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テルダ兵と捕われの理由

「降りろ!」

 鋭い声が、老魔術師の馬車に投げつけられた。テルダ兵は剣を抜き、魔術武器を構える者もいる。これは魔法に対抗するためだ。つまり。


(魔法使いを捕らえようとしてるんじゃ……)

 ティンクルスののどが、ゴクリと音を立てた。

 何が起きているのか、状況はサッパリわからない。だが、老魔術師か、少女の父か、あるいは両方を捕らえるつもりだとはわかる。


「ティンク、逃げるか?」

 クロードが守るように寄り添い、そっとぶつやく。

 この馬車を牽く魔馬まばたちは、王が用意してくれた駿馬だ。精霊である友の力も借りれば、この場を逃げ切ることはできるだろう。しかし。

 ティンクルスは首をふった。


 ここで逃げれば、罪状にもよるだろうが、各地に手配書が回るかもしれない。

 いざとなれば老魔術師は、王や筆頭魔術師の力を借りることができるだろう。けれど、魔法使いの父娘はどうなる。王に許されたばかりの父を、罪人にはしたくない。


「みな、馬車を降りよう」

 まずはクロードが降り、ティンクルスを守るように支えるようにして馬車から降ろす。ティンクルスは怯える少女の手を、しっかりと握る。騎士と少女の父も御者台から降りた。


「捕らえろ!」

 テルダ兵の鋭い声に兵士たちが動く。

 ここは大人しくしていなければ。そうは思っても逃げたい衝動が湧き上がり、しかし老魔術師の身はすくむ。それでも少女がケガをしてはいけないと、震える手で背へ隠す。

 厳しい顔つきのテルダ兵が迫ってくる。ザァッと、体から血の気が引いた気がした。と、そこへ。


「待てぇ!」

 轟音をとどろかせたのはガレータの隊長だった。待て待てと大声を上げながら、ガレータ兵を引き連れながら、テルダ兵を蹴散らすようにやって来る。

「お前たち、火傷の魔法使いを捕まえるつもりか!? この魔法使いはな、村の者の病気を診てくれたんだぞ!」

「そうだ! 俺の母ちゃんも薬をもらったんだ!」

「俺は子供を診てもらったぞ!」

 隊長が怒鳴りつけ、ガレータ兵も次々声を張り上げる。


 ここで、老魔術師はようやく気づいた。

 テルダ兵の、魔術武器の切っ先は全て少女の父に向いている。彼らの目的は魔法使いの父であり、ティンクルスも魔法使いだということは知らないのかもしれない。

 そして、兵士たちは魔石の輸送があるからか、互いに親しいようだ。ガレータ兵の剣幕にテルダ兵は反発するでもなく、「それ、本当か?」と声をかける者もいる。

 この分ならいきなり捕われることはなさそうだ、と安堵の息がもれ、しかしなぜ少女の父を、と首をひねったとき。


「ほら、あれを出せ! あれだ!」

 隊長が胸の辺りを叩いて急かすと、少女の父は何のことかわかったらしい。胸元から大事そうに、何枚かの紙を取りだした。

「これはな、火傷の魔法使いがもらった、王都の村長たちの礼状だ!」


 この『礼状』は少女の父の働きに対して、村長たちが感謝し贈った物だろう。

 信頼の証でもあり、旅人でありながら村の一員として認めるという表明にもなるので、そう簡単にもらえる物ではない。偉大なる魔術師が『大地の魔法使い』という称号を与え、後ろ盾になったことと似たようなものだ。


 テルダ兵に紙を突きつけた隊長は、なぜだかわが事のように胸を張る。ティンクルスは兵士に囲まれているのも忘れ、にじにじと近寄っていく。

 礼状を覗けば、そこには感謝の言葉が並んでいた。旅の無事を祈る、温かな文章が添えられた物もあった。

 じん、と胸が熱くなる。


 少女の父は王都を逃げだした、身分証のない旅人だった。これでは魔石輸送に同行することもできず、護衛を雇おうにもそんなお金はなかったに違いない。

 彼は王都周辺の村を巡っただろう。火傷を負った顔で、身の証もなく、何年も何年もめぐり歩き、同じ村を幾度も訪れたことだろう。そうして贈られた、大切な礼状なのだ。


 礼状は立派な身分証になる。いや、もしかすると、王の許しが切っかけだったのかもしれない。

 これまでは、かつての罪に、王の住まう王都に、心囚われていた少女の父。これからはさらに多くの人々を治療しようと、礼状を手にアンガンシアへティティリアへと足を伸ばしたのだと思う。


「がんばったのぅ。立派じゃのぅ」

 彼の過去を思えば、老魔術師の目にじわっと涙が浮き、ぐずっと鼻が鳴る。真っ白な布が、騎士の手からクロードへ。


「いや、しかしだなぁ……」

 テルダ兵の戸惑った風な声が聞こえ、ティンクルスはハッとした。

 今は感動している場合ではなかった。





「じょ、嬢ちゃん、恐がらせて悪かったなぁ。これでも飲んで機嫌直してくれ」

 厳つい顔をした中年のテルダ兵――彼はテルダ隊の隊長だそうだ、が、困ったような顔になって頭をかいた。


 ここは兵舎の食堂だ。椅子に腰かけた少女は、両隣に座る父と老魔術師の手を握り、出されたスープには目もくれずテルダの隊長を睨んでいる。

 クロードと騎士は、数人いるテルダ兵を警戒してか、ティンクルスのすぐ後ろに立っている。だが、兵士たちの顔つきは特に恐くもなく、どちらかといえば戸惑っている感じだ。


 身分証が出自を証明する物なら、礼状は人柄を保証する物だ。ガレータ兵が少女の父を庇ったこともあっただろう。これらを見たテルダ兵の態度は、ずいぶん軟化したようだ。

 それに、ティンクルスの身分証も少しばかり役立った。地方の商家の息子、だけでなく、身元の保証者として筆頭魔術師の署名と魔法印があるからだ。

 王と筆頭魔術師は、王都を離れる老魔術師が心配だったのだろう。他にも、王都の学者の息子だとか、筆頭魔術師の名のない物だとか。場合に合わせてうまく使えということだ。旅立つ前に何枚も渡してくれた。

