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第1章 第4話

 ふたりに付いて辿り着いたのはテニスコートでした。


 よっつあるテニスコートでは硬式テニス部が練習中。

 右半分は女子、左半分は男子が使っている。

 見上げるとコートの奥に四階建ての別館校舎がそびえていて。


「あ、あいつら……」


 理子先輩の視線の先では別館三階、軽音部室である第二音楽室とその隣にある演劇部室の窓が大胆に開放され、それぞれの部員達がズラリと顔を覗かせていた。校舎の窓はりガラスになっていて窓を開けないと外の様子は窺えない。その窓から男女合わせて十二人くらい、合わせて二十四の瞳が何をするでもなくコートの方をじっと眺めている。ヒマなのかしらん?


「理子先輩、三階の皆さんは何をしてるんですか? テニス部の練習を見てるとか?」

「そうと言えばそうだが、違うと言えば違う。なあ久里須、そうだろ?」

「あたしも理子と同じ推理よっ。ともかくは確認しなくちゃね~っ。理子、悪いけどさあ、高橋たかはし先輩をどこかへ連れて行ってもらえる?」


 高橋先輩?

 って誰?


 しかし、その名を聞いた理子先輩は我が意を得たりとばかりに笑顔を見せる。


「任しとけ」


 彼女は男子が練習しているコートに堂々歩いて行くと練習中の男に声を掛けた。振り向いたのは浅黒い肌に白いテニスウェアがよく似合う長身のすごいイケメンだ。彼は理子先輩と少しばかりの会話の後、爽やかな笑顔を見せるとこちらへ歩いてくる。


「カッコいいですね、あの人……」


 隣の久里須先輩にそう言いかけたが、彼女の赤い眼鏡の奥はじっとコートの中を観察していた。高橋先輩とか言うそのイケメン男子と一緒に戻ってきた理子先輩もコートの方に目をやるとにやり笑って。


「桜子ちゃん、校舎の三階を見てごらんなさい!」


 言われて別館校舎を仰ぎ見ると、そこでは大騒動が起きていた。

 窓の外を眺めていた女子達が何やら右往左往して騒ぎ立てているようなのだ。


「これって?」

「理子と一緒にいる高橋先輩はね~、テニス部のプリンスさまとも呼ばれて~、女子に絶大な人気を誇るのよ~。テニスの腕は全国レベルだしい、見ての通りルックスもいいし~ 爽やかで優しいし~ それなのに彼女いないし~。だからあ……」


 久里須先輩は右側のコートにちらり視線を送って。


「女子テニス部の練習も、ほ~ら止まっちゃったでしょ。みんなこっち見てるしねっ。あの神湯御前がプリンスさまを誘惑してる~っ! とでもで思ってるんでしょうねっ。悔しいけど理子ってば美形だしね~」


 プリンスさまと理子先輩に視線を向けるテニス部女子の皆様方、その中でもわたしの目を奪ったのは長い金髪をポニテに纏めた凄く綺麗な人。物憂げにその眼差しを足元に落とすと、小さく嘆息する。


「彼女はね、二年の白石麗香しらいしれいかさんよ。人呼んでテニス部の貴婦人きふじん。優しくって美人だし~、女子力ハンパないし、男子の人気ナンバーワンかもねっ。悔しいけども天は二物も三物も与えるのよね~。あ~あ、あたしには一物いちもつすらないのに~」

「いや、女子にあったら大変でしょ、いちもつとか」

「あ~……」


 赤面する久里須先輩、かわいい!

 やがて。


 その白石さんの掛け声と共に女子部員達は練習を再開する。理子先輩とプリンスさまは別館の横に進んで何やら話をしている。その様子は別館三階からは見えないのか、窓から身を乗り出し騒いでいる軽音と演劇の女子たち。


「これで理由はハッキリしたわね~。どうしてあいつらが窓を開けているのかとか、どうして演劇と軽音は不仲なのか~とか。まあ、あとひとつ確かめるとすれば~……」


 久里須先輩はわたしを残してコートの方へ歩み寄る。そうして大きく手を振り白石さんを呼び寄せて、理子先輩と同じ方向へと彼女を連れて歩いて行った。


          ◆ ◆ ◆


 その日、家に帰るとお兄ちゃんがテレビに見入っていた。


「何これ、深夜アニメの録画?」

「うん、昨晩始まったラブコメ。面白いぞ。これは毎週観なきゃ!」


 チョコ菓子をかじりながらご満悦な様子のお兄ちゃん。好きなアニメキャラは十本の指で足りないのに、好きなリアルのアイドルは皆無。そんなんだからちょっとはモテるのに彼女がいないんだわ。髪型とか服装とかも無頓着だし。そう言えば先月も小学生時代から使い続けている緑のマフラーをしてたから、いい加減に新しいのを買えば? って進言したんだけど、友達に貰った手編みの一品らしくわたしの言葉は軽くスルーされちゃった。


