第1章 第6話
妄想を綴ってると時間を忘れちゃって。
次の日はちょっと寝不足。
そんなわたしが校内に静かな大騒動が起きていると知ったのは、昼休みも終わらんとする頃だった。
「ねえねえ、桜っち知ってる? テニス部のプリンスさま」
「知ってるよ。三年生でカッコよくてすごくモテる高橋先輩でしょ!」
「じゃあ、テニス部の貴婦人は?」
「うん知ってるよ、美人の白石さん」
「あんた、物知りね」
ちょっとガッカリした風に声を落とした沙耶っちは、しかしすぐに気を取り直して。
「昼休みに新聞部で緊急取材をしたのよ、ターゲットはプリンスさまと貴婦人さま。なんと今朝このふたりの熱愛が発覚したんだって! だからソッコーで突撃取材よ! 次号のウラ新聞トップは決まりよっ!」
興奮気味に喋りまくる沙耶っちにわたしは少し驚いて。
「えっ! あのふたりって出来てたの?」
「そうなのよ、今まで隠してきたらしいんだけど、突然ふたり揃って仲良く登校してきたのよ。そしてあっさり交際宣言。だから今日二年と三年は大騒ぎよ! まあ、入学したての一年だけは静かなもんだけど」
わたしの脳裏に昨日のテニスコートでの光景が蘇る。
これで部活中に窓を開けてテニス部に熱視線を送る、脳みそ春爛漫な先輩達はいなくなる……
って。
これって、もしかして!
理子先輩と久里須先輩がわたしのために仕組んでくれた?
ってことは……
「どうしたのソワソワしちゃって、桜っちも突撃インタビューしてみたい?」
「違う違う。ありがとね沙耶っち。お礼にアメ玉あげるっ!」
わたしは沙耶っちを紅茶キャンディーで餌付けしながら、気持ちが高揚していくのを感じた。
わたしったら何を見ていたのかしら。
大切なものは目に見えないんだ。
急に気持ちがいっぱい溢れていく。
会って何て言おう!
午後の授業中、繰り返し考えるのはそのことばかり。
そうして、放課後。
長めのHRが終わると急いで教室を飛び出した。
急ぎ足から、いつの間にやら駆けだして。
目的地は決まっている。
運動場の横に立つプレハブの部室棟二階、その端っこにある部屋。
「失礼しますっ、一年A組、星乃桜子ですっ!」
ノックをして扉を開くと理子先輩と久里須先輩はポテチを食べていた。
「あら、桜子ちゃん。あのね、軽音はもう大丈夫よ。演劇部とのトラブルは解決したからさ、早く行ってごらん」
「あっ、その、ありがとうございましたっ!」
わたしのために!
どきどきと高鳴る鼓動、わたしは思いっきり頭を下げる。
「いや、お礼とかはいいって。律儀だね、桜子ちゃんは」
「それからごめんなさいっ!」
わたしは顔を真下に向けたまま、床に落ちてたポテチの欠片を見つめながら言葉を続けた。
「わたしのために軽音部と演劇部の喧嘩を終わらせてくださって、やっぱり軽音がいいって言うわたしのわがままに力をくださって、すっごく感謝しています。だけど、わたしやっぱり軽音には行きません。あの、勝手ですけど、良かったら、わたしを、その………… わたしを、文芸部にしてくださいっ!」
あっ
緊張してへんな事言っちゃった。
言い直さなきゃ。
「じゃなくって、わたしを文芸部に…… 入れてくださいっ!」
「…………」
あれっ?
返事がない。
やっぱり怒ってるのかな?
そりゃ怒るわよね。あんなに振り回しておいて、やっぱりここがいいなんて。そんなのムシが良すぎるわよね。だけど、わたしは諦めない。
「あ、あの、理子先輩、久里須先輩、わたしの小説読んでくれましたよね? 理子先輩のストーリーそのままですけどブックマークしてくれて感想まで書いてくださいましたよね? 嬉しかったです。なんかこう気持ちがすっごくうきうきして楽しくなって。わたし、文芸部を暗いだとか地味だとか華がないとか、何にも分かっちゃいませんでした。こんなに心が楽しくなること知りもしないで。本当にごめんなさい!」
足元の、小さなポテチの欠片を見つめながら、思いの丈を声にする。
だけど。
「…………」
やっぱり何の返事もない。
もしかして、凄く怒ってる?
「実は理子先輩と久里須先輩の他にもブックマークと感想もらったんです。たったひとつですけど。でも、たったひとつだけど知らない人が読んでくれたって思うと、わたしを応援してくれてるって思うと涙まで溢れてきて。もっともっと書きたくなったんですっ! お願いです。わたしを、わたしを文芸部にしてくださいっ!」
「あ~あ、アタシのジャンボプリンはなしか~」
「ね~、あたしの推理通りになったでしょ、最後に星乃さんはここに来るよ~って」
あれっ?
