老魔術師は大地の魔法使いに会う
魔石輸送の一行は無事、鉱山都市アンガンシアの周囲に散らばる村々、その外村に着いた。ティンクルスたちはここで一行とお別れだ。ちょっと寄りたい村があるのだ。
商家の長男と娘の、瀟洒な馬車を含む兵士たちの列は、外村を出てまっすぐ、老魔術師の馬車は左の道へと曲がる。
「世話になった。ありがとう!」
「気をつけて行けよ!」
「うむ、また会おうのぅ!」
顔をひょこりと出して手をふったティンクルスは、しばし一行を眺める。この旅を終えて王都に戻ったら、いつかヘスタの村を訪ねてみよう。
まだ、こちらを見ている兵士たちにもう一度、大きく手をふり別れた。
老魔術師とクロード、そして騎士のジャン。三人旅に戻った彼らが向かう先は、バーモナという内村だ。ここには、農業に生涯を捧げてきた『大地の魔法使い』がいる。
かつて、アンガンシアは不毛の地と言われていた。固い大地は鍬を受けつけず、水は草木を育まない。魔石の多い地にはこうした傾向が見られる。
初めはこれらに魔法をかけ、今は誰もが使えるように新たな魔法薬と肥料を用いて、見事、農地を豊かにしてみせたのが彼だ。
アンガンシアは、魔術の成功と魔道具の普及、これによる魔石の消費量が増えたことで発展してきた街だと言われている。しかし彼がいなければ、集まってきた鉱夫たちの食料を賄うことはできなかった。
大地の魔法使いこそがアンガンシアを支えてきた功労者だと、老魔術師は思っている。
「どんなお人じゃろうのぅ」
ティンクルスは、日に焼けてシワの刻まれた、働き者といった風な顔を、農夫のようにガッチリとした体つきの男を思いだす。実は、姿だけなら見たことがあるのだ。
アンガンシアに魔術薬師の工房を建てる際、彼は領主とともに王宮を訪れた。工房で農業用の魔法薬を作ってほしいと、願い出に来たのだ。
これを知った老魔術師はぜひ会いたいと思い、いそいそ出向いた。が、彼は庶民だったために謁見が叶わない。結局、筆頭魔術師が威風堂々と会い、偉大なる魔術師は犬のクロードとともに扉の隙間からそっと窺う、という奇妙な構図ができあがった。
王族でもある師匠がそわそわしながら覗いていたのだ。筆頭魔術師はさぞ、やりにくかったに違いない。
商家の息子になった今なら会える。いろいろな話を聞いてみたい。とても楽しみだ。
ティンクルスはにこにこ笑った。
バーモナの村に着くと村長に挨拶をし、大地の魔法使いの家へ向かった。
王都なら灰白色の街並み、周辺の農村は木造の家が多い。が、ここは赤茶色の石を積み上げた家ばかり。見まわしても森らしき影はほとんどなく、遠くには茶色い山が連なる。
しかし畑は広がっている。種を蒔く人々は、今年の収穫を楽しみにしているのか、表情が明るい。やはり大地の魔法使いはすばらしいと、老魔術師は深くうなずく。
大地の魔法使いの家はこじんまりしていて、脇には柵で囲まれた小さな畑が並んでいた。まだ時期ではないのだろう、草がちょんと顔を出している。
「おぉ……これは全部、薬草じゃ」
薬草の栽培は難しいと言われているが、農業用の魔法薬を用いて育てているのだろうか。もしかすると、自生している薬草より魔力が多いのだろうか。
首をひねったティンクルスが、薬草の質を確かめようと、屈んで柵の中に手を伸ばしたとき。
「こらぁ! 何してるんだ!」
「ふぉっ」
――ごんっ
「ティンク!」
「ティンク様!」
突然の大声に驚き、柵に頭をぶつけてしまったティンクルスは、「うぐっ」とうずくまる。クロードが慌てた様子で頭をなで、目をむいた騎士が立たせようとするものだから、上から下から押しつぶされて今度は「ぐぅ」と声が出る。
運動神経は悪くとも、常日頃、大事に大切に守られてきた老魔術師だ。頭をぶつけることなど滅多にない。クロードも騎士も、だから動揺したようだ。
すったもんだの末、ようやく立ち上がったティンクルスは、こちらを睨みつけている少年に気づいた。
「お前たち、師匠の薬草を勝手に取るつもりか!?」
十二歳ほどと見える少年は、大地の魔法使いの弟子のようだ。まだ甲高い声に、老魔術師は魔力を感じ取ろうとしただけだと、慌てて首をふる。ぶつけた頭に少々響く。
「……貴族、の方ですか?」
弟子の目は鋭いまま、今度は声が低くなった。これにも思いっきり首をふると、老魔術師はふらりとよろけクロードに支えられる。
騎士が素性と用向きを伝えると。
「お前、師匠の名前目当てで弟子入りしに来たんだろ?」
弟子の目は、さらに鋭くなってしまった。
