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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
始まりの章
4/88

女神像と王

 ひっそりとした古代神殿。高い天井を見上げれば、彫られた竜が雄々しく舞い、視線をそのまま下ろしていくと、途中、回廊がぐるりと巡っている。

 そこに潜んだティンクルスは……パンをもぐもぐ食べていた。一緒に潜むクロードも、老魔術師付の騎士も、そろって口を動かしている。

 ティンクルスのお尻の下には、ふっかりとしたクッションが敷かれている。周りには水と食べ物が小山を作り、眠くなったときのためにと毛布まである。

 これは、古代神殿を見張ると聞いた老侍従が、速やかに用意した物だ。そのせいなのか、まるで緊張感がない。


「うまく来てくれるかのぅ?」

「騎士たちも元に戻したし、噂も流したんだ。きっと大丈夫だろ」

 もぐもぐしたティンクルスが、心配そうな顔を斜めに傾けると、やはりもぐもぐしていたクロードが気楽な様子でうなずいた。


 女神像を削った者は、老魔術師の喪に服す三日間、騎士の配置が変わったためにやって来ないかもしれない。

 だからティンクルスは、騎士たちに芝居を打ってもらい、配置を元に戻した。王に、「やはり私たちは、霊廟に眠るティンクルス様をお守りしたい!」と熱く訴えてもらったのだ。

 王なら彼らの言が嘘だとわかる。ニヤリと笑ったともいうから、老魔術師の思惑にも気づいただろう。この話は広まって、きっと犯人の耳にも入るはず。


 それでも、犯人がすぐに来るとは限らない。ティンクルスもずっと古代神殿にはいられない。

 ということで、一つ、噂を流してもらった。『女神像が七色に輝いた』という話だ。これを聞けば、やはり像には神聖な力があるのだ、となり、ぜひとも早く手に入れたい、となることを期待している。


「誰か来るぞ」

「むふぉ」

 クロードのささやきに、ティンクルスは若干パンを詰まらせた。



 この日、古代神殿にやって来た人物は三人いた。

 一人は老魔術師も見覚えのある貴族。彼は静かに祈りを捧げ、そのまま立ち去った。守衛の騎士もちゃんと同行していた。もう一人も貴族だと、こちらは一緒にいた騎士から聞いた。彼はずいぶん熱心に祈り、やはり何事もなく去った。

 彼らはいつも祈っているのか、ティンクルスが流した噂に釣られてしまったのか。そうだとしたら、ちょっと申し訳ないと思う。


 そして、最後に来た人物。格好から見て侍女のようだ。

 彼女は一人で入ってくると、すぐに女神像の裏へ回った。白いナイフらしき物を取りだし、慣れた様子で台座に登る。手を伸ばし「あ」と小さな声も上げた。葉のかんむり――昨日、欠け落ちてしまった部分だ、に気づいたのだろう。

 台座を降りて床を見まわし、隅に転がしてあった欠片を拾う。彼女はニタリと笑い、それを持って出ていった。


「きっと、あの侍女じゃの」

「ああ。じゃあ、騎士に後をつけさせるぞ」

 すぐそばの窓を覗き、クロードが外に向けて魔力を放つ。その先には、茂みに隠れた老魔術師付の騎士がいる。

「お……」

 魔力がぶつかった騎士の頭が、結構揺れたように見えた。大丈夫だろうか。



 ちゃっかりと昼寝までした見張りを終え、夜になると。

 ティンクルスたちは、女神像に祈りを捧げるという名目でやって来た王とともに、古代神殿を抜けだし、叔父上を懐かしむという名目で立ち寄った王とともに、魔術師用の作業場へ戻った。

 王宮はいろいろと面倒臭いのだ。


「叔父上。見事、女神像を削った者を見つけたようですね」

 ニコリと笑った王に、ティンクルスはわかったことを報告する。

 侍女は、王の息子である第一王子、彼の妃の一人に仕えている者だった。彼女は欠片を持って妃の下へ向かったので、おそらく妃の指示だろう。

 侍女は古代神殿に入る際、守衛の騎士に何かを渡していたようでもあった。金か何かだろう。何度も通っているらしく、手馴れた様子だったという。


「もし妃が飲んでるなら、いや、誰であっても早く止めてやらねばのぅ」

 病に罹ってしまう、と続けたティンクルスに、王は静かにうなずく。

 ここで、クロードがフンッと鼻を鳴らした。精霊は人の感情に敏感だ。彼はうさん臭そうな顔で王を見てもいる。


 もしかして。王は犯人が誰なのか、すでに知っていたのではないか。見過ごしていたということは、息子の妃が病に罹っても構わないということであり……

 ティンクルスが思わずじっと見つめると、王はフッと笑いをもらした。それは自嘲めいた笑いだ。


 その妃は、きっと王には好ましくない家の娘なのだ。本当は、こんなことをしたいわけではないのだろう。もっと力があれば妃の病など願わず、堂々と追いだすことができるのに、と情けなく思っているのかもしれない。

