猟師と兵士と黒い影
「フェル! 俺たちを騙して、焼き殺そうとしただろ!?」
「私がそんな卑怯な真似をすると思っているのか!?」
「思、わないけど……そうだ! この間、魔物の解体勝負で負けたから悔しかったんだろ!?」
「なっ……マテオこそ魔術武器の的当てで負けたから、悔しくてそんな言いがかりをつけてるんじゃないのか!?」
兵舎で、猟師の息子マテオと、フェルと呼ばれたヘスタ隊総隊長の息子が言い争っている。互いに眉をつり上げ、つばがかかるほどの距離で睨み合っている。
が、何だか仲良く見えるのは気のせいか。
「ノア、どう思う!?」
火花を散らしていた息子たちは、そろってグリッとふり向いた。セリフまでぴったり息が合っている。
意見を仰がれたノアという若者は、茶の隊服を着ているから兵士だろう。しかしフェルの、兵士側の味方につくでもなく、困り顔になりながらも両者をなだめ始める。
(……どうなってるんじゃ?)
困惑した老魔術師は、今度はテーブルのほうを向いた。
「魔石に印をつけるとき、色を間違ったんじゃないか?」
「だが、作業は監督係の下……いや、実際に間違いがあったのだ。今後、このような事が起きないよう、新たな方法を考えねば」
「それもあるけどな。魔人の討伐に行く前に、ティンクに協力してもらって、魔石を確認したほうがいいと思うぞ」
言い争う息子たちの父、猟師と総隊長はといえば、白い印のついた火の魔石を挟んで、真剣かつ速やかに話を進めていく。
息子たちの争いは日常のことなのか、まるで心配する様子がない。
「……もしかして、猟師さんたちと兵士さんたちは、仲良しなのかの?」
魔術師として立会いを求められ、どんな諍いが起きるのか、戦々恐々としていたティンクルスだったが、今、その口はポカンと開いている。
そういえば、とも思いだす。ヘスタ隊の総隊長は、この村といくつかの村を治める小領主だ。しかし二十年以上も前か。魔物討伐でこの村を訪れた際、彼は村の青年たちと駆け回っていたような記憶がある。
父たちは身分を越えた幼馴染ということか。彼らの息子たちも……
(幼い頃の陛下とクロードみたいじゃの。じゃあ、仲良しかのぅ)
「良くはない」
心の声が聞こえたのだろう、クロードがスッパリと否定する。これを聞いた老魔術師は、「やはり悪くはないんじゃの」とほわほわ笑った。
それから、老魔術師は倉庫にある魔石の、印の色に間違いはないか確認した。白なら風、赤なら火、といった具合だ。
そのお礼なのか、兵舎で夕食をいただき、こちらは村人も利用できるという風呂を借り、宿となる猟師の家へ向かった。
「魔石の魔術文字は魔法使いにしか見えないから、魔法院で印をつけたほうが良いのぅ」
借りた一室の窓を開けると夜風は冷たい。星空を見上げながら、ティンクルスはポツポツつぶやく。
魔術武器が出始めた頃、防壁に配置された兵士が使うのは火の魔石だった。火は玉、風は刃、命中範囲が広いために当てやすいのだ。厄介な魔物が出たときは、魔法使いと騎士が中心となって討伐した。
だが、時代は変わった。兵士も討伐を担うし、猟師も魔術武器を持つ。
後進に道を譲り、一度目の生すら終えた老魔術師が口を出すことではないが、現状を伝えるのは悪いことではないと思う。筆頭魔術師に手紙を出しておこう、と心に留める。
「なあティンク、箱には同じ種類の魔石しか入ってないんだ。一つだけ間違うなんてこと、あるか?」
クロードが眉をひそめながら、濃紺のローブを取るよう騎士に告げた。ローブを手にした騎士は、ふわりと老魔術師の肩にかけると、こちらも難しい顔になる。
「先ほど総隊長は、一つの箱を開け、印をつけ終えてから次の箱を開けるとも言っていました。誤って混ざることも無さそうですが」
「うむ……」
ティンクルスは口を尖らせ腕を組む。
クロードと騎士は、兵士が故意に印を違えたと考えているようだ。
総隊長と猟師に、兵士を疑う様子はなかった。みな、よく知る者なのだろう。だが、作業手順を聞く限り、間違いは起こりにくそうでもある。
もしかすると、魔法院が間違ったか。けれど、こちらも何人もの魔術師が確認する。
(魔術師が魔石をわざと入れ替える理由もないし……やはり兵士、かのぅ)
「むぅぅ……ん?」
首をひねったティンクルスは、目の端に何かを捉えた。黒い影が、兵舎のほうへ向かっていく。
口を開くより前、騎士がひらりと窓を越えた。クロードも窓辺に寄る。
「お、待っ、お?」
取り残されてしまうと焦った老魔術師だったが、ひょいと持ち上げられ、気がつけば体は窓を越えていた。