*
「弟子が失礼なことを言ったようじゃ。すみませんでしたのう」
「いや、勝手に薬草を見ようとしたんじゃ。こちらこそ、すみませんのぅ」
小さな居間に、爺言葉が飛び交う。
大地の魔法使いは、血色の良い顔に浮かぶシワを深めて「ふぁっふぁっ」と豪快な笑い声を立てる。
「ほれ、お前も謝らんか」
師匠に顔を向けられると、弟子の少年は渋々といった感じで頭を下げた。
「じゃが、大変そうですのぅ」
弟子がティンクルスに厳しい目を向けたのは、薬草を盗む旅人がいるからだろう。大地の魔法使いを召抱えようと、貴族が訪ねてくるせいだ。名声目的の弟子入り志願者が後を絶たないためでもある。
この弟子は師匠を守っているのだ。良い弟子だとにっこり笑うと、少年は照れたらしい。ふんっと目を逸らす。
「だいたい、偉大なる魔術師が悪いんだ。師匠に『大地の魔法使い』なんて称号をくれたから」
ひゅっ、と老魔術師は息をのみ。
「それは違うのう」
大地の魔法使いは、弟子に穏やかな顔を向けてゆっくりと首をふった。
かつて、彼はアンガンシアの農業に力を注ぐ、ただの魔法使いだった。成果が認められ始め領主が後押ししようとも、小さく貧しかった領だ。さして人目を引くこともなかった。
それが、魔術薬師工房に関わることになった。まだ発展するであろう街の、偉大なる魔術師が主導する工房だ。そこで不毛の地を豊かにした魔法薬を作れば、これまでの功績が広く知れ渡る。
「わしはもう、この村にいられなくなるかもしれん、好きな畑仕事を続けられなくなるかもしれん、そう思った」
長年付き合ってきた領主も、爵位の低い自分では力が及ばないだろうと、ずいぶん心配したそうだ。
それでも、農業用の魔法薬を工房で作ることが、アンガンシアのためだと考えた。だから王宮へ出向いた。
(それほどの覚悟があったんじゃ……)
老魔術師の胸が、じぃん、と熱くなる。
「じゃがのう、今、こうして村におる。それは『大地の魔法使い』という称号を、ティンクルス様が与えてくれたおかげじゃ」
称号を与えるということは、後ろ盾になるということ。偉大なる魔術師が亡くなった、ことになっている今、弟子の筆頭魔術師が引き継いでいる。
王に近しい筆頭魔術師に対し、ケンカを売る貴族はまずいない。
「お前が偉いお客さんに生意気な態度をとっても、文句を言われんじゃろう。それも、大地の魔法使いの弟子、だからじゃ」
シワを深めてニカッと笑った魔法使いは、しかし声に迫力があった。よく考えてみろ、と言っているのだろう。
ハッとした少年は、難しい顔になって悩み始めた。
(称号が役に立ってよかった……)
きっと邪魔になることもあるだろう。来訪者は増えてしまったかもしれない。それでも、大地の魔法使いがこの村で、生涯の仕事と定めた事をやり遂げる手助けができたのなら、ティンクルスは嬉しい。
一人の魔法使いの、熱い想いに関わることができたような気がして、じわっと涙が浮き、ぐずっと鼻が鳴る。
そして、クロードの手にはすでに布が握られていた。
それから、老魔術師は大地の魔法使いと長々と語り合った。
彼のこれまでを聞けば、何だか自分と似ていると感じた。若い頃は『土いじりばかりしている変わった魔法使い』と噂されていたそうだ。ティンクルスは『古代神殿にこもる変人魔法使い王子』である。
魔法と魔術の展望もぶつけ合った。農業への関わり方。工房はどうあるべきか。魔術薬師と魔道具職人が増えたなら、魔法使いは何を担っていくべきか。
爺言葉は止まらない。
弟子はうたた寝し、クロードはしゃべり続けるティンクルスの、のどの渇きを気遣っているのか、コップに水を何度も注ぎ足す。
長時間、微動だにしなかった騎士は畏れながらと口を開いた。
「ティンク様。そろそろ村長の家へお戻りになりませんと」
「ふぉ?」
窓の外を見れば高かったはずの陽が、もう沈みかけている。
「おっ、これは失礼しましたのぅ。つい話しこんでしまって」
「いや、わしも楽しかった。何だかティンクルス様と話してるような気分でしたのう」
面識はないはずだが、と目をぱちぱち瞬く老魔術師に、お会いしたことはないのだが、と、大地の魔法使いはとびっきりの秘密を話すかのように、頬をゆるめて声をひそめる。
「王宮へ伺ったとき、心配そうな顔でこちらを窺うお姿を拝見したことがありましてのう。お優しい方のようで、何だか見守っていただいてるようじゃった」
「ふぐっ」
しっかりバレていたらしい。ティンクルスの口から、変な声が出た。




