西家と東家と事件の顛末
かざす手のひらから、淡い金色の光が降りそそぐ。身に光を受け、荒い息を繰り返しているのは、毒薬を飲んで倒れた次代の長――西家の跡取りだ。
元はふくよかな女性だったのだろう。けれど今は頬がこけ、げっそりとして見える。顔色も悪く、体からはまだ毒薬の魔力が感じられる。
(本当に危なかったようじゃのぅ)
西家の自作自演を暴いてやろうと、朝っぱらから意気揚々と西家に乗りこんだティンクルスであったが、今は彼女の体が心配だ。
昨日、宿屋でテルダの隊長の弟と話したときは、西家の仕業だと思った。
だが、跡取り娘の体を診ると、自分でやったとは思えない。『東家が侍女を使い、西家の跡取りに毒を盛った』という噂を流すためだけに、命をかけたりするだろうか。
「どうですかの? 少しは楽になりましたかの?」
ティンクルスが優しく声をかけると、跡取り娘の頬がゆるむ。病人だからか、悪い人物のようには感じられない。
「このたびは大変でしたのぅ。今はまず、ゆっくり休んでくだされ」
そっと慰め、ベッドから離れようとすると、彼女の口から言葉がもれた。
「許さない」
そう聞こえたと思う。目をつむった彼女の顔は、歪んでいる。
これは怒り、だろうか。毒を盛った者への怒り。チラリと友を窺えば、首が縦に揺れた。
となると、やはり自作自演などではなく、西家の跡取りは命を狙われた被害者ということか。
「念のため、他の薬もお屋敷に置いてあるようなら、見ておきたいんじゃが」
侍女長だろうか。控えていた年配の侍女にそっと声をかけると、老魔術師は小さな部屋へ案内された。
美しく透きとおる、ガラスの小瓶が並んでいる。大きな商家だからか、たくさんの薬を常備しているようだ。瓶のフタは花や葉の形に細工されており、年配の侍女の話では、形によって薬の種類を区別しているという。
「ずいぶん頭痛薬が多いんじゃのぅ」
「お嬢様は頭痛持ちでございますので」
なるほどとうなずき、ティンクルスはずらりと並ぶ薬を見た。可愛らしい花の形をしたフタが、頭痛薬だ。
「ん?」
一番奥にある小瓶が、何やら引っかかる。よくよく見てみると、他の頭痛薬とはフタの花びらの枚数が一枚、違う。
首をかしげた老魔術師は、その小瓶のフタを取ってみた。
毒ではなさそうだ。草木に含まれている魔力は十分に高められており、色や臭いも問題ない。なかなか上等な……以前にも、確かこんな風に感じた薬があったような。
(これ、お父上が作った薬じゃ……)
がばりと顔を上げたティンクルスに、クロードが力強くうなずく。
(どういうことじゃ?)
この薬は少女の父が作った物だ。薬に残る作った者の魔力まで、感じ取れるクロードが同意したのだ。間違いない。
しかし、入れ物は違うと思う。少女の父が使っていたのは、もっと曇ったガラスの小瓶だった。
老魔術師は考えもまとまらぬまま、薬を預かり西家を辞した。
「どうだった?」
西家を出てしばらく。商店街で隊長の弟と合流すると、ティンクルスは西家での出来事を話して聞かせた。
「西家の跡取りは仮病じゃない、態度を見ても自分でやったとは思えない、か。でも、火傷の魔法使いの薬が西家に残ってた。頭痛薬と毒薬を入れ替えたってことだよな?」
老魔術師はうなずく。
西家に残っていたのは『少女の父の薬と、花びらの枚数が違う小瓶――目立たないように、けれど見分けられるように細工した毒薬の小瓶』だろう。
入れ替えたのだから、跡取り娘が飲んだのは『毒薬と、少女の父の小瓶』のはずだ。
入れ替えられた薬――やはり自作自演だろうか。
だが、命をかけてまでやる事とは思えない。それに、入れ替えた薬を残しておけば西家が疑われる。
ティンクルスがこう言うと、弟はガシガシと頭をかき唸りまでもらす。こうした仕草は兄である隊長によく似ている。
「何か変、だよな」
「どうもチグハグ、じゃの」
弟と老魔術師の顔が、二つそろって斜めに傾く。
「……わし、東家へ行ってみる」
もっと情報が欲しい。ティンクルスたちは、次は東家へと向かった。
*
「実はパーティの前日、姿を消した西家の侍女がこれを持って来ました」
煌びやかな応接室に通されると、東家の跡取りは小瓶を一つ取りだした。
「それは……」
曇ったガラスの、飾り気のない小瓶だ。記憶にある、少女の父が使っていた物に似ている。
先ほどの考えが正しければ、その小瓶には毒薬が入っており、西家の跡取りが飲んだはず。東家にあるのはおかしい。
首をひねったティンクルスの横で、弟が尖った声を出した。
「これまでにも警備隊員が伺ったと思いますが、どうして今頃になって薬を出したんですか?」
「それは」
これまでに来た隊員は、全て東家に近しい者だった。その隊員の言葉を世間は信じるだろうか、と東家の跡取りは問い返す。
弟は東家にも西家にも属さない隊員だ。ティンクルスは筆頭魔術師が保証した魔法使い。二人の言なら人々も信用するだろう、とも言う。
「力が大きくなり過ぎるのも、善し悪しですね」
跡取り息子は、ふふふ、と笑った。
(複雑な街じゃのぅ……)
王族や貴族がひしめく王宮も厄介なことは多かったが、商人がしのぎを削るこの街も十分に難しいと思う。
最近は、王都に、アンガンシアに、農村に、のびのびと過ごしていたせいだろうか。老魔術師はふるふる首をふった。
