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領主館と精霊の玉

 慣れない相談事を受け、うんうん悩んだ数日後のこと。ティンクルスは領主館を訪れていた。

 やはり赤茶色の広間には、絵や壷が飾られ、天上には豪華な魔光灯まこうとうがぶら下がっている。

 大地の魔法使いの話では、領主はこうした物にお金をかけないそうなので、近づいてきた貴族や商人からの贈物なのだろう。礼儀として、付き合いとして、飾っているといったところか。


(精霊が囚われてる玉は、ここには無いようじゃのぅ)

 ザッと広間を見渡した老魔術師は、領主に目を戻す。

 彼の顔の片方には大きな傷があった。額から頬にかけて、目を失うほどの大きな切り傷だ。しかし領主は堂々としており、傷のないほうの顔を見れば穏やかでもある。

 きっとこの傷は、若かりし日にアンガンシアの外村を守った、名誉の負傷なのだろう。ちっとも醜くなどないとティンクルスは思う。


「ティンク殿、息子が世話になったそうですな」

「い、いや。お力になれたかどうかは……」

 息子と姉のような娘、そして領主は、はたしてどのような形に納まったのか。そわそわとして落ち着かない老魔術師に、ふふふ、と領主が笑う。そして何事かを侍従に申しつけると、奥の扉が開いた。


「……ふぉ?」

 そこに立っていたのは、真っ赤な顔で、緊張のためか頬を強ばらせている領主の息子と、同じく頬を染め、それでも嬉しげにほほ笑んでいる娘。彼女の手は、息子の腕に添えられてもいる。

 彼女が、若者が姉のように慕っている、いや、恋をしている娘だろうか。どう見ても二人は初々しい恋人のようだが。

 ポカン、と口を開けて二人を眺めるティンクルスに、領主は話し始める。


「私は息子があんな思い違いをしていることに、まったく気づいていなかった」

 息子が悩んでいるのは察していたという。だが、それがまさか、領主と娘の仲を考えてのことだとは。

「青天のへきれきとは、このことですな」

 領主は苦笑した。


 元々、アンガンシアは小さく貧しい街だった。よその貴族から縁談を持ちかけられることなどなく、領主も、その父も、そのまた父も、みな自ら見初めた女性と夫婦になったらしい。

 だから、こうしたことは当人に任せたほうが良いと考えた。ただ、娘はもうすぐ二十歳はたちになる。そのときは、領主も少々せっついてみようとは思っていたそうだ。


「つ、つまり、何ですかの? そちらのお嬢さんの想い人は、領主様ではなくご令息じゃったと」

 老魔術師にとっては驚きの結末だ。つっかえ気味に問うと、領主は大きくうなずく。

「私は誰が見てもわかると思っていたが、こういうことになると、肝心の本人は気づかないものですかなぁ」

 心底不思議そうな顔をした領主が首をかしげ、息子はバツが悪そうに下を向いた。


(わし、まだまだ未熟者……)

 宿屋で相談を受けたとき、まず、娘の気持ちを確認すべきだったのだ。叶わぬ恋、二人のために身を引く若者、などという慣れない事態に直面したためか、いささか空回っていたのかもしれない。

 ティンクルスの肩が、しょぼん、と下がる。


「思い違いをしたのはあいつだ。ティンクは悪くない」

「ティンク様は限られた情報の中で、最善の答えを出されたと思います」

 ボソリ、ボソリ。後ろに控えていたクロードと騎士から、すばらしい早さで慰めの言葉が飛びだしてくる。


「ティッ、ティンク殿っ、その、あ、ありがとうっ」

 思い違いを恥じたのか。娘と並んでいるのが照れ臭いのか。相変わらず真っ赤な顔の領主の息子が、ものすごくぎこちない礼を述べる。

 その横で、娘が幸せそうに笑うと、ティンクルスの顔にもほわりと笑みが浮いた。





 謁見を終えると、ティンクルスは領主館を案内された。先を歩いているのは領主の息子が姉のように慕う、いや、もうすぐ婚約者となる娘だ。

 こちらです、と通された部屋には剣や鎧が並んでいた。


「ティンク様がお探しの魔宝玉まほうだまは、これではありませんか?」

 娘は魔法使いだ。老魔術師が要望した、黒水晶に似た強い魔力を持つ魔宝玉、に心当たりがあったのだろう。

 彼女が迷わず指したのは一式の鎧。その兜の天辺に黒い玉がきらめいている。強い、強い、魔力を感じる。

「おお、これじゃ!」

 ようやく見つけたと、ティンクルスは力強くうなずく。


「この魔宝玉に、魔物を減らす効果があるかもしれないのですね?」

「い、いや……まだ研究中じゃから何とも言えないんじゃが」

 娘に見つめられ、老魔術師はもごもごと誤魔化した。

 精霊が囚われている玉のことは、誰にも話していない。玉の力を、精霊の力を、使ってやろうと思う者が現れては困るからだ。

 娘も魔法使いだからか、興味深そうに玉を眺め、けれどすぐにこちらを向いた。


「研究というものはとても時間がかかり、何度も失敗を重ねてようやく結果が得られる。いえ、結果が得られれば幸運だと、失敗からも得られることはあると、大地の魔法使いから伺っております」

