまで、魔法使いを動かしたくないのかもしれない。

 これは、派遣までに時間がかかりそうだ。


「わし、魔法使いなんじゃが、よかったら何か力に」

「本当か!? よぉし!」

 言葉の途中でまたまた猟師が声を張り上げ、ティンクルスは思いっきりのけ反った。


 ちなみに、ヴェリダに着いた際、猟師たちが喜びの声を上げたのは、老魔術師が護衛を雇うとわかったからだ。

 次の目的地は竜都市フィシディア。竜が住まう谷の近くにあり、まれにではあるが竜の亡骸――牙や爪、うろこなどだ、を得ることができるためにこう呼ばれている。

 フィシディアは魔石も採れるので、兵士による都市間の魔石輸送が行われていない。つまり、フィシディアへ向かう旅人は護衛を雇うことになる。今、猟ができない猟師たちの良い収入になる、というわけだ。


 加えて、ティンクルスは猟師たちが待ち望んでいた魔法使いである。

 この日、老魔術師らは盛大な歓待を受けることとなった。



「ふぅ、満腹じゃ……」

 食べ過ぎただろうか。

 貸し与えられた部屋に戻ったティンクルスは、椅子にくたりと腰をかけ、目をとろりと細め、腹をすりすりさすっていた。


 ――猟師たちがこぞって集まり、歓迎してくれた夕餉の席で。


 アンガンシアでは甘みのある野菜を、ティティリアでは新鮮な魚を、おいしく頂き満足な老魔術師ではあったが、そろそろ肉を食べたいと思う。だが、ここは外村だ。あまり好みではない、魔物肉しかないだろう。

 そう思っていた彼の前に出されたのは、酒にじっくりと漬けこみ柔らかくなった、魔物の魔力も抜けた、岩熊の肉だった。

 老魔術師ののどが、ごくりと鳴ったのは言うまでもない。


『坊ちゃん、見かけのわりにいい食べっぷりだな!』

 猟師たちにこう褒められたこともあって、ティンクルスはちょっとばかり食べ過ぎてしまった。


 猟師たちはよく飲み、よく食べ、よく笑った。夕餉の世話をしてくれた、この家の猟師の妻も朗らかだった。

 ただ、こうした宴は頻繁にあるのだろうか。この家の娘は、猟師たちにさも迷惑そうな顔を向け、溜息までもらしていた――


「こんなにご馳走になって、奥さんと娘さんに手間をかけさせてしまったのぅ」

 腹を擦り続けながらも眉を下げたティンクルスに、クロードは猟師の妻子のことなどまったく気にしていないのだろう、心配顔を向けてくる。

「腹は大丈夫か? もう寝るか?」

「むぅ……ちょっと横になろうかのぅ」

 騎士が整えてくれたベッドにもぐりこむと、老魔術師はあっという間に夢の世界へ旅立った。


 それからどれくらい経ったか。三人が寝静まった頃。

 うっすらと月明かりが照らす部屋の、扉がゆっくりと開く。その隙間から、何かがそっと忍びこんだ。



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