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市場の騒ぎと来訪者

「今日もいい天気じゃのぅ」

 大通りをまっすぐ、中央街と庶民街の間に架かるアーチ橋の真ん中に立つと、なかなか見晴らしが良い。灰白色の家々が、青い空によく映える。壮麗な王宮が、老魔術師の過ごした塔が、陽を受けて白く輝く。

(手紙も渡したし、王宮の中のことは陛下がうまくやってくれるじゃろ)

 うむ、とうなずいたティンクルスは、再び道を歩きだした。目的は自由市場。昨日、何十年かぶりに薬作りを失敗してしまったため、だ。


 途中、ささやかな段差につまずいてはクロードに助けられ、顔見知りになった店主や警備隊員と挨拶を交わしては、わし、王都の民みたいじゃのぅ、とにこにこ笑う。

 市場に着くと、円形の広場をぐるりと見まわした。


「娘ならあそこにいるぞ」

「おぉ、ありがとうのぅ」

 王宮の中のことは王に任せれば良い。が、少女と父は気にかかる。クロードの指したほうを向くと、小瓶を並べて地べたに座る彼女のそばに、少し年下だろうか、少年が二人いた。


「この薬、バケモノが作ったんだろ」

「父さんはバケモノじゃないもん!」

「こんなの使ったら、バケモノになるー」

「バケモノー」


「む……」

 ティンクルスの唇が、ぐっとすぼまった。

 バケモノとは、火傷を負った父のことだろう。少年たちの表情は、さげすんでいるというよりは楽しげに見える。軽い気持ちでからかっているのかもしれない。が、少女は悔しそうに睨み返している。


「これ、そんなこと言うもんじゃないぞ」

「……何だよ。だってバケモノじゃん!」

「そうだよ!」

 ぐっと胸を張り、首をふって見せたティンクルスを、少年たちは口を尖らせ不服そうな顔で見上げた。


 少女の父はみなを守るため、魔物に立ち向かって火傷したのだ。こう言おうとした老魔術師は、しかし口をつぐむ。

 魔物の脅威に晒されることのある農村ならば、ケガを負った兵士もいるし、その恐ろしさも知っている。だが、王都に住む者はそれを知らず、ただ肉や毛皮を享受する。これは王都の民が悪いのではなく、こうした環境だということだ。

 ふむ、と考えたティンクルスは胸元で手を合わせた。


「魔物がどんなものか、知ってるかの?」

 こう聞くと、少年たちは両手を広げて大きいだの、口を開けて火を吐くだのと興奮気味に騒ぐ。


「うむ。火を吐く魔物じゃと、赤狼がいるのぅ」

 もわり、黒い影を出して見せ、狼のような形を作った。馬ほどの大きさの魔物だ。いや、実際はもう少し小さいのだが、まあ、いいだろう。

 少年たちはわずかに身を引き、目と口をぽっかりと開けている。魔物の大きさに驚いたのか、魔法にも驚いているのかもしれない。

「この赤狼が吐く火が、こうじゃ」

 今度は空に向けて、ゴオォォォ、と逆巻く炎を噴き上げた。こちらもちょっと大げさだが、まあ、問題ないだろう。


「お嬢さんのお父上はの、村を守るために、こんなに恐ろしい魔物の前に立って、勇敢に戦って火傷を負ったんじゃ。わかるかの?」

 ティンクルスが言い含めるように優しげな声をかけると、しっかりと身を寄せ合い、ただただ炎を見上げていた少年たちの、首がカクンカクンと揺れる。

(うむ。わかってくれたようじゃのぅ)

 老魔術師が満足げにうなずいたとき。


「こらぁ! そこで何やってるんだぁ!」

 市場に鳴り響いた、かなり聞き覚えのある轟音に、ティンクルスの体が、ぴょん、と跳ねた。





「うぅむ……」

 紅茶のカップが四つ、並んだテーブルを前にして、ティンクルスは腕を組んで唸る。


 自由市場でおっちょこちょいな隊員にしこたま怒られてから、すでに数日が経っていた。

 この間、老魔術師は警備隊に売るための薬作りに励み、無事に出来上がったのは昨日のこと。

 少女の姿は自由市場になく、何かあったのではと慌てて探してみれば、近くの路地であの少年たちと遊んでいた。どうやら彼らの中で、少女の父はちょっとした英雄になっているらしい。

