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薬作りと噂話

「うちは庶民街の薬屋なので、あまり多くは頼めないし、その……それほどお金も出せないんですが、それでも魔法薬を売ってもらえるでしょうか?」

 居間に置かれた上品なソファに、いかにも落ち着かないといった感じで座る男性が、老魔術師をそろりと見た。


 彼は、元女将の宿屋の向かいにある、薬屋の店主であり薬師でもある。

 盗難騒ぎがあった際、どこまでも穏やかでのんびりとした風なティンクルスを見て、頼みやすそうだと思ったのかもしれない。元女将から話も聞いたのだろう。彼女の紹介で、この家にやって来た。


 魔法薬は中央街なら並んでいるが、庶民街ではあまり見かけない。

 これは魔法薬を作ることのできる魔法使いが、中央街に店を構えるためだ。人々も、普通の薬よりは魔法薬を、ただの医者よりは治療魔法を使える魔法使いを、ありがたがる。金を出す。なおさら魔法使いは中央街に集まる。


 魔術を成功させた偉大なる魔術師は、魔道具を用いた魔法薬作りにも着手している。

 だが、威力を高めれば良い魔術武器とは違い、微妙な加減のいる薬作りを実現するのは、なかなか難しかった。一人前の魔法使いが作る物に、まあ近いだろうと、これなら合格だろうと、思える品質まで持っていくのに時間がかかった。

 それから『魔術薬師』を育成するための仕組みを整え、ようやく育て始めたものの、魔道具職人と同じくまだまだ人は足りていない。


「うむ。わしも魔法薬を薬屋に置いてもらいたいと思ってたんじゃ。よろしく頼むのぅ」

「そっ、そうですか。それは良かった」

「じゃが、わし、いずれ旅に出てしまうんじゃ……」

「ええ。それは聞いてます。それまでで良いので」

 これから寒くなるので風邪薬だけでもお願いします、と、薬師はホッとしたように頬をゆるめて頭を下げた。



「ティンク。薬を作るのもいいけど、精霊探しもしてるんだから、がんばり過ぎると疲れるぞ」

 さっそく魔法薬作りだと、薬草を求めていそいそと家を出たティンクルスであったが、クロードに心配そうな顔を向けられてハタと気づいた。


 魔法薬を作り、なるべく多くの人々の手に渡るようにしたいと思う。が、老魔術師にはやらなければならないことがある。

 何といっても大精霊の願いを受けて生き返ったわけだし、精霊を解放していけば、大精霊がよみがえるか出現するかもしれない。そうなれば、やがて精霊も増えて魔物は減り、農村の被害も減少する。今のままではこれから先、魔物はもっと増えてしまう。こちらも大切なことなのだ。


 魔宝玉まほうだまを扱っているであろう店はあらかた回った。けれど職人街はこれからだ。

 ここにもあるかもしれない、と教えてくれたのは落ち着いた感じの隊員だ。警邏けいらや捜査で立ち寄るから聞いておいてやる、とも言ってくれた。それでも、任せっきりというわけにはいかないだろう。


「うむっ。わし、ちゃんと囚われてる精霊も探して、薬も作るからの」

「いや、俺はティンクが疲れると悪いから、がんばり過ぎるなって……」

「うむっ。若くなったから大丈夫じゃ! もしかして、こうしてがんばるために、大精霊は若返らせてくれたのかのぅ」

「や、違うと思うぞ……」

 ぐっと小さめの拳を握った、やる気満々なティンクルスと、がんばり過ぎてほしくないらしいクロードの会話は、なかなか噛み合わなかった。





「ありがとうございました!」

「うむ。ありがとうのぅ」

 布袋に詰めてもらった薬草をクロードが受け取り、ティンクルスは腰の小さな革袋から、もたもたとお金を払う。

 元気な薬草売りにニコリと挨拶をした老魔術師は、よし、がんばるか、と、人で賑わう自由市場を歩きだした。


「なあ。最近、薬草と魔物肉、値段が上がってるのがないか?」

「ああ、そりゃあ村の一つで、兵士が魔物にやられてケガしたからだ。こういうときは猟師も村を守るのに手を貸すだろ。だから猟に行けないんだ」


 行きかう人々の話が耳に入った。

 これは優しげな隊員が言っていた農村。少女の父――かつて王の暗殺に手を貸してしまった魔法使いが、王都に来る切っかけにもなった村のことだろう。


「そういえば隊員さんが、村に行ってる魔法使いが、そろそろ帰ってくるとか言ってたのぅ」

 兵士の治療のために農村へ出向いたのは、警備隊が契約している魔法使いだ。帰ってくるのなら、兵士たちは回復に向かっているのだろう。猟師も猟に出られるようになるので、値も元に戻るはずだ。