そして、肝心の、消えた侍女が東家に持ってきたという薬だが。
「これは西家に常備してあった頭痛薬のようですのぅ」
つまり、と老魔術師は口を尖らせ腕を組む。
東家に持ちこまれたのが『西家の頭痛薬と、少女の父の小瓶』。
西家に残っていたのが『少女の父の薬と、毒薬の小瓶』。
これで少女の父の薬と小瓶はそろった。とすると、中途半端に足りない『毒薬と、西家の頭痛薬の小瓶』が、西家の跡取りが飲んだ物となるのか。
「……こういう事じゃろうか?」
老魔術師は首をかしげて指を立て、みなをくるりと見まわす。
まず、西家の跡取りが『毒薬』と『少女の父の薬』を侍女に渡す。このとき、西家の跡取りは二つの中身を入れ替えて、『毒薬と、少女の父の小瓶』を東家に渡せと命じた。
「東家のご子息も、頭痛持ちじゃないですかの?」
これに、跡取り息子は苦笑いしながらうなずく。東家と西家は元は同じ一族だ。似た体質なのだろう。
つまり、当初の予定では、毒薬は東家の跡取りが飲むはずだったのだ。
西家は、よく効く薬だと聞いたので頭痛に悩む東家に譲った、で押し通すつもりだったのだろう。
ここまでを話すと、東家の跡取りは楽しそうな顔をした。
自身が狙われたというのに大した度胸だと、老魔術師は感心しつつ話を続ける。
ところが、西家の目論見は外れた。原因は――消えた侍女だ。
彼女が東家から西家に移った理由はわからないが、傍目には追い出されたように見えたのだろう。そこを西家に拾われたのか。だが、彼女は西家ではなく、東家に恩義なり好感を持っていたのだと思う。
侍女は、一方が毒薬だとは知らなかったかもしれない。それでも西家の跡取りの命令に不安を覚えた。侍女にしてみれば、毒薬だけでなく、少女の父の薬も得体の知れない物だっただろう。
だから、『毒薬』『少女の父の薬』そして『西家の頭痛薬』の三つを入れ替えることにした。
東家に持ちこまれたのは『西家の頭痛薬と、少女の父の小瓶』だ。誰が飲んでも問題はなく、西家の目も誤魔化せる。
西家に残っていた『少女の父の薬と、毒薬の小瓶』は、一番奥に隠すように置かれていた。何か事が起きたとき、警備隊員に発見されることを期待したのか。
そして、西家の跡取りが飲んだのが『毒薬と、西家の頭痛薬の小瓶』。侍女は常備薬の前面に置いておいたのだろう。何も知らない使用人が、跡取り娘に渡してしまった。
「だとしたら、侍女の姿が見えないのは、西家に消されたんじゃなくて自分で隠れたってことだよな!?」
ぐっと迫る弟に、ティンクルスはうなずく。
西家にとって、跡取り娘が毒を飲んだのは予想外の出来事だったはず。侍女を捕らえる余裕などなかっただろうし、最初は誰の仕業かもわからなかったかもしれない。その間に、侍女は身を隠した。
「ティンクが治療したとき、西家の跡取りが怒ってたのは侍女が裏切ったから。この事件が変なのは、西家が被害者であり加害者だからだ!」
弟がまたまた迫り、ティンクルスは大きくうなずく。
「西家の跡取りが一命を取りとめたのも、きっと毒薬を作った魔法使いが治療したからじゃろ」
症状を見た魔法使いは、何の毒か、すぐに思い当たったことだろう。だから素早く対処できた。
「なるほどな。ってことは、侍女は見つかるかもしれないな」
弟がニヤリと笑い、老魔術師もにっこりと笑う。そして気づいた。
弟の、顔はこちらを向いているが目は横に逸れている。その先にあるのは、東家の跡取りの、いかにも満足そうな顔……もしかして。
消えた侍女は、東家のスパイだったのではなかろうか。跡取り息子は全てを知りながら、侍女を匿っているのでは。
そして、街の人々が信用するであろう『事件を解決するのに相応しい人物』が来るのを待った。
となれば、消えた侍女はすぐに見つかるのだろう。彼女の証言によって、西家の跡取りは捕まるのか。
(わし、この街が怖いかも……)
ティンクルスの体が、ぷるっと震えた。
数日が経ち――
ティンクルスとクロードは精霊が囚われている玉を探して、本日の街めぐりを終えると宿へと戻った。
留守をしていた騎士が、優しげな顔で迎える。
「ティンク様。今日、宿に警備隊員が来ました。火傷の魔法使いへの逮捕令は撤回されたそうです」
「おお! それは良かった。良かったのぅ」
ティンクルスはにこにこと笑う。
数日もすれば、テルダの村にも通達が行くだろう。これでもう、魔法使いの父娘は安泰だ。
事件の顛末は予想どおり。消えた侍女はピンピンしていたし、西家の跡取りは病身ながら警備隊の監視下に置かれた。
東家の跡取りは、やはり満足げな顔で笑っているに違いない。
「それと、東家から使いが来ました。このたびのお礼として、明晩夕食はいかがでしょうか、とのことですが」
「ふぉっ?」
ティンクルスの顔が、今度は強ばる。
東家の跡取りは、組織の長としては頼れる人物だと思う。が、何となく王宮の貴族たちに通ずるものを感じてしまう。できればあまり行きたくない。
「ティンク。明日の朝、ティティリアを発つか?」
心配顔のクロードに、うなずきたい気持ちは山々だ。しかし。
まだ、ティティリアの街をめぐり終えていない。せっかくの海も堪能していない。
海はまだ、海はまだだ。
「……東家へ行こう、かの」
ティンクルスの眉が、肩が、へなっとかくっと落ちた。