 商売のほうは大丈夫なのかと少女に聞くと、「ティンクさんのおかげでほとんど売れちゃったし、父さん、今度は別の薬を作るからって。だからしばらく売る物がないんです」と返ってきた。


 別の薬とは、まさか毒薬では……

 そこで今日、老魔術師は意を決して、少女の父の家に乗りこもうと考えていたのだが。


「叔父上、お元気そうで良かった」

 中央街の上品ながらこじんまりした家で、元女将が出した紅茶を片手にさも楽しげに笑ったのは――この国の王。

「なんで陛下がここに来るんじゃ!」

 思わず、ティンクルスは叫んでいた。


「叔父上が若返ったのを見たら、なんだか私も若い頃を思いだしまして、ね」

「お前、よく王宮を抜けだしてたもんな」

 ふふ、と笑いをもらした王に、クロードがフンッと鼻を鳴らす。

 現在の王、レイヴンスは兄王の長子でもなく、后(正室)の子でもなかった。だから王宮を抜けだすこともできたのだろうし、戴冠たいかん式で騒動も起きたのだ。


 そばで見ていたティンクルスは、大変だったろうと思う。よくぞここまで国をまとめ上げたと、誇らしくも思う。もう会えないかもしれないと思っていた、可愛がっていた甥に、再び会えたのはとても嬉しい。だがしかし。

 一国の王が王宮を抜けだすのは、いかがなものか。きっと残された筆頭魔術師は、青い顔をしてハラハラしているに違いないのだ。

 王族として、叔父として、愛弟子のためにも、ここはもうちょっと怒っておくべきではないか。

 むぅ、と思い悩んだティンクルスが口を開こうとしたとき。


「叔父上、実は少々お願いがあるんです」

 今、王宮ではちょっとしたイザコザがあるのだと、王は肩をすくめた。詳しくは語らなかったがニヤリと笑ったので、解決の目処が立ったのだろう。

 そのイザコザとやらには、農村の被害状況を確認しに行った貴族が関わっている、とも言う。

「もう調べはついてるんじゃの?」

 ティンクルスはホッと安堵の息をつき、さすが王だと感心もする。


「ですが、王都に来たという魔法使いのことや、その者が十五年前の件と関わりがあったことまでは、知りませんでしたからね。とても助かりました」

「いや、クロードのおかげじゃから」


 魔法薬に残る作った者の魔力など、あまりにかすかで人には感じ取れない。

 戴冠式は、聖堂に新たな王が一人。一つ手前の間で控えていた老魔術師には、杯に塗られた毒薬の魔力などわからなかった。これを察し、教えてくれたのはクロードだ。

 企てた者たちは、守護精霊の力を知らなかったのだろう。または彼の、嫌な者は唸りを上げて遠ざけ、あるいは無視する――こんな一面しか知らず、老魔術師の他はまったく気にかけないとでも思ったのか。

 ともかく、クロードがいたから王を守ることができたし、毒を作った者が王都から姿を消した青年魔法使いであり、少女の父だとわかったのだ。


 ティンクルスに褒められ、ふふんと笑ったクロードと、王のなんだか据わった目が合いバチリと火花を散らす。

 こんな様子ではあるが、二人の仲はいい、はずだ。


「陛下、そろそろお時間が」

 元女将が紅茶を運んできたときは、さも友人のような顔をして横に座っていた、今はそばに控えている騎士が、窓の外に目を向けた。

 昔はよく抜けだしていたとはいえ、今は一国の王。外には多くの騎士たちが、人に紛れているのだろう。

 政務の合間に抜けだし、あまり時間もないのだろう。王は一つうなずく。


「叔父上。お願いというのは、その魔法使いの家に案内してもらいたいんです」

 昔と変わらない、意思の強そうな瞳を向けられ、老魔術師はハッとした。

 少女の父はかつて、王の暗殺に手を貸した魔法使い。捕まればおそらく死罪だ。一人残された少女はどうなる……

 だが、何事かが起きようとしているのに見過ごす、ということは、王宮で生まれ育った彼の選択肢にはなかった。


 小さく息を吐き、覚悟を決めたティンクルスはゆっくりと、首を縦にふった。



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