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第2章 第1話

 第二章  春の蝉



 部室の壁には『文芸部・みっつの誓い』なる紙が張ってある。


 ひとつ、お菓子は美味しく戴こう

 ひとつ、お喋りの花は満開に

 ひとつ、たまには体も動かそう


 今日はグラウンドの隅でバドミントンをした。

 同じ一年の奥野百代は運動得意らしくかなり上手かった。

 久里須先輩は運動苦手っぽいのに一年間理子先輩に鍛えられたとかで、わたしより上手かった。

 理子先輩は運動神経抜群で、相当手加減してくれたけど誰も敵わない。

 と言うわけで、わたしが一番下手だった。


 おかしいわ、運動神経は普通レベルなのに……


「じゃあそろそろ帰ろうか」


 心地よい疲れを感じてみんなで帰路につく。

 ちなみに、今日の活動は「みっつの誓い」の「たまには体も動かそう」に該当するらしい。


 でも、これでいいの?

 文芸部なのに。

 わたしってば昨晩も遅くまで妄想小説の続きを書いてたし、今は時間があったら書きたくって書きたくってうずうずしてるのに……


 桜が残る学校前のバス道路を歩きながらそんなことを考えていると、理子先輩がわたしの肩を叩く。


「大丈夫だよ、今日のは親睦。うちはちゃんとした文芸部だからさ」

「えっ?」

「桜子ちゃんは真面目だね。顔に書いてあるよ、今日みたいなことでいいのかなって、もっと真面目に文芸したいって」

「あっ、ああ…… いえ、楽しかった、です」


 いけない、急に理子先輩に見つめられるとドキンとしちゃう。

 わたし、至ってノーマルなはずなんだけど……

 と。


 ミ~ン ミンミンミ~ン

 ミ~ン ミンミンミ~ン


 せみの声が聞こえてきた。

 まだ四月、春真っ盛りなのに、蝉が鳴く?


「あ~、今年も春の蝉が鳴いてますね~」

「そうだね久里須、連中も頑張ってるんだな」


 春の蝉?

 連中?


 と、理子先輩が軽く笑いながら。


「桜子ちゃんは何でも顔に出て分かりやすいね。よく聞いてごらん、春の蝉ってのは人間なんだよ」


 あ、確かに。

 冷静に聞いてみるとそれは蝉の声じゃなくって蝉の鳴き真似だ。理子先輩はわたしたちの歩く方向を指差す。そこには電柱によじ登っている学生服野郎が一匹。


「あれが北ヶ丘高校名物の春の蝉さ。彼は落語研究部の新入生。落研おちけんは人前に出る度胸を鍛えるために新入生にあの電柱で蝉のマネをさせるのさ」

「へえ~っ、なんか凄いですね、色んな意味で。でも電柱って危ないでしょ?」

「あの電柱はもう使われていないやつだ。感電の心配はないよ」


 見れば彼が鳴く電柱に電線は繋がっていない。犬の小便専用なのかしらん。幹線道路にぽつんと立つ古い電柱にしがみつき大声で鳴く、そんな彼を見て通りがかりのおばさま達がクスクス笑いながら歩いて行く。


「それでは蝉の声には聞こえんぞ!」


 近所の老人にハッパを掛けられる。

 小学生達は露骨に指を指してバカにする。

 でも、電柱の蝉は、そんなみんなに時折手を振りながらも一心不乱に鳴いている。


「北ヶ丘高の春の恒例行事みたいなものですからね~っ、この付近の人はみんな知ってるし~」


 久里須先輩は赤い眼鏡の奥で冷静にその様子を見つめている。

 一方。



  やかましや 耳に染み入る 蝉の声


 

 突然百代ももよは一句詠む。


「ねえ百代って俳句が好きなの?」

「うんまあ」

「で、どうして手に文庫本持ってるの? カバンに仕舞ったら?」

「これは手に持つことに意味があるのだ」

「はいっ?」


 昨日もそうだった。

 彼女、奥野百代おくのももよは学校帰りに可愛いピンクのブックカバーの本を手にしていた。


「わざとだ。これ見よがしに手に持っているんだ。だってモテるじゃん、文学少女って」

「はっ?」

「本を手に持つ文学少女ってモテるじゃん!」

「はいっ?」


 文学少女がモテる? そんな話聞いたことないわ。

 くりくりの金髪をツインテに纏めて、欧米人みたいにハッキリした顔立ちの碧眼美少女。アクティブな印象の彼女にしとやかな文学少女って言葉は似合わない。だけど、理子先輩も久里須先輩も苦笑いしているだけだし、わたしも生暖かい目で彼女を見守る。


「まだ桜子には言ってなかったけど、わらわが文芸部に入った理由はモテたいからなのだ。わらわって見た目派手だし元気印だから中学時代はモテなかったんだ。だから高校では淑やかな文学少女風に大変身してモテまくりを実現するんだ」

「へ、へ~っ……」


 いやいや、そんな法則どこにもないって!


「一緒に素敵な彼氏を見つけようじゃないかっ」

「あ、うん」


 わたしに向ける彼女の笑顔は大輪の花、こんな美少女が中学時代にモテなかったなんて、にわかに信じられない……


 などとやっているうちに人間蝉が鳴く電柱の横に差し掛かった。


「ミ~ン ミンミンミ~ン」

「頑張れよ、新人さん!」

「ミ~ン ミンミンミンミン ミミミンミ~ン!!」


 顔はよく見えないけれど。

 理子先輩の応援に、そのオスの蝉は俄然張り切って鳴き始めた。


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