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店めぐりと噂の愛人

 茶色い街並みを、いつものごとく、つまずきつつ助けられつつ老魔術師は歩く。

 彼らが目指しているのは、元女将の宿屋で盗難騒ぎを起こした若夫婦が、任されているという支店である。

 王都の外村ヘスタからアンガンシアの外村まで、旅をともにした商家の長男もいるだろう。若夫婦の監督のため、この街にいる長男の妻にも会えるだろう。森で迷子になってしまった親戚の娘は、元気にしているだろうか。


「お、ここじゃの」

 アーチ状の広い入口に、戸を開け放っているのが店だ。赤茶色の建物ではあっても、これは王都と変わらない。入口の看板を見上げれば、王都の本店と同じ物がかかっている。


「では、ティンク様。私は宿に戻り待機しております」

 ここで騎士が頭を下げた。

 実はもう、ティンクルスは領主館を訪れていた。とはいっても、まだ大地の魔法使いがしたためてくれた紹介状を手に、面会の要望を出しただけだ。日時を調整したのち、使者が宿屋を訪れる。


「せっかくのアンガンシアなのに、すまんのぅ」

 こう言うと、騎士はほほ笑み首をふってくれたが、老魔術師の眉は下がる。

(明日はわしとクロードが待機して、ジャンに玉を探してもらおうかのぅ)


 騎士は魔法使いではないので、精霊が囚われているであろう玉の魔力がわからない。本来なら、騎士とどちらか一方が街へ出るべきだ。しかし。

 守護精霊のクロードがティンクルスのそばを離れるはずもなく、また、ティンクルスにも五十年来の友と別行動を取るという考えは、まったく微塵みじんも欠片もない。


 騎士には気分転換も兼ねて街を楽しんでもらえれば、それで良いと思う。良い案を思いついたと、老魔術師はほわほわ笑った。



「いらっしゃいま、あっ!」

 店に入ると、にこやかな顔で挨拶をした青年――盗難騒ぎを起こした張本人でもある、商家の長男の弟だ、が、ギョッと目を見開き一目散にすっ飛んできた。

 彼は、王都では騒ぎを起こしてしまい、と必死な様子で謝りを入れ、旅では娘を探してもらったそうで、と丁寧に幾度も礼を述べる。

 長男の妻の指導の賜物か。今はあたふたしているが、以前よりはしっかりとした顔になったかもしれない。

「いや、弟さんも元気そうで何よりじゃ」

 もう気にしなくて良いと慰め、ティンクルスは店内を見まわした。


 木製の家具と調度、魔光灯まこうとうに送風箱。品揃えは本店と変わりないようだが、色合いは違う。王都の家は灰白色だが、アンガンシアは赤茶色。これに映える色をそろえているようだ。