何の話? 理子先輩も久里須先輩も。
「アタシも昨日はもしかして、って思ったけどさ。久里須ってば初めて会ったその日から絶対来るって断言したわよね! ねえ、どうしてそう思ったんだ?」
「簡単なことですよ~っ。星乃さんの名前を音読みしてみなさいよお」
「音読みって? 桜子…… おうし…… あっ、星のおうじ」
「そうで~す、星の王子ちゃんで~す。サン=テグジュペリの傑作にして文学史に燦然と輝く大ベストセラー、そんな文芸の申し子のような名前を持つ子が文芸部に来ないわけないですよね~! しっかし理子も素直じゃないわね~っ 言葉も出なくなるくらい嬉しいんなら、最初っから頭下げて来て欲しいって言えばいいのに~っ。じゃあ、このジャンボプリンは遠慮なく戴くわよ~っ!」
どうやらこのふたり、わたしの入部にプリンを賭けていたらしい……
「あの、わたしの入部は……」
「あっ、ごめんごめん。そんなのOKに決まってるでしょ! 早く顔を上げて。 ってか、ありがとう…… あらためてこれからよろしくねっ! 星乃桜子ちゃん!」
良かったっ!
「あ、ありがとうございますっ! 理子先輩、ありがとうござ……」
「お礼を言うのはこっちの方」
突然、肩を叩かれた。
顔を上げると目の前には理子先輩が歩み寄っていて、笑顔を向けてくれて……
って、もしかして理子先輩の大きな瞳、潤んでる?
「さあ、こっち来て座ろうよ」
「……はいっ!」
部室の中に歩き出す。
大きなテーブルにはジャンボプリンを片手にご満悦の久里須先輩がいて、そして……
その奥に、もうひとり座っていた。
セミロングのウェーブが掛かった金髪をツインテールに束ねた碧眼の女の子。日本人離れした派手な目鼻立ちの彼女は、久里須先輩と同じプリンを手に持ったまま軽く会釈をした。
「来る春や 鳥啼魚の目はプリン」
「あっ……」
言ってる意味は理解不能だけど。
しかし、ひとつ思い出したことがある。
この芭蕉ばりの五七五、もしかして……
わたしが言葉を探していると理子先輩が先に口を開いた。
「紹介するよ、桜子ちゃんと同じ新入生の奥野百代ちゃん。ふたりが会うのは初めてだよね」
「あ、はい」
わたしは彼女に挨拶をすると理子先輩を見上げながら。
「あの……」
「まあまあ座ろうよ。あ、これ、桜子ちゃんのジャンボプリンね」
「それは理子先輩の分じゃ?」
「いいえ桜子ちゃんの分。アタシは賭けで負けたんだ」
「でも……」
「そうですよ~、王子ちゃん。理子はね~、貴女が来なかったらひとりでふたつ食べるつもりだったんだよ~、敗者に情けとか無用ですよっ」
久里須先輩は美味しそうにプリンを頬張って。
その向こう、わたしにサムズアップしてくる奥野さん。
「あ、ところで奥野さん、もしかして……」
「一年同士だからわらわのことは名前で呼んでよ、百代って。そうそう、貴女の小説面白かったよ、ちゃんと感想も書いて置いたから」
「あ、やっぱり。ありがとね、たははは……」
こうして。
わたしのきらきらになる予定のJKライフは文芸部とともに始まりました。
灰色の脳細胞を持つミステリーの女王、久里須先輩。
謎の俳人、百代。
そして、強く優しく美しい、わたしの理想の理子先輩。
女ばかりの所帯だし、わたしの恋のデビュー作戦は立て直しかもだけど。
まあ、この文芸部なら楽しいに違いないわよ、ね。
第一章 完
【あとがき】
はじめまして、星乃桜子です。
始まりました「ぶんげい?」、お楽しみいただけてますか?
高校生になったら絶対素敵な彼を作って華も実もあるJKライフを送りたい! そう決めてたのに、どこでこうなっちゃったのか……
だけど後悔してません。
わたしたち女の子四人だけの文芸部、地味で暗くて華がないと思い込んでいた文芸部がこんなに楽しいだなんて。
しかもわたしたち、次章以降も校内狭しと大暴れ…… ってのは大袈裟ですけど、大活躍しちゃうらしいです。是非ご期待下さいねっ。
えっと、今預かった作者さんのメモによると……
「ぶんげい?」の最後のクエスチョンマークは、この物語に文学とか心打つ感動とか、そんなのは期待しないでって意味らしいです。
文芸を味付けのエッセンスにしながらも皆さんに笑っていただくだけの物語だと……
って、作者さん、わたしの「ラブ」はどうなるんですかっ!
作者さん言いましたよね、コメディだけどちゃんとラブもあるからラブコメなんだって。わたしの初恋はきっと実るんだって! だからわたしは出演を承諾したんですよっ!
いいですか作者さん、忘れないでくださいね!
この物語、わたしのラブを絶対成就させてくださいねっ。
それから敬愛する理子先輩も、絶対絶対ハッピーで終わらせてくださいよっ!
みんなを不幸にしたら絶対許さないんだからっ!
と言うわけで次章予告です。
春なのに蝉の鳴き声が聞こえる北ヶ丘の通学路。
北ヶ丘高名物「春の蝉」の正体とは。
そしてその、みんなに愛される「春の蝉」に忍び寄る黒い影……
お願い理子先輩、蝉を助けあげてっ!
次章「春の蝉」も是非お楽しみにっ!
心はいつも純粋でいたい、星乃桜子でしたっ!