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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
始まりの章
1/88

終わりと始まり

 老魔術師ティンクルスは、最後の時を穏やかな心持ちで迎えていた。


 シン、と静かな部屋は、魔光灯まこうとうの柔らかな光で包まれている。窓の向こうでは月明かりの中、時計塔の針が動き、正しい時を刻んでいる。

 ベッドに横たわるティンクルスの顔に、ほのかな笑みが浮いた。


 魔光灯に時計塔。これらは、魔石が光り、魔石の魔力で動いている。

 かつては魔法使いがいなければ、魔光灯を点けたり消したりすることも、魔石の魔力を引きだして、時計を動かすこともできなかった。

 こうした魔道具を誰でも使えるようにしたのが、この老魔術師だ。


 ――はるか昔、この地を支配していたという、竜人が使っていた『魔術』。特殊な文字を魔石に刻めば、誰もが魔道具を使える竜人の技。


 彼は竜人語の解読に成功し、その方法を見つけだした。

 以後、魔道具が普及し始め、人々の暮らしは便利になってきた。魔術武器は、魔物から国を守るのに役立っている。魔法使いは治療魔法や魔法薬の研究にも手が回るようになり、医療も進歩しつつある。

 つまり、ティンクルスは国で初めて『魔術』を使った魔法使いであり、国に大きく貢献した、偉大なる『魔術師』というわけだ。


(わしが研究に専念できたのも、みなのおかげじゃのぅ)

 この国の王子として生まれた彼には、父王が艶福家だったために、たくさんの兄弟がいた。それなりに争いもあったものの、優秀な兄弟が国を支えてくれたおかげで、魔法に、魔術に、生涯を捧げることができた。

 幸せな一生だった――ティンクルスの口元がゆるむ。


 その唇に、ふんふんと鼻先を擦りつけたのは、大きな黒い犬だ。ティンクルスをジッと見つめる黒の瞳は、魔光灯の光を受けて、赤から徐々に黄みがかり、緑から青、藍色へ、七色にきらめく。

 こちらは犬の姿をとってはいるが、本来は姿のない、老魔術師の守護精霊。五十年もの時をともに過ごしてきた、ティンクルスの友、クロードだ。


 守護精霊は契約者を守り、魔力を分け与えたりもする。契約者が亡くなると、その魂を取りこむとも言われている。

 ティンクルスは兄弟のいる天国とやらへは行けないようだが、クロードの糧になるなら、それも悪くないと思う。


(クロード、もう少しじゃぞ)

 五十年来の友に声をかけてやりたいが、もう、口からは、かすかな息がもれるばかり。魔光灯が照らしているはずなのに、辺りは暗くなっていく。

 やがて意識も黒く沈み、うっすらと開いていた瞳から、光が――消えた。





(ん? なんじゃ? クロードか?)

 顔に温かい息がかかっている。すぐ近くに何者かの気配を感じる。

「……ん?」

 ティンクルスのまぶたがパチリと開いた。だが、あまりに近いところに何かがあり、焦点が合わない。それでも、黒い毛に覆われたクロードではない、ということだけはわかった。慌てて押しのけ、起き上がる。


「だっ、誰じゃ?」

 目の前に、精悍な若者がいた。彼はティンクルスをジッと見ている。見覚えはないはずだが、黒の瞳はなぜか懐かしく思え、その魔力にもものすごく馴染みがある。

 じぃっと見つめ返していると、黒の瞳が赤くきらめき、それは黄みを帯び、緑から青へ、そして藍色へ。


「……もしや、クロードかの?」

「ティンク、無事だったか!」

「ぬおっ!?」

 ティンクルスはクロードらしき青年にぎゅうぎゅう抱きしめられ、何が何だかサッパリわからないまま、ジタバタもがくこととなった。



「クロードよ。わし、死んだはずじゃなかったか? それにクロードも、わしが死んだら精霊に戻るんじゃなかったかのぅ?」

 先ほどまでと何の変わり映えもない部屋を見まわし、クロードに目を戻すと、ティンクルスは首をかしげた。

「あのとき、大精霊の力が俺たちを包んだんだ。気づいたらティンクは生き返ってて、俺は人間の姿になってた」

「大精霊、じゃと?」

 クロードは眉間にシワを寄せ、難しい顔になってうなずく。


 確かに一度、ティンクルスは亡くなったそうだ。体から魂がけでてきた。こうもハッキリ言われてしまうと、今、生きているらしい身としては複雑な気分だ。

 クロードも精霊の姿に戻り、彼の魂を取りこもうとした。

 そのとき、二人は大精霊の力に包まれたそうだ。力が消えると老魔術師は生き返り、精霊は人の姿になっていた。

 いったいどういうことなのか。ティンクルスが首をひねったとき。


「でも、ティンクにどこもおかしなところがなくて、良かったよ」

 クロードがホッと安心したように笑った。どうやら彼は、大精霊の力に包まれてしまった老魔術師を、心配していたらしい。

 五十年来の友の気遣いが、ティンクルスは嬉しい。まだ犬だったときのクセが抜けないのか、精悍な若者の頭を褒めるようになでなでしていた老魔術師は、とあることに気がついた。


