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第5章 第2話

 お兄ちゃんと理子先輩が現れるまでは数分も要しなかった。

 アニ研設立メンバーはさっきまでわたしたちがいた席にふたりを座らせるとその周りに椅子を集めて取り囲む。


「なあ頼む。星乃しかいないんだって。世能会長を説得してくれよ」

「しかしなあ、難しいよそれは」

「何言ってんだよ、卓球部の時は説得したクセに、俺たちには協力しないのか! お前それでもアニオタか! 春アニの「妹デレ」と「ぎんモザ」見てるんだろ!」

「「くりかき」とか「辛々と台風」もおもろいよな」

「それだけ見てんなら協力しろよな。お前だけ御前とイチャラブなんて。第12話でばっちりハッピーエンドだったクセに、直後に第2期が発表されて更なるハーレムが繰り返される、みたいな状態が許されると思ってるのか!」

「おい、まるでこの章が第12話みたいなこと言うなよ!」


 理子先輩は時折お兄ちゃんをちらりと見上げるけど全く口を挟まない。可愛らしいけど全く別人みたい。


「だからさ、な、頼む。この通り!」

「お前らなあ……」


 結局、お兄ちゃんは拝み倒され、仕方なく引き受けた模様。

 その間、理子先輩は何も語らず、お兄ちゃんの横でずっと微笑んでいただけだった。


「じゃ、また明日連絡するから。ホントありがとな!」


 アニ研設立画策メンバー4人衆に見送られ、お兄ちゃんと理子先輩は出口へと向かう。途中お兄ちゃんはちらりとこっちを見た気がするけど、気のせいよね。


 やがて店を出る頃には日は大きく傾いていた。


「じゃあな、桜子。久里須先輩もまた明日!」


 百代と別れて久里須先輩と歩く。


「ねえ久里須先輩、もう少しだけ付き合ってくれませんか。その先に公園あるんで、わたし缶ジュース買って来ますから」

「そんなこと気にしなくてもいいよお。あたしも少しお話ししたいし」


 ふたりは公園のベンチに腰掛ける。

 辺りは少し薄暗くなっていた。


「四つ葉って人の小説、あれ理子先輩の私小説ですよね。だったらお兄ちゃんと理子先輩は高校卒業と同時に別れるってことなんですか?」


 単刀直入に聞くと久里須先輩は苦笑した。


「そこがあたしも驚いているところなのよ~。多分なんだけど、入学当初に理子が宣言した「北ヶ丘の男の方とは誰ともお付き合い致しません」って言葉は星乃くんを意識した言葉だったと思うのよ~。そして、その言葉は理子の優しさなんだと思うの」

「わたし、別れると分かっていて付き合うなんて理解出来ないんです」

「そうなの? あたしは分かるわ。だって理子はずっと今を大切にしてきたんだから。あの子が文芸部に来たのも「今」を書くためじゃないかしら」

「今、を書くため?」

「そうよ。彼女は悔いを残さないために逃げずに何でもしてきたと思うのよ。しかしそこには大きな忘れ物があった。だからあの小説は止まってしまったんじゃないかしら」

「…………」

「元々理子って出しゃばりでもじゃじゃ馬でもないと思うの。笑顔で紅茶を入れている時の理子、さっき王子ちゃんのお兄さんと一緒にいた物静かな理子、あれが本当の理子よ。だって一番幸せそうに見えるもの」

「将来に不安があっても?」

「未来のために今を犠牲にする必要はない、って考え方もあるわ」

「そんなもの、ですか?」

「さあ、あたしもよく分からないけど……」

「……」


 そうして、日も沈んで。

 久里須先輩と別れて家路を歩く。


 わたしなら、どうだろう。

 もし未来が見えて、いまの恋人と二年後に破局することを知ったら。

 きっと号泣してしまう。

 どれだけ泣いても泣き止まないと思う。

 それなのに、そんな相手に告白しようと思うだろうか?

 一緒にいて楽しいだろうか……


 家に帰るとお兄ちゃんは既に帰っていた。

 わたしが着替えを済ませ居間に下りるとアニメを見ながら溜息をついている。


「ねえ、どうして溜息なんかついてるの? 「妹デレ」面白いんじゃない?」

『最近、俺の妹がデレデレして困るんだが』なるアニメを呆然としながら見ているお兄ちゃん。画面ではメイド服を着た妹が兄の腕を取って強引にキスしている。こんなシチュエーション現実には存在しない。


「桜子か…… って、そうだ! お前見てただろ!」

「見てたって何を?」


 我に返ったようにわたしを見上げるお兄ちゃん。


「バーガーショップの二階にいただろ。気がついてないとでも思ったか」


 バレてたんだ。ちぇっ。


「ちゃんと隠れてたのに。お兄ちゃんを甘く見たかな、ぺろぺろ」

「いや、実はさっちゃんが教えてくれた」

「えっ、理子先輩も気がついてたