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第2章 第2話

 家に帰るとお兄ちゃんがポテチ片手にテレビの前に陣取っていた。


「ただいまお兄ちゃん…… って、あれっ? このアニメ昨日も見てなかった?」

「気に入ったんだ。現在ヘビーローテーション中」


 それは中二病だった高校生が幼なじみの女の子とイチャラブするってラブコメだ。よくあるパターンだと思うんだけど、まあ笑えるのは笑える。


「って、それわたしのポテチでしょ! 代わりにお兄ちゃんのチョコ菓子貰うからねっ!」

「ごめんごめん。でもチョコ菓子はないぞ。代わりにアイスがあるから一個あげるよ」

「オッケー! 交渉成立だねっ!」


 わたしはアイスバーを手に持つとお兄ちゃんの横に座った。


「お兄ちゃんの卓球部は新入生たくさん入ったの?」

「うん、まあまあかな。今日は勧誘目的で一輪とエキシビションやったんだ……」

 エキシビションと言うのは申し合わせのラリーのこと。トリッキーなことしたりコミカルな動きで見てる人を楽しませるものだけど、相当上手くないとできない。一輪先輩は全国レベルだったけど、お兄ちゃんも凄いじゃん。


「春休みに一輪がやろうって言い出してさ。かなり練習したんだぞ。後ろ向きに打ち返したり椅子に乗って返したり右左場所を入れ替わったり」

「ちょっと見たかったな」

「来ればよかったのに。観客少ないって一輪もぼやいてたし。ってか、あいつ元気なかったな……」

「……」


 ちょっと首を捻っていたお兄ちゃんは、すぐに気を取り直したように。


「で、桜子、文芸部は面白いか?」

「うん、面白いよ。今日はバドミントンしたし」

「なんじゃそれ!」

「理子先輩はすっごく上手いよ。中学はバド部だったのかな?」

「さあね」


 お兄ちゃんはポテチの袋に手を突っ込むと3枚くらいを一気に口に頬張った。


「お兄ちゃんってば理子先輩の話になったら無愛想になるよね。嫌いなの?」

「いや、そんなことはない。彼女は…… いい人だと思うよ」

「だよねっ!」


 だけど。

 その、わたしが憧れる理子先輩には学内に流れる公然の秘密があるって知ったのは、数日後のことだった。


          ◆ ◆ ◆


 いつものように部室へ入ると、久里須先輩がさめざめと泣いていた。


「ど…… どうしたんですか先輩っ!」


 今日はわたしが二番乗り、部室には久里須先輩とわたしだけ。


「どうしたもこうしたも~、あたしぃ、捨てられたあ~っ!」


 ノートパソコンから顔を上げ、わたしを見るなり泣きじゃくり始める。

 捨てられたって、失恋?


「泣かないでください! 久里須先輩を捨てるなんて酷い男ですね!」

「お、男かどうかは分からないけど~、ひどい仕打ちよね~っ! あたしのこと気に入ってくれたはずなのにぃ、つまらないって思ったら速攻ポイ捨てなんて~っ! ねえ、王子ちゃんには分かるわよねえ、この切ない気持ちい……」


 そんなこと言われても。

 捨てられる以前に、わたしは彼氏いない歴十五年なんですけど……

 でも話は合わせておこう。


「あ、はい。切ないですよねっ! けど久里須先輩の良さが分からないなんて、そんな男は忘れてしまえばいいんですよっ!」

「そうね、そうよねっ! 男かどうかは分からないけど~……」

「さっきから男かどうか分からないって、先輩そんな趣味なんですか?」

「そんな趣味? これがあたしの趣味だけど?」

「久里須先輩ってガールズラブの人だったんですかあっ!」


 思わず声が大きくなった、落ち着かなきゃ。


「そ、そりゃまあ理子先輩みたいな素敵な人だったらわたしだってクラッとしちゃいますけど、あっ、もしかして久里須先輩も理子先輩のことが好き、とか……」

「あのう~ 王子ちゃんってばあ、何言ってるんですか~っ? あたしが言ってるのはこのことですよ~っ」

「このこと?」


 久里須先輩が指差したのはパソコンの画面。そしてそこには彼女が絶賛連載中の「トワイライト急行の殺人」の小説情報なるものがあって。


「減ったんですよお、わたしの小説のブックマークがあ! わたしの小説がつまらないって読者に捨てられたんですよお~」


 小説が読者に捨てられた?

 お気に入りの登録が減った?

 失恋もガールズラブも全然関係なくって、ただ単にそんなこと?


