表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/88

魔人討伐と若者たち

 兵舎の訓練場に、兵士と猟師が集まっている。彼らの目は、一人ポツンと端に立つティンクルスに注がれている。


 魔人討伐、および、よどさらいか。老魔術師が昨日、これに同行したいと申し出ると、総隊長は実力を確認しておきたいと言った。

 みなの命がかかっているのだ。いくら魔法使いであっても、足手まといになるなら連れては行けない。当然のことと老魔術師は了承していた。

 そして今が、力を試されるとき。


 みなに注目されたティンクルスは、ちょっとばかり緊張している。だが、少年に父の体を見つけると約束した。それに。

 横を向けばクロードが、大丈夫だとほほ笑む。

(よし!)

 ふぅ、と息を吐きだすと、合わせた手から白く渦巻く風を出す。放つとそれは宙を駆け、ぶら下がって揺れる的に見事、命中した。続けて右の的、左の的。

 ずいぶん厚みのある魔物肉――これが的だ、が、スパスパスパッと二つに切り裂かれた。


「おお、全部当たった! 魔術武器より速いな」

「岩熊の肉も簡単に切れたぞ。あれ、まだ酒に漬けこんでない、硬いヤツだろ?」

 見ていた男たちから感嘆の声が上がる。やっぱり魔法使いは違う、だの、ついでだからもっと切ってもらうか、などといった声まで聞こえてくる。


「治療も上手いみたいだし、討伐の経験もあるっていうから大丈夫だろ」

 猟師が満足そうに笑えば、総隊長も力強くうなずく。

「そうだな。ティンク、クロード、ジャン。同行をよろしく頼む」

 ホッとしたティンクルスは、ほわりと頬をゆるめた。


 ちなみに、クロードと騎士は槍と弓の実力を披露している。騎士のジャンは当然だろうが、人になってそう時が経っていないはずのクロードも、ずいぶん華麗な動きだった。

 老魔術師は首をかしげつつも、犬のときから華麗じゃったのぅ、と『嫌な奴』に踊りかかっていた友の昔を思いだし、懐かしんだりもしていた。



 兵舎の横を、兵士と猟師が慌ただしく通りすぎる。みな、森に入るための準備に忙しい。老魔術師は薬作りを請け負っている。


「ティンク、熱いから下がってろよ」

「湯が跳ねるかもしれません。ティンク様、もう少しお下がりください」

「ぉ……」

 もうもうと湯気の立った鍋を、騎士がザルに空ける。しんなりとした薬草を、クロードがザルごと持ち上げ、ザッと湯を切る。

 いつもなら「わしもやる」と言うはずのティンクルスは、反応が薄い。その目はちらりちらりと動き、口からはときおり唸りがもれる。


(やはり兵士と猟師の仲は良さそうじゃのぅ)

 気になっているのはもちろん、火の魔石に白い印がついていたことだ。


 老魔術師は先ほど、昨晩の出来事を総隊長に話した。彼は、幼い少年のがんばりを聞いては頬をゆるめ、倉庫に開いた穴を見ては険しい顔をした。

 注意深く見てみると、灰白色の壁に削ったような、人の手で壊した跡があったのだ。

 こうなると、やはり魔石も何者かの仕業と思える。猟師に害意を持つ兵士がいるのなら、一緒に森へ入るのは危険だ。しかし。


『延期するとなると、みなが不審に思うだろう。猟師からは不満が出る。それに、魔人を放っておくわけには……』

 こう言って、総隊長は渋面を作った。

 魔人討伐が終わるまで、森への立ち入りは禁止される。その間、猟師は猟ができない。

 今、魔人が森にどれほどいるのか不明だが、もし村に現れたとしたら。多くの者が操られたとしたら。この事態は何としても避けなければ。


 結局、魔人討伐は予定どおり行われることとなった。ただし、信頼できる者を選出し、兵士と猟師を組ませることもしない。

 これが精一杯の対策なのだろう。


「ティンク、一緒の組になったな。よろしく頼む」

 にこりと笑った総隊長の息子、フェルが握手を求めてきた。

 総隊長にとって、息子は当然『信頼できる者』だろう。ティンクルスも彼が穴の存在を知っていたことは、総隊長には話していない。


 フェルが猟師の息子マテオと言い争っていたとき、クロードが感じたのは、憤りと少しの高揚感だったそうだ。

 これはマテオを良きライバルだと思っているからではないか。老魔術師の目から見ても、彼が犯人だとは思えない。

 しかし一方で、フェルは昨夜の少年に、穴のことを口止めしたとも聞いた。確かに広めて良い話でもないが、総隊長に報告していないのはなぜか。


 そして、その横で優しげな笑みを浮かべているのは兵士のノア。猟師に白い印のついた火の魔石を渡したのは、この若者だ。

 何者かが仕込んだ魔石を、彼が偶然手に取っただけかもしれない。だが、フェルとは幼馴染だというから、穴のことを聞いていた可能性もある。


「……うむっ、よろしく頼むのぅ」

 ともかく、もしフェルかノアの仕業だったとしたら、信頼しきっている他の者と組ませるより、老魔術師が組んだほうが良い。監視するようで、いささか心苦しいが。

 差しだされた手を握り返したティンクルスは、何も起こらなければ良いが、と、心の中で祈りを捧げた。





「むっ、ふっ、ふぉ」

 快晴であっても、なお薄暗い森の中。

 老魔術師の口からは、ちょっとマヌケな声がもれている。草が生い茂るデコボコとした土の上を、進む足取りはおぼつかない。

 クロードに半ば抱えられ、必死になって歩くティンクルスに、兵士たちの呆れた風な顔が向く。

 そんな彼らをクロードが睨みつけたとき。


「ティンクが遅れてるわけじゃないだろう。みな、周りを警戒しろ」

 こう言って兵士をいさめたのは、フェルだった。

 森を見まわし、少々怯えた様子を見せているノアにも、彼は「大丈夫だ」と励ます。

(なかなか頼もしいのぅ)