 ありがたいことだと、ティンクルスは胸のうちで感謝する。


「ところで、どうしてお父上を捕らえようとしたのかの?」

「あぁ、それがだなぁ……」

 クセなのだろうか。まだ頭をかいたままの隊長が、話し始めた。


 少し前、ティティリアでは商人組合のパーティが予定されていた。アンガンシアの外村、ガレータで村長から聞いた、長の代替わりの披露目だろう。

 その日の朝、体調を崩していた次代の長は薬を飲み、倒れた。頭痛薬だと思われていた物は――毒薬。


「まさか、その毒薬を作ったのが……」

 ティンクルスは思わずのどをゴクリと鳴らし、隊長はチラリと少女の父を見る。

「顔にひどい火傷を負った魔法使いだと、通達があったんだ」

「そんなはず、ありません!」

 少女が勢いよく立ち上がり、手をつないでいた老魔術師の体は、ちょっとひっくり返りそうになった。


「じゃが、おかしくないかの? お父上はアンガンシアにいたんじゃ。どうしてティティリアに薬が……」

 ティンクルスはハッと息をのむ。もしかして。

「その薬は、アンガンシアから来た商人が渡した物でしょうか?」

 少女の父が恐る恐る伺うと、隊長は力強くうなずいた。


 披露目のパーティのため、アンガンシアからティティリアへ向かった商人の一行は、ガレータで護衛を雇っている。このとき、少女の父も村にいた。

 父は商人の一人に頭痛薬を売ったそうだ。その薬を商人が、パーティを前にして体調の思わしくなかった次代の長に渡した、となるのか。


 ふむ、と老魔術師は口を尖らせ腕を組む。

 次代の長が薬を飲んだのは朝だ。ということは、商人から渡されてすぐに飲んだわけではないだろう。パーティ当日の朝、しかも体調が悪いのに、わざわざ商人と面会するとは思えないからだ。

 薬はパーティの前日までに渡されていたはず。


「つまりの、商人が渡してから次代の長が飲むまでの間に、誰かが薬をすり替える機会はあったんじゃ」

 ティンクルスがどうだろうと窺うと、隊長の頭はぎこちなく縦に揺れる。

「それに、この魔法使いが売ったのは商人だ。ちょっと村で一緒になっただけの商人に、毒を盛る理由なんてあるか?」

 クロードの鋭い眼差しを受け、隊長の目が落ち着きなくさまよう。

「毒薬は頭痛薬よりずっと高く売れます。その商人への害意があったのでもなければ、わざわざ頭痛薬と偽って安い値で売るとも思えません」

 騎士の言葉がトドメになったのか、隊長の厳つい顔が情けなさそうに崩れた。


「つ、つまりこの魔法使いは犯人じゃないってことだな?」

「当たり前です!」

 またまた少女が立ち上がり、老魔術師はひっくり返りそうになる。もちろん、クロードが支えたが。


「俺はこういうのは苦手でなぁ……」

 どうやら隊長は、頭脳派ではなく武勇の人であるらしい。そして善人でもあるのだろう。犯人ではなさそうだと思えば、少女の父を捕まえようとはせず、しかしどうすれば良いかと悩んでいるようだ。

 ガシガシと頭をかきながら、グググと妙な唸りをもらす。と、ここで一人の兵士が声をかけた。

「隊長、隊長の弟さんを頼ってみたらどうです?」


 隊長の弟はティティリア警備隊に所属しているそうだ。俺と違って頭は良いと、隊長が自慢げな顔で請け負う。

 その弟に調べてもらい、この間、魔法使いの一行はそっとテルダに留まる。事件も解決するし、テルダの村人も魔法使いに診てもらえる。

 一石二鳥だと、隊長たちは顔を輝かせた。


「こいつの弟って、大丈夫か?」

「そう都合よく解決するでしょうか? もし、毒薬を作った魔法使いや貴族が関わっていたとしたら厄介です」

 クロードのつぶやきが、騎士のささやきが、ボソリボソリとティンクルスに届く。


 失礼ながら、友の心配にはちょっと同意してしまう。騎士の懸念も最もだ。

 交易都市ティティリアの商人組合なら、街への影響力は大きく、貴族とつながりもあるだろう。

 毒薬を用意したのが貴族に仕える魔法使いだとしたら、その貴族の思惑だったとしたら、警備隊は手を出せないかもしれない。

 こうしたとき、筆頭魔術師の署名の入った身分証が役に立つのではなかろうか。


「よし! お父上とお嬢さんはテルダに残ってもらって、わしたちはティティリアへ行こう。隊長さんの弟さんと一緒に事件を調べるんじゃ!」

 老魔術師は小さめの拳を、ぐっと握ってふり上げた。



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