「お兄ちゃん、二次元もいいけどさ、三次元も探したら?」

「桜子だっていないだろ? 三次元嫁」

「わたしが嫁貰ってどうするのよっ!」


 お兄ちゃんはチョコ菓子の箱をわたしに向けると。


「ま、桜子がその気になったらすぐに出来そうだな、旦那」

「すぐにって何よ、ポリポリ…… わたしは適当に手を打ったりしないわよっ、ポリポリ……」


 華麗な高校デビューが果たせたら、きっと素敵な出会いも待ってるもん。

 そんな部活に入るんだもん。


 だけど、演劇部と軽音部の、あの結末はガッカリだった。

 お兄ちゃんのお菓子を頬張りながら思い出すのは放課後の出来事。


 軽音と演劇が不仲な理由、それはあまりにくだらなかった。

 こんなオチでいいのだろうか?

 入学早々脱力感ハンパない。


 あのあと。

 テニス部のプリンスさまと貴婦人がコートから離れて暫くすると、軽音と演劇の窓が閉まった。結局、女子は高橋先輩を、男子は白石さんを窓からうっとり眺めていた、と言うのが諸悪の根源だった。


 文芸部室に戻ったわたしたちはコートでの出来事を振り返る。


「疲れたな、色々と」

「そうね理子、四流推理小説にもならない結末だったわね~っ」

「でも、わたしが見学したときは窓なんて開いてなかったんですけど……」


 わたしの疑問に理子先輩は笑いながら。


「そりゃそうだろう。新入生にはいいとこ見せないといけないからな。多分なんだけど、演劇部も軽音部も女子の視線がテニス部に向いて、相手にされなくなった哀れな男子どもは可愛い一年生女子を渇望してたんだよ。だから桜子ちゃんの争奪戦も起きたんだ。だって桜子ちゃんって凄く可愛いから」

「り、理子先輩、からかわないでくださいっ!」


 なんか顔が熱くなる。


「あら~っ星乃さんったら、真っ赤になって~。だけど理子の推理は正しいと思うわよ~」


 テニスコートで見た事実を箇条書きに綴る久里須先輩、何でも紙に書いて整理することが好きな人だな。

 その横で紅茶の準備をする理子先輩はわたしを向いて。


「これで原因ははっきりしたんだけど。重要なのは桜子ちゃんが大手を振って軽音に入ること。これ即ち軽音と演劇の紛争を終結させること、なのよね」

「そんなこと出来るんですか?」


 思わず身を乗り出すわたし。


「案外簡単かもよ。桜子ちゃんも考えてみて」


 簡単?

 わたしは色々考えてみる。


 部室をテニスコートが見えないところに移動するとか?

 そんなこと、演劇も軽音もうんと言うはずがない。


 じゃあ、テニスコートを違う場所に移動するとか、フェンスで隠すとか?

 いやいや、そんな場所ないし金が掛かるし、無理だろう。


 だったら、高橋先輩と白石さんにテニス部を辞めてもらう?

 有り得ないわ、あの人達は何も悪くない。


 いっそのこと窓を瞬間接着剤で固めてしまうとか?

 先生に怒られるだけだわ……


「あらっ、分からないかしらっ。そんなに難しくないわよお? 今日見たことを思いだしてごらんなさい。きっと星乃さんならわかるでしょ? 大切なものは目に見えないんだよ~っ」

「大切なものは目に見えない……」


 久里須先輩の言葉、それはわたしが大好きな本の中の台詞だった。


「まあ今は分からなくてもいいさ。ともかく安心しなよ桜子ちゃん。もう手は打ってるからさ!」


 そう言うと理子先輩と久里須先はふたりで大笑いを始めた……


 そんな。

 今日の出来事を思い返しながらチョコ菓子を口に放り込む。


「桜子、僕のお菓子食い過ぎ!」

「あ、ごめんごめん(ぽりぱり)。代わりにわたしのポテチあげるから(ぱりぽり)」

「冷蔵庫のアイスがいい」

「あれはダメ! 高かったんだからっ!」


 わたしは台所から買い置きのポテチを取ってくると封を開ける。

 そうして今日の出来事をお兄ちゃんに話してみた。


「テニス部の高橋先輩はいい人だよ。けど、そんなに人気あったんだ!」

「テニス部の貴婦人の方は?」

「ああ、勿論知ってるよ、一年の時は同じクラスだったし」

「じゃあ、お兄ちゃんも白石さんが好き?」

「はっはっは、僕なんか相手にされるわけないよ」


 軽く笑い飛ばしたお兄ちゃんはわたしのポテチを豪快に頬張った。


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