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馬車の旅と外村

 一台の、簡素な馬車が街道を走っている。両脇には畑が広がり、遠くには森が見え、背後の王都は次第に小さくなっていく。

 馬車には御者が一人。開いた窓からひょこりと出ているのは、ティンクルスの楽しげな顔だ。その隣にはのんびりと座るクロードの姿もある。


「そこの畑、ちょっと生えてきてるのは何の葉っぱかの?」

「イモだな」

「あそこの、しゃがんでる農夫は種まきでもしてるのかのぅ?」

「あれは雑草を抜いてるんじゃないか?」

 外を見ては隣のクロードをふり向き、また窓のほうを向く。老魔術師の目はキラキラと輝き、首はくるくる忙しい。


 ティンクルスが王都を出たのは、かれこれ二十年以上も前の、魔物討伐以来か。

 そのときは騎士に囲まれ物々しくもあり、街道沿いに民が集まり討伐の成功を祈ってもいた。偉大なる魔術師は、澄ました顔で馬車に乗っていなければならなかった。

 だが、今は誰も見ていない。クロードの言葉にホゥホゥと、フクロウのようにうなずき、景色を眺め土の匂いを感じてはニコニコ笑う。


「ティンク、あんまり頭を動かしてると酔うぞ」

「お……そうじゃった」

 酔い止めは用意してあるが、くるくるホゥホゥ首をふり、酔ってしまってはいけない。

 クロードに心配顔を向けられ、ティンクルスはちょっと落ち着かなければと、心地よい背もたれに体を預けて、ふぅ、と息をついた。


 一見簡素な馬車には、固すぎず柔らかすぎない、ゆったりとした座席にふっかりとした足置きがある。備えつけの小さな机に魔光灯まこうとう。まだ朝晩は寒かろうと、夏になれば暑かろうと、温風や冷風の出る送風箱まで付いている。

 操る御者は壮年の逞しい男だ。彼は中央街の家を、定期的に訪れていた騎士である。


「ティンク、様。予定どおり外村がいそんへ向かいますが、疲れたり寄りたいところがありましたら、おっしゃってください」

「おお、ジャンも疲れたら休んでくれて良いからの」

 新たな呼び名に慣れていないのか。御者台から、少々詰まりながら声をかけた騎士――ジャンに、ティンクルスはほわりと笑った。


 彼らが目指している外村とは、王都周辺の農村の中でも、一番遠くに位置する村のことだ。魔物が出没することもあり、兵士が常駐している村でもある。

 途中にある内村ないそんは、食料を買ったり一夜の宿を借りたりする他は、素通りする予定だ。


 これは、まだ王都にいた老魔術師が、多くの村々をどのように巡ろうかと、みなで話し合っていたときのこと。


 ――囚われている精霊は、もっと人の多いところにいる


 ふわり。かすかな気配が現れると、精霊はこう教えてくれた。

 人の多いところとは他の街か、兵士のいる外村かもしれない。ともかく、村を一つ一つ回る必要はないわけだ。

 にっこり笑って「ありがとうのぅ」と礼を述べたティンクルスと、「遠くってどこだ」と顔をしかめたクロード。すると。


 ――それくらいは自分で探せ! だいたい我らの仲間がもっと遠くにいると教えたであろう ちゃんと聞いていたのか、小童こわっぱが!