 魔法に、魔術に、生涯を捧げてきたとはいえ、老魔術師も王宮を生き抜いてきた王族だ。綺麗事だけでは済まないのだと、知っている。

 肩を落とした王の、わずかに白髪が交じる頭を、ティンクルスははるか昔を思いだして優しくなでる。


「……ティンク、こいつ甘えてるだけだ。慰めなくていいぞ」

 クロードがジロリと睨むと、王の顔は一転、にんまりと笑った。それは、この甥が幼い頃、いたずらに成功したとき、よく見せた表情だ。

「やはりクロード殿には通じませんね。実は、その妃を追いだす手はずはもう整っています」

「ふぉっ?」

 ティンクルスの口がポカンと開いたのを見て、王は「お二人が一緒なら、王宮を出ても大丈夫でしょう」と楽しげに笑う。


 どうやら、女神像を削った者を見つけさせたのは、二人が外でちゃんとやっていけるかどうか、試すためだったらしい。

 老魔術師の口は、まん丸に開いたままだ。


「お前、相変わらず気に食わない奴だな」

「これくらい、貴族よりはマシですよ。ですが……叔父上がいなくなると寂しくなりますね」

 これは心からの言葉だったのだろう。ポツリとこぼした王の声は、少しだけ湿っていた。





「わし、これから身のまわりのことは、自分でするからのっ」

 清々しい朝日を背に浴びて、ティンクルスが高らかに宣言した。


 昨夜、王はティンクルスが王宮から出ることを許可した。とはいえ、すぐに各地を巡るわけではない。

 囚われている精霊がどこにいるのか、大精霊は何も言わなかった。が、女神像のことを考えれば、古い、魔力ある物に囚われているのだろう。ならばまず、人が集まり物も集まる、この王都から探すべきだ。

 というわけで、老魔術師は今日、住み慣れた王宮を出ることとなった。これは彼にとって旅の始まりだ。そして旅をするなら、いつまでも老侍従の手を煩わせるわけにはいかないのだ。

 ところが。


「ティンク様がご自分で……でございますか?」

 老侍従は、なぜだか衝撃を受けたような顔をしている。

「まあ、ティンクがやりたいなら、いいけどな……」

 クロードも歯切れが悪く、心配そうな顔でもある。

 生まれたときから人に世話され、ぬくぬくと育ってきた老魔術師ではあるが、こんな顔をされてしまうとちょっと情けない。


「……わし、まず着替えてみる」

 ティンクルスは綺麗に折りたたまれていたシャツを取り上げ、こちらが前かとひっくり返し、苦労しながらのそのそと腕を通した。どの穴にどのボタンを嵌めるかをじっくり確かめ、もたもたと留めていく。

 見守るクロードと老侍従は、ひどく不安げな顔だ。

 次はズボンを持ち、片方の足を通す。と、ヨロリと体が傾いた。すかさずクロードが支える。彼が心配していたのは、おそらくコレだったのだろう。

 老魔術師は運動神経そのものを、母の胎内に置き忘れてきたのかもしれない。


「ふぅ……どうじゃ?」

 着替えを終えたティンクルスの顔は、何だか誇らしげだ。庶民なら、いや、王だって服くらいは着られるだろうが、彼は初めてだから仕方ない。

 クロードと老侍従も、良くできました、とばかりにほほ笑むから、老魔術師は大満足であった。


 ちなみにクロードは、ティンクルスを見守りつつ、ティンクルスを手助けしつつ、ティンクルスより早く、着替えている。これに気づいたとき、老魔術師はがっくりと肩を落とした。



 そして再びの夜。

「ティンクルス様、馬車を出してもよろしいですか?」

 今度は筆頭魔術師とともに、王宮を抜けだしたティンクルスは、生まれ育った城に目をさまよわせていた。

 王宮は王都にいれば見ることができる。彼が探しているのは、ここを出れば滅多に会うことはないだろう、王の姿だ。


 幼い頃から何だかんだと言い訳をしながら、ティンクルスの下へ遊びにきていた甥。王になるのは嫌だと駄々をこね、旅に出たいと言ったこともあった。それが今、旅立つのはティンクルスのほうだ。

(昨日の夜でお別れじゃったかのぅ……)

 王は忙しいのかもしれない。いや、あれで案外寂しがりやだから、見送るのが嫌なのかもしれない。


 ほぅ、と溜息をつき、ティンクルスが前を向こうとしたとき。老魔術師の塔、彼の部屋で、ゆらりと影が揺れた。

 それは確かに王の、可愛がっていた甥の影だ。若返り、目は良くなったはずなのに、その姿がぼやけていく。

「陛下……レイヴンス、さらばじゃ」

 つむった目から涙がこぼれ、馬車はゆっくりと動きだした。



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