 目が落ちそうなほどにパッチリとまぶたをこじ開け、じぃっとソレを見る。ソレとは、自分の手だ。

 張りと艶のある、若々しい手。つい先ほどまでは、シワシワとした枯れ木のような手だったはず。


「……のぅ、クロード。わしの手、若くないかの?」

「ああ。生き返ったついでに若返ったみたいだな」

 こちらも犬のときの習慣で、頭をなでられて嬉しかったのか。心地良さそうに目を細めていたクロードが、アッサリとうなずいた。

 ティンクルスは手をひらひらと返しながら何度も見、つるりとした頬をすりすりとなでる。「あ、あー」と声を出し、のどの通りの良さと声の張りを確認して、しばし沈黙。


「……ぬおおおおっ!?」

 そして、訳のわからない奇声を発していた。

 彼は魔術師としては優秀なようだが、年相応の落ち着きだとか威厳だとか、そういったものは研究室のどこかに置き忘れてきたらしい。



 ――バタン!


「何者だ!」

 突如扉が開き、部屋になだれこんで来たのはティンクルス付の騎士たちだ。その向こうには、彼の甥に当たる王の姿もある。

 最後は五十年来の友であるクロードと一緒に――そう望んだ老魔術師の願いを聞き入れ、扉の向こうで静かにそのときを待っていたのだ。

 そこで老魔術師の、いや、若返ってしまったティンクルスの奇声を聞きつけた。偉大なる魔術師の最後をけがす不届き者め、と踏みこんだのだろう。みなが厳しい顔をして、騎士たちは剣を抜いてもいる。


「おっ、おっ」

 ティンクルスは大いに焦った。爺だった己は若返ったらしく、犬だったクロードは人になっている。どう考えても不審者でしかない。なにより、いつもは親しみをこめて笑ってくれるはずの、みなの顔が恐い。

 言葉も出ないほどに慌てふためき、それでも友だけは守らねば、とクロードに手を伸ばす。けれど、それより早く。


「近づくな!」

 クロードが低い、唸りを帯びた声を上げ、ティンクルスを守るように背へと隠した。騎士たちが剣を向けているせいだろう、彼の体から魔力が強く湧き上がる。

「クロード、ダメじゃ!」

 精霊は契約者を守るためなら手段を選ばない。息をするのと同じように魔力を操る彼らに、人の魔法は追いつかない。

 ティンクルスは、慌ててクロードに縋りつく。


「クロード、だと?」

「陛下。確かに今、あの者からクロード殿の魔力を感じました」

 王のそばにいた、かつての弟子でもある筆頭魔術師の言葉に、ティンクルスはあっと気づいた。

 少し魔力を滲ませれば、かつての弟子には、それが老魔術師のものだとわかるのだ。焦りすぎて頭が回っていなかった。


「……叔父上? ティンク叔父上ですか?」

「お……そうじゃ」

 だが、魔力を出すまでもなく、王は気づいたようだった。二人は叔父と甥。若い頃の彼を、王が覚えていても不思議ではない。

 筆頭魔術師も、周りにいた年嵩の者たちも、目を丸くして、ティンクルスを穴が開くほど見つめている。ちょっと居心地が悪い。


 それでも、ティンクルスはこれまでの出来事を話した。といっても彼自身わからないことばかりだし、クロードにもよくわからないようだ。

 なぜ大精霊が現れたのか。なぜ老魔術師を生き返らせ、若返らせ、そしてクロードを人の姿にしたのか。

「そもそも、大精霊は消えたと言われてるしのぅ……」

 むぅ、とティンクルスは腕を組む。


「叔父上、それはこれから調べていくしかありません。それに明日からどうすべきか……しかし叔父上、懐かしいですね」

 王は若かりし頃の彼を見てホゥと息をもらし、楽しげに笑った。が、ティンクルスは昨日会ったばかりの王を見ても、ちっとも懐かしくない。

「そう、かの?」

 生き返り、若返ってしまった老魔術師は、のん気な顔でうなずいた。



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