 老人のようにも若者のようにも思える、聞き覚えのある怒鳴り声が頭に響くと、クロードの眉間にくっきりとシワが寄った。

 いささか偏屈気味な爺ちゃんと、ちょっとばかり礼儀に欠ける若者の、やはり相性は合わないようだ。



 馬車は外村目指してひた走る。

 途中、内村に寄っては食料を求め、宿を借りた。対価は病人の診察や、用意してきた魔法薬だ。

 王都の魔術薬師工房で作られた薬は、農村の中でも兵士のいる外村から配られる。だから内村では、魔法使いはなかなか重宝されるのだ。


 一つの村では、こんな話も聞いた。

 かつては行商人から、偽の魔法薬をつかまされることもあったという。いざというとき使ってみれば何の効き目もない。行商人はもういない。村は泣き寝入りだ。

 だが、偉大なる魔術師が魔力を調べる魔道具――魔力測定器を作った。いくつもの村が集まり、これを一つ購入した。


『それからはもう、騙されなくなりましたよ』

 こう言って、一夜の宿を貸してくれた村長はニコリと笑った。


 元々魔力測定器は、魔力を感じ取れない魔術薬師が、自ら作った魔法薬の品質を確認できるようにと考えた物だ。それが、思わぬ形で使われている。

 中央街では偽の宝石が見つかり、商家が潰れてしまったりもしたが、農村ではこうして笑ってくれる者もいる。

 嬉しくなった老魔術師は、持っていた魔石にいそいそと魔術文字を刻み、魔道具用の替えの魔石として提供したりもした。


「ティンク様、ヘスタの村が見えてきました」

「お!」

 王都を離れて何日か。騎士の声が聞こえ、ティンクルスは窓からひょこりと顔を出す。

 馬車は川を越え、最初の目的地である外村――ヘスタに近づいていた。





 このヘスタは、元女将の宿屋で盗難騒ぎがあった際、おっちょこちょいな隊員に犯人かと疑われてしまった、猟師親子の住む村だ。

 彼らは猟に出ているが、そろそろ戻ってくる頃だとも言われたので、ティンクルスは村長への挨拶を終えると村を散策し始めた。


「昔より、ちょっと賑やかになったかの?」

 王都のようには舗装されていない土の道を、つまずきつつ助けられつつ歩きながら、老魔術師はくるりと見まわす。


 木造の家が余裕を持って並び、納屋や農作業用の小屋もある。道端には草が生え、春らしく、花のつぼみも覗いている。

 夕飯の支度だろう。女性たちが井戸のそばで野菜を洗いながら、こちらに向かって挨拶をする。老魔術師もにっこりと笑う。穏やかな農村の風景。


 けれど前を向けば、内村にはないものも見えた。

 石造りの兵舎が並び、村を守る防壁が左右に伸びている。見張り台の上には兵士がおり、開いた門の向こうには黒々とした森が、遠目にも窺える。魔物の生息する地だ。

 近くの家には、魔物の肉や毛皮が干してある。こちら側が昔より賑わっているような。


「魔術武器が外村の者にも貸し出されるようになったため、猟師が増えました」

「む……」

 騎士の返事に、老魔術師の唇がちょっとすぼまる。


 魔術武器のおかげで、魔物の討伐は以前に比べれば容易になった。志願兵が増えたために徴兵は減ったとも聞いている。これは受け入れる枠が決まっているので良いだろう。

 が、猟師が増え続けるのはどうか。農民が減り、食料が不足したりはしまいか。

 この辺りを問うと、筆頭魔術師を中心に対策は講じられているようだ、と返された。


「さすがじゃのぅ」

 ティンクルスは愛弟子の仕事ぶりに感心しつつ、わし、まだまだ勉強することがたくさんあるのぅ、などと思案げな顔になってうなずく。

 偉大なる魔術師であっても、それに近年は体調を崩していたこともあり、全てを知っているわけではないのだ。


「ティンク、あの親子だ」

 クロードの指すほう、門を向けば猟師親子の姿があった。猟から戻ってきたのだろう。

 懐かしく思えて、老魔術師の頬はゆるむ。しかし。


 彼らの顔が厳しかった。後ろに続く男たちは、人を担いでいる。担がれている者は暴れているのか、手足を縛られているようだ。

 ティンクルスは慌てて駆けつけようとして、つまずき、クロードに抱えられて運ばれた。



「もう大丈夫じゃろ。あとは薬を飲んで、体に残ってる魔物の魔力が抜ければ元気になるはずじゃ」

 手のひらから出ていた淡い光を消すと、老魔術師はふぅと息をついた。見守っていた者からも、安堵の息がもれる。


 担ぎこまれ地面に寝かされた男は、気を失っているようだ。先ほどまで暴れていたせいか、手足が縄で擦れている。獣のような唸りを上げ「殺してやる」とも叫んでいた口は、今は穏やかな呼吸を繰り返している。

 猟師仲間だろう、男たちが口々に礼を述べ、横たわる男を運んでいく。それを見送ったティンクルスは、猟師親子をふり向いた。


「あれは魔人の仕業じゃの?」

 魔人とは、人に似た形の魔物だ。獣型の魔物より弱いとされているが、厄介なこともある。魔力で人の言葉を紡ぐのだ。

『人間を殺せ、敵はそいつらだ、殺せ、殺せ、殺せ――』

 こんな言葉に惑わされ、人を襲い始める。仲間を殺すか、仲間に殺されるか。操られても記憶はあるのか、もし逃せば人の多くいる、村を目がけてやって来る。

 魔人は人々が最も嫌う魔物だ。


「ああ。魔物のクセに、嫌な声でしゃべりやがった。奴らが増えると危ないから、討伐ついでによどみもさらわなきゃな」

 魔物を生みだす『澱み』は、死骸に溜まりやすいとも、死骸を取りこむとも言われている。そして、その澱みは死骸に似た形の魔物を多く生みだす。

 魔人を生んだ澱みには、人の亡骸なきがらがあるのだろう。その亡骸を除かなければ、魔人が増えてしまう。


「うむ、そうじゃのっ」

 これは放っておけない。ティンクルスが小さめの拳をぐっと振り上げると、なぜだか猟師の顔が曇った。


「ティンク、魔術って知ってるか?」

「お? おぉ」

 見てくれ、と手渡されたのは、魔術武器に嵌める魔石だ。

 一部に白い印がついている。これが何かはわからないが、魔力を感じ取ってみれば、火魔法を使うための魔術文字が、燃えるように浮かんでいるのが見えた。ごく普通の魔石……


「ん? 森では、滅多なことで火は使わないはずじゃが」

 森に類焼すれば、薬草や木の実も燃えてしまう。人だって火に巻かれる恐れがある。猟師なら、取れるはずの魔物の毛皮を燃やしてしまうことになる。

 老魔術師が首をかしげると、猟師は「やっぱりな」とこぼす。


「白い印がついてるだろ。兵士からは、風の魔石だって言われて渡されたんだ」

「じゃが、これには火魔法の魔術文字が……」

「ああ。ティンクの言うとおり、使おうとしたら石から赤いもやみたいなのが出た」

 すぐに止めたので火事にはならなかったが、と猟師が続けると、息子の眉毛がグイッと持ち上がった。


「あいつら、俺たち猟師を焼き殺そうとしたんだ!」

 いきり立った息子の言葉に、ティンクルスの目がギョッと見開かれた。



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