 加えて、装飾に魔宝玉まほうだまを使っている品が多い。これは、アンガンシアの外村で作っていないためだろう。

 魔物の目玉を魔宝玉にするには薬草が要る。けれどこの土地に必要なのは、農業用の魔法薬だ。飾りのためだけに、大切な薬草を消費したりはしない。


 この街では珍しい魔宝玉は、なかなか人気があるのだろう。店を回れば、精霊が囚われている玉も見つかるかもしれない。

 うむ、とうなずいたティンクルスは弟に目を戻す。


「ところで若主人の姿がないようじゃが、街めぐりでもしてるのかのぅ?」

「いえ。兄は今、領主様へご挨拶に伺ってるんです」

 弟が、何だか妙な顔になった。

 聞いてみると、長男夫妻は親戚の娘を連れて、領主館へ行っているという。その目的は、娘をご令息の花嫁候補として紹介するためだとか。


 なるほどと、それもあって娘が旅に同行していたのかと、ティンクルスは納得する。その横で、クロードの鼻がふんっと鳴った。

「王都育ちのわがまま娘が、こんな小さな街に嫁げるのか?」

「こっ、これ、クロード。そんなことを言うもんじゃ……」

 老魔術師が友を慌ててたしなめる。しかし弟は、ハハ、と笑いをもらしながら、それで良いと思うと続ける。


「こちらの領主様は魔法使いの血筋が欲しいらしいんです。あの娘は魔法使いじゃありませんし、それに……」

 すでに領主は魔法使いの娘を愛人にしているようだ、と彼は声をひそめた。





「クロードよ、どう思う?」

「貴族は出世が大事なんだろ? それに愛人の一人や二人、いてもおかしくないんじゃないか?」

「そう、なんじゃが……」

 街を歩きながら、首をかしげたクロードに、ティンクルスは「むぅ」と唸った。


 出世自体が目的なのか。何かを成し遂げるための手段として、地位や権力を必要とするのか。両者は大きく違うと思うが、どんな貴族であれ、出世を考えることはあるだろう。

 王族として生まれ育ったティンクルスだ。妻が幾人もいるとか、貴族が愛人を持つことに対しても、どうこう言うつもりはない。ただ。


「これまでに聞いた領主の印象と、愛人というのが何だか合わないような気がするんじゃ」

 アンガンシアのために尽くしてきた領主だ。もし出世を望んでいるのなら、きっと街の発展のため、街を守るためでもあると思う。

 ならばなおのこと、魔法使いの娘は息子の妻とし、子供は誰にはばかることのない生まれにしようと考えるはず。


 どうだろうと見上げると、クロードは一度うなずき、「じゃあ、単に女好きなんじゃないか? 立派な領主でもそういうことはあるだろ?」と返す。

「いやっ。領主が女好きじゃったらあの宿屋の女将さん、あんなに褒めなかったと思うんじゃ」

 ぶんぶんと、ティンクルスは勢いよく首をふった。その顔は自信満々だ。


 かつて王都の劇場に、少年少女たち――顔に火傷を負い、昔、王の暗殺未遂に手を貸してしまった魔法使いを父に持つ少女だ、と『勇者レイガスと囚われの姫』を観に行ったときのことだ。

『レイガスって王様のことなんでしょ? じゃあ、お姫様はお后様かな?』

『王様にはたくさんお嫁さんがいるぞ』

『えー、やだぁ』

 少女は確かにこう言った。


 こうした話は貴族女性であっても、眉をひそめてチクリチクリと嫌味を言う。一夫一妻が当たり前の庶民女性なら、なおさら嫌うのだと思う。

 うむ、と老魔術師は訳知り顔になってうなずく。

 間違ってはいないだろうが、その根拠が十二歳にもならない少女の発言というのが、世間知らずな彼らしいか。


「てことは、女将がまだ愛人のことを知らないだけか、その魔法使いの娘は愛人じゃないのに、勘違いしてる奴がいるってことかもな」

 宿に帰ったら女将に聞いてみるか、と友に問われて、ティンクルスは「む」と詰まった。

 女将は『客を怖れぬつわもの』だ。下手なことを聞いて機嫌を損ね、食事を減らされたらどうしよう……

 老魔術師の眉が思いっきり下がる。


「やめとくか」

 心の声が聞こえたのだろう。クロードが重々しく首をふった。



 それから、老魔術師とクロードは店をめぐり歩いた。

 魔宝玉が置いてある店は、王都の商家が出しているのだろう。目新しい品は無いが、色合いやデザインの違いが楽しめる。


 そして、案外この街で、魔宝玉は人気がないことも知った。いや、正しくはご老体に人気がない。

『あんな物に薬草を使うなんて、最近の若いもんは……』

 ということらしい。

 これを聞いたとき、近くにいた若い娘が「この玉は王都の薬草で作ったのよ」と口を尖らせ、ご老体との間で火花が散った。

 老魔術師は慌ててなだめる破目になり、ちょっとだけ疲れた。


 この街の人々が営む店にも入ってみた。

 コップや皿、花瓶などが置いてある。つるりとして艶やかな、王都の白い品とは違い、淡く優しい色合いの、少しザラリとした陶器だ。


「みなで、そろいのカップを買ってもいいのぅ。お、あの壁飾り、馬車に下げてみたらどうじゃろ?」

「馬車が急に止まったりして、落ちてティンクに当たったらどうする」

 壁飾りは危ないと、クロードが心配顔を横にふる。

 友を心配させるわけにはいかないし、友の上に落ちても危ない。老魔術師は素直にうなずく。となるとカップか。


 一つを手に取り、もう一方の手の指を、一本二本と折っていく。

 ティンクルスとクロードと騎士、王に筆頭魔術師、元女将と三人の隊員に黒いローブの魔法使いの娘。大切な二人の侍従の分も、そっとそろえておきたい。


「娘さんにはもう少し、可愛らしい品のほうがいいかのぅ?」

「幽霊女なら、何でもいいんじゃないか?」

「絵柄もいろいろあるんじゃのぅ。みな、それぞれ似合う物を選んだほうがいいかのぅ?」

「俺はティンクとおそろいでいいぞ」

 ほぼ参考にならないクロードの意見を聞きながら、ティンクルスはうんうん唸ることとなった。



 長い時間をかけて土産物を選ぶと、老魔術師は一度、宿へ戻ることにした。クロードが荷物を持ってくれているからだ。

 申し訳ないと思うものの、自分で持って歩けば確実に転ぶ。かえって迷惑だったりする。


「お、ジャン。どうしたんじゃ?」

 宿の手前で、出てくる騎士と鉢合わせた。

「ティンク様。今、領主館から使者が来ているのですが……」

「おお、早かったのぅ。いつ会えることになったのかの?」

 数日早く到着したはずの、商家の長男は今日、領主館へ行った。となると二、三日後だろうか。

 騎士を見上げたティンクルスは、「ん?」と首をひねる。


 騎士の顔が少々困惑しているように見える。そういえば、とも気がついた。使者が『来ている』とはどういうことか。普通なら、用向きを伝えたらすぐに帰るはずだ。

 聞いてみると、使者はティンクルスに会いたいのだという。それで、騎士は探しに出るところだったそうだ。


「ほぅ……何じゃろ?」

 顔をかしげた老魔術師に、騎士は声をひそめる。

「ティンク様。あの使者は、おそらく領主の息子です」

「ふぉ?」

 ティンクルスの顔が、さらに斜めに傾いた。



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