*
――カタ、カタリ、コツ、コトリ
兵舎の倉庫の裏で、黒い影が動いている。壁に向かい、草をかき分け、石を動かすような音も聞こえてくる。
ごそごそ、もぞもぞ。何だか……
「子供みたいだぞ」
物陰にひそむクロードの小声に、老魔術師はうなずいた。うごめく影は明らかに小さい。
「倉庫の壁が壊れているんでしょうか? 石を退かして忍びこむつもりかもしれません」
「暗いのにそんなことをしたら、子供が危ないんじゃないかのぅ?」
へなっと眉を下げると、捕まえるかとクロードが聞く。ちょっと迷ったティンクルスが「優しくのぅ」とささやくと、騎士が音もなく動いた。
「わっ? わぁっ!」
うずくまっていた影は、騎士に持ち上げられると高い声を発した。やはり子供らしい。突然のことに、わぁわぁと頼りない声を上げ、ジタバタしているようでもある。
「おぉ、大丈夫じゃ。怖くないぞ」
ティンクルスは慌てて両手を合わせると、そっと開いた。
魔光灯に似た柔らかな光が、辺りをほんのりと照らす。騎士の腕にあったのは、まぶしかったのか、怖かったのか、まだ五歳くらいの少年が目をつむり縮こまっている姿だ。
「これ、大丈夫じゃぞ」
優しく声をかけてみると、少年の、少し涙の浮いたまぶたがゆっくりと開いた。
「ん……ぁ、まほう使いのおじちゃん」
「いや、わしはお爺……や、二十歳前じゃからお兄……?」
ぱちぱちと目を瞬かせる少年の前で、老魔術師はくきくきと首をかしげることとなった。
「まじんが出たから、きっと父ちゃんの体が森にあるって。もし見つかったら、おはかを作ってあげられるって。母ちゃん、ちょっと泣いてたんだ。だから……」
「お父上の、の……」
老魔術師愛用の、濃紺のローブを羽織り温かいスープを飲んだ少年は、おいしかったのか、ホッとしたのか、嬉しそうに頬をゆるめる。
一方のティンクルスは、目が潤んでいる。
彼らは少年を連れ、ひとまず猟師の家へ戻っていた。
話を聞いてみると、少年の父は猟師だったそうだ。少年が生まれたばかりの頃、猟の最中、森で亡くなった。
少年は母の言葉を聞き、父の体を探そうと思い立った。魔術武器があれば森に入ることができると考え、少しの間借りようと倉庫に行ったらしい。
(お母上のために、お父上の……健気じゃのぅ)
倉庫の裏で見つけたとき、少年はずいぶん怯えていた。幼い彼にとって、夜、一人で家を抜けだすことも、倉庫へ忍びこむことも、きっと大冒険だったに違いない。
小さな少年を見つめる老魔術師の、じんっと目頭は熱くなり、ぐずっと鼻が音を立てる。クロードが騎士から布を受け取ったのは、涙を拭く準備だろうか。
人の亡骸は、澱みに取りこまれるより、魔物に食い尽くされることのほうがずっと多い。そのほとんどは見つからない。
だが、澱みにあれば時をかけて風化していく。取りこまれてすぐ、魔人が生まれるわけでもない。五年前なら、澱みにあるだろう亡骸が、少年の父という可能性は十分にある。
「森は魔術武器があっても、とっても危ないんじゃ。兵士さんも、猟師さんも、わしも、みなで森に行くからの。きっとお父上を探すから、お母上と待っててくれるかの?」
「ほんとう?」
ジッと見上げてくる少年の目を、ティンクルスもまっすぐ見つめ返す。必ず見つけたい。思いをこめてうなずくと、少年は嬉しそうに笑った。
「ところで、あの倉庫の穴は前から空いてるのかのぅ?」
スープを飲み終えた少年の、口元を拭いてやると、その顔が縦に揺れる。
となると、兵士以外の者も入ることができたわけだ。印をつける前の、火の魔石を風の魔石の箱に入れることも、できたかもしれない。
「あの穴は、他にも知ってる人がいるかのぅ?」
ティンクルスが首をかしげると、なぜだか、少年の体がそわそわ動く。
「あの……前、見に行ったら穴があって、おもしろそうだったから入ろうとしたんだ。そしたら見つかっちゃった。ないしょにしてあげるけど、もうしちゃダメだって……また入ろうとしたから、おこられる?」
「あそこは危ないし、兵士さんたちの大切な物も入ってるからの。わし、ちょっとだけ怒るぞ」
おどおどと見上げる少年の額に、ぷっ、と頬を膨らませた老魔術師が、コツンと自分の額を優しくぶつける。
どうして倉庫に入ってはいけないのか。これを教えると、うんうん、と少年は真剣な顔になって何度も頭をふった。
「前に、もうしちゃダメだって言ったのは誰かのぅ?」
「フェル兄ちゃん」
総隊長の息子だ。
ティンクルスとクロードの、騎士ジャンの、視線がサッと絡んだ。