「昨日までは確かによっつあったんですよお、ブックマーク! それが今見たらみっつになってるんですう! ひとつ減ってるんですう! ひどいですっ! 捨てるくらいなら最初から愛して欲しくなかったのにい…………」


 彼女の愚痴は延々続いた。

 元々「トワイライト急行の殺人」についていたブックマークはみっつ。内訳は文芸部の三人だ。だけど一昨日の夜によっつめのブックマークが付いたらしく久里須先輩は狂喜乱舞。アンタ偉い! 見る目がある! ようやく時代があたしの小説に追いついてきた! と、そりゃあもう手放しの喜びようだったんだけど……


 ガラガラガラ……


「おやっ、桜子ちゃんどうしたの? 久里須に寄り添ったりして」

「あっ、いやこれは……」


 入ってきたのは理子先輩と百代。


「慰めてもらってるのよお。王子ちゃんってば理子と違って優しいから~っ」


 事情を説明すると理子先輩は大らかに笑って。


「はっはっは! な~んだそんなことか。いつも「他人の評価なんか気にしてたら歴史に残る小説は書けない」とか豪語してる久里須が何言ってるんだか!」

「ねっ王子ちゃん、理子ってばぜ~んぜん優しくないでしょ!」

「ですかね。たははは……」


 実は昨晩、わたしの妄想小説に4個目のブックマークが付いたんだけど、言えなくなっちゃった。あ~あ本当は今日、みんなに言いたくてうずうずしてたんだけどな……


 と。



  むざんやな 蝉鳴く下の あさがくりす

  …… 字余り



 また百代が一句詠む。

 だけど、蝉?


 意味が分からず首を傾げていると。


「ああホントだな、蝉が鳴いている」


 理子先輩は部室にある唯一の窓を開ける。


「中では久里須が泣いてるけど、外では蝉が鳴いているな」

「あっ、本当ですね、蝉が……」

「蝉が……」

「蝉?」


 みんな顔を見合わせる。


「おかしいな、春の蝉はこんなところで鳴かないはず……」


 2階にある部室の窓から外を見る。ほとんど散ってしまった桜の木の向こうには体育館の壁。ずっと横を見ていくと本館校舎の近くに人だかりがあった。


「あの桜の木で落研の連中がセミしてる…… って、何やってんだ?」

「おかしいですね~、春のセミが鳴くのはバス道路沿いの電柱のはずなんですけどお~……」


 久里須先輩の言葉を聞き終わるより早く理子先輩が部室を飛び出した。


「あっ、待ってください理子先輩っ!」


 わたしも後を追う。


「はあはあはあ…… 先輩速い……」


 辿り着くとその木の周りには男女十人ほどが集まって、木にしがみついている学生服の男を見上げていた。


「お~いっ、どうした、どうていかきのすけ~!」

「どうてい言うなっ! 俺の高座名は童亭(わらべてい)柿之助だっ!」


 木の上の男は理子先輩にそう言い返すと、しかしすぐに苦笑いを浮かべる。


「ごめん、うるさかったかな。御前ごぜんは文芸部だったよな、静かに本を読みたいんだよな。すまん……」

「いやそんなことより、どうしてバス道でやらないんだ、何かあったのか?」

「それが……」


 新聞部や陸上部、わたしたち以外にもプレハブ部室棟に入る部の連中が少しずつ集まってくる。それを見ると彼は木から下りてきた。


「生徒会から通達が出たんだ……」


 彼が語るには生徒会から校外での恥ずかしい行動を慎むよう、従わなければ部の予算を減額し、その上素行の問題として学校側にも連絡すると一方的に通達されたという。既に掲示版にも貼り出されているらしい。悔し涙を浮かべながら落研部長の彼、童亭柿之助わらべていかきのすけは昨日電柱で鳴いていた新入生の男の肩を軽く叩く。


「とは言え我が落語研究部の伝統をそう簡単に諦めるわけにはいかない。この童亭捨太郎わらべていすてたろうも張り切っているのに。だから校内で使えるところを探しているんだけど、やっぱ邪魔かな……」

「いや、アタシは構わんぞ、なあ、みんなもいいよな。それよりその捨太郎すてたろうって高座名はやめてやれ。「どうていすてたろう」になる」

「どうてい言うなあ~っ! 童亭(わらべてい)は伝統ある北ヶ丘高落研の高座名だあ!」


 そう叫んだ彼、童亭柿之助わらべていかきのすけは、しかしすぐに笑いながら。


「ま、そこを狙って付けたんだけどな。ありがとうみんな、それに御前」

「いや、お前も御前言うな。それ、微妙に誉め言葉じゃないから」


 苦笑いを浮かべた理子先輩はいつの間にか来ていた久里須先輩に小声で話しかける。


「どうせまたあの女が点数を稼ごうとしてるんだろうな」

「でしょうねえ~。彼女は物事の足し算しか認めない、堅苦しい女ですからね~」


 ふたりは互いに肯くと歩き始める。


「どこ行くんですか? あっ、わたしも連れて行ってくださいよ~っ!」



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