 頬をゆるめつつ、やはりこの若者が犯人とは思えない、とも首をひねる。

 ともかく今、老魔術師は歩くことに専念した。


「ティンク、向こうにいる」

 いち早く魔物に気づいたのだろう、クロードが耳元でささやいた。

 ティンクルスはみなに警戒するよう伝え、少しあと、魔物の魔力を感じ取る。こちらに近づいてくる。

「いた、あそこじゃ!」

「よ、よし! ティンク、魔法!」

 声なき声が鋭く飛びかう。兵士たちは魔物を捉えたかどうか。目がさまよっている者もいる。

 その間にも、老魔術師の手から風の刃が放たれ、ドサリ、魔物は倒れた。



「魔法使いがいると楽だな」

「ああ、このぶんだと魔人も、声を聞く前に倒せるな」


(……まずいのぅ)

 しばらくこんな調子で進んだために、兵士たちに気の緩みが出てきたらしい。少しの休息を取る間、彼らは周囲の警戒も忘れ、水でのどを潤している。

 これを注意したのは、やはりフェルだ。


「ティンク。申し訳ないが、兵士たちを主体に討伐してもいいか?」

 兵士を見まわした彼は、キリリとした眉を少し下げ、こんなことも言う。

 この状態が続けば彼らはさらに油断し、惨事を招きかねないと危惧しているのだろう。

「うむ。わしも、そのほうが良いと思う」

 ティンクルスがにっこり笑うと、フェルもホッとしたように笑った。


「フェルは立派に組を率いてるのぅ」

「いや、私はまだまだだ。討伐はマテオのほうがずっと上手い」

「それはそうじゃ。マテオは猟師じゃし、兵士の仕事は魔物の討伐だけじゃないんじゃから」

 兵士は盗賊が出れば捕縛に向かうし、橋が壊れれば補修に出向く。村同士のイザコザを仲裁することだってある。

 それに、と老魔術師は続ける。


「魔術武器の的当てで、マテオに勝ったんじゃろ?」

「ああ。この間、初めて勝ったんだ!」

 年相応の若者らしく、フェルが嬉しそうに笑う。

 その横で、魔物を恐れているのか、落ち着かない様子のノアが、口から小さな溜息をこぼした。



「あそこじゃ。左の、太い木の向こう」

「……よし、魔術放て!」

 休憩が終わると、今度はフェルの指示の下、兵士たちが討伐を始めた。


 魔術武器から放たれた風は、素早い魔物の体をかすめる。

 老魔術師の命中率が高いのは、放った魔法をある程度制御できるからだ。あとは魔物の動きを、経験から予測しているためか。こちらはきっと、猟師のほうが上手いだろう。

 鋭い風が何発か当たると、魔物の動きが鈍った。兵士は槍を構えて近づき、とどめを刺す。


「はぁぁ……」

 槍を握りしめ、思いきり息を吐きだしたのはノアだ。怖かったのか、眉根を寄せて大きな呼吸を繰り返している。どうやら彼は討伐が苦手なようだ。だが。


「ノア。済まないが、私が何発放ったか、覚えてるか?」

「あ、うん。フェルは三発だったから、あと十六発、残ってるよ」

「ノア。俺、今四発だったんだけど、残り八発でいいんだっけ?」

 兵士たちの問いに、ノアは考えるようにして答えていく。

 彼は地図を見るのも得意なようで、フェルは「ノア、ノア」と何度も確認していた。


「ノアも優秀じゃのぅ」

 ティンクルスが感心の声を上げると、ノアは「え?」と驚いた顔をした。

「みな、ノア、ノアと頼ってるぞ」

「……俺、これくらいしか出来ないから」

 それが大切なのだと、魔物に立ち向かうだけが討伐ではないと、老魔術師は首をふる。しかしノアの眉は下がったままだ。

 彼は猟師の息子なのだそうだ。けれど魔物が怖い。畑を耕して暮らしたいとも思ったが、土地がない。だから兵士になったとつぶやく。


「ティンクも、その、最初は魔物が怖かった?」

「うむ。怖かったのぅ……や、わし、森を歩くのに必死で、怖がる余裕もなかったかも、ふぉっ?」

 昔を思いだすように、くきっと首をかしげた弾みに、くきっと足もけつまずく。

 クロードに支えられ、ふぅと息つくティンクルスを見て、ノアの顔にようやく笑みが浮いた。


「いつかは俺も慣れるかなぁ。でも、それより魔物や澱みなんて、無くなればいいのにって思うんだ」


 もしかするとノアは、恐ろしい魔物を生みだす澱みを、森ごと焼き払ってしまおうと考えたのか……

 不安そうな顔で森を眺めながら、兵士のあとを追う若者の背を、老魔術師はジッと見つめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