 だから、くじけずにがんばってほしいと、娘は頭を下げる。


「うむ。ありがとうのぅ」

 この、しっかりとして優しい心を持つ娘が次期領主夫人になったなら、きっとアンガンシアも安泰だと思う。

 部屋を出ていく娘を見送りながら、ティンクルスはにっこり笑った。



「この鎧、竜人でも模してるのかのぅ?」

「これ、火炎蛇のうろこだろ。こんなのを着るなんて趣味が悪いよな」

「この鎧は飾りでしょう。派手だし動きにくそうです。ですが、うろこの部分は火に強いですね」


 三人は、天辺に黒くきらめく玉のついた鎧一式を囲む。ティンクルスは首をかしげ、クロードは顔をしかめ、騎士は興味深そうに眺めている。

 鎧と兜の一部には、魔物のうろこが使われていた。額、頬、二の腕、背中、太もも。

「……ジャンよ。申し訳ないんじゃが、この兜を被ってもらっても良いかの?」

 うなずいた騎士が、装飾が多いためか少し苦労しながら兜を被ると。


(……まさか)

 額と頬がうろこに覆われ、まるで古代神殿の壁画にある竜人のように見える。もしかして、竜人とは――


 この地には、人に似た、けれど人ではない種族の伝承が、いくつかある。

 背の羽で大空を舞う鳥人。逞しい体躯と立派なたてがみを持つ獅子戦士。青白い肌に血の色の目、頭には角の生えた人鬼。これらは物語の中でしか語られない種族だ。

 だが、竜人だけは遺跡がある。彼らのいた証が、この地に残っている。


 ティンクルスは、古代神殿の女神像も思いだした。

 つるりとした頬の、美しい人間の女性。うろこを持つ竜人が作ったのに、なぜ人の姿なのか。

 女神像は力ある大精霊を閉じこめるための物だ。ならば彼らが支配した弱い人間の姿ではなく、強い竜人の女性にするのが自然ではないか。

 とすると。


 ――うろこを持つ女性など、いなかったのだ。竜人とはこの鎧のように、たとえば竜のうろこを身につけた、人間の戦士だった。


 とは考えられないか。

 それに、とも思う。解放した精霊は『あやつらに囚われた』と言った。『竜人』とは一言も言わなかった。

 ゾクリと、老魔術師の背中を何かが駆け抜ける。


 魔術とは、竜人の技。竜人だからこそ編みだせたのだろう、という意識が人々にはあった。

 ティンクルスが成功させた『魔石と魔術文字』の魔術も、竜人の技の再現だ。

 古代神殿の壁画に描かれていた、『魔物の体と謎の文様』を用いたであろう強大な魔術に比べれば、ささやかな魔術。若かりし頃は、もっと威力があれば魔物を一掃できるのにと残念に思い、年を重ねてからは、人にはこれくらいの力で良かったのだろうと思える魔術だ。しかし。


 もし、竜人が同じ人間だったとしたら。

 『魔物の体と謎の文様』の魔術も、いつか誰かが編みだし、みなが使えるようになるかもしれない。


(それは、ダメじゃ……)

 よどみを払う精霊を捕らえてはいけない。彼らの強大な力を人の物にしてはいけない。何より、自由に生きる精霊を閉じこめてはいけない。

 竜人と呼ばれこの地を支配した彼らも、結局は消え滅んだ。もし、ティンクルスが広めた魔術の発展した先に、同じ運命が待っているとしたら。

 千年前に何が起きたのかを知らなければならない。そして同じ過ちを、繰り返してはならない。


(わし……きっとこの旅で、それを見極めなければならないんじゃ)

 小さめの拳にぐっと力が入ると、その横で、友がほほ笑む。その顔は、ずっとそばにいると、力になると、言ってくれているように思えた。


 それから、老魔術師は兜についた玉を削り、精霊を解放した。

「のぅ、精霊さんたちを捕らえてしまったのは、人間なのかのぅ?」

 喜び弾む精霊は、何も答えてくれなかった。ただ、うん、とうなずく気配があった。



「お客さん、領主様は立派な方だったでしょ?」

 宿に戻ると、女将が笑顔で問うてきた。

 ここは思いきりうなずくべきだ。ティンクルスが顔を縦にふると、クロードの顔も同じく揺れる。食事を減らされるのは嫌だと思ったのだろう。


「領主様の息子さんとお嬢さんが腕を組んでたから、わし、驚いたんじゃが、女将さんは二人の想いを知ってたんじゃのぅ」

 領主館での、初々しい二人の姿を話して聞かせると、女将が破顔する。


「ついにまとまったんですね! 若様は年下だし、奥手だからなかなか進まなくて心配してたんですよ」

 さすがの女将も、まさか息子が思い違いをして、領主と娘の仲を取り持とうとしていたとは思っていないようだ。

「そうと決まれば今晩はお祝いをしなきゃ! ご馳走を作ってみんなを呼んで、お客さんたちは一番良い席に座ってくださいね。若様たちをくっつけてくれたんですから」

 パン、と手を叩いた女将は、いそいそ奥へと引っこんだ。


「それはとっても嬉しいんじゃが、他のお客さんはどうするんじゃろ?」

 おそらくお祝いには、ここの食堂を使うのだろう。この宿には、領主様のご令息の花嫁にわが娘を、と願う商人もいるのだが。

 くきっと首をかしげたティンクルスに、クロードが「あの商人だってうまい物を食べれば、きっと喜ぶさ」と気楽に笑う。

「そう、かのぅ?」

 ちょっと違う気がする。

 へなっと下がった眉を見て、騎士がくすりと笑みをもらした。



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