 よかった、と、ほわっと笑ったティンクルスに、クロードもほほ笑み返す。

「もう警備隊の薬をティンクが作る必要もないから、楽になるな」

 この守護精霊にとっては、農村の兵士より、薬草や魔物肉の値段より、老魔術師ががんばり過ぎないことのほうが重要なようだ。


「ねえ、知ってる? この間、ここで警備隊員が大声出して、お誕生日の歌を延々と歌ってたらしいのよ」

「あっ、私、それ見たわ! ほら、よくここにも見まわりに来る、やけにムキッとした隊員よ。すごく熱唱してて、ちょっと怖かったわぁ」


 次に聞こえてきたのは、若い娘たちの声だ。

 これは老侍従の誕生日を祝うため、歌を教えてほしいと、おっちょこちょいな隊員に頼んだときのことだろう。

「……わしの、せいかの?」

 話しているのはうら若き乙女。まだ独身らしい隊員の、評判を思いっきり下げてしまったようで、ティンクルスの眉もへなっと下がる。


「怖かったといえば、この先に空き地があるでしょ。そこに幽霊が出るのよ!」

「えっ、幽霊?」

 娘たちの話は、すぐに別のものへと移った。老魔術師はホッとしたような、幽霊を引き合いに出されてしまった隊員に申し訳ないような。それに、幽霊と聞いてちょっとだけ怖いような。


「そうなの。ローブを着てて、ブツブツ呪文をつぶやきながら、うずくまってるんですって」

「それ、魔法使いの幽霊ってこと?」

「ええ。なんでもね」

 ここで娘の一人がグッと声をひそめた。老魔術師も、恐る恐るそちらに耳を寄せる。


 ――偉大なる魔術師、ティンクルス様の幽霊らしいのよ。


「わし、生きてるのに……」

 老魔術師の口が、まん丸になった。



 それから、気になったティンクルスは、幽霊の情報をせっせと集めて回った。

 出るのは自由市場の裏手にある空き地。昼間なら、子供たちが元気いっぱいに駆け回っている場所だ。

 出る時刻は夜の八時過ぎらしい。庶民街は大通りしか魔光灯まこうとうがなく、月明かりだけが頼りの夜。人々は家でゆっくりとくつろぎ、老魔術師などはベッドに潜りこむ時間である。

 ボゥッと怪しげな光が照らす中、現れた幽霊は「ティンクルス」とか何とか、つぶやいていたらしい。その幽霊に、声をかけた猛者もいた。何をしているのかと問うてみると、「お前のせいだぁ!」と追いかけられたという。


 ここでティンクルスの体が、ぶるっと震えた。

 六十年以上を生きてきた経験から、こうした話は大抵、見間違えだとか、正体を知ってしまえば「なぁんだ」ということになるとは知っている。けれど……苦手なものは苦手なのだ。


「ティンク。怖いなら、調べなくても良いんじゃないか?」

「怖い、が、わしの名前が出てるしのぅ……」

 守護精霊に心のうちは隠せない。素直に認めたティンクルスは、ちょっぴり情けなくもクロードに身を寄せつつ、どうするべきかと考える。

 酔っ払いの見間違い、ではないだろう。複数人が目撃している。誰かのいたずらだとすると、その目的が気になる。ただの悪ふざけなのか。しかし、偉大なる魔術師の名を使っている。


 『ティンクルス』はこの国で初めての魔術師だ。

 魔術武器によって魔物から農村を守り、魔道具を普及させることで、人々の暮らしの向上に努めた。魔道具職人と魔術薬師の育成にも尽力した。結果、魔法使いは医療を中心としたさまざまな研究に取り組むことができ、こちらも進歩しつつある。

 まだ道半ばではあるし、たくさんの者の力があって実現したこと。だが、恩恵を感じ始めた人々は、王家の求心力を高めるという戦略もあったためだろう、『ティンクルス』を聖人のごとく扱う。


 だから、この名の影響力はけっして小さくない。以前、自由市場で少女が『ティンクルス様の弟子』という看板を掲げたときは、おっちょこちょいな隊員がすっ飛んできた。

 もし、老魔術師の名で何かを企んでいる者がいるのなら、放っておくわけにはいかないのだ。


(じゃが……もし、本当に幽霊だったらどうしよう)

 それこそ、どうにもならない。

 ティンクルスはぷるっと震えながら、むぅむぅ唸る。


「わし、夜になったら見に行って……みる」

「……大丈夫か?」

 思いっきり眉を下げた老魔術師の体は、心配そうに見下ろすクロードに、ぴったりと張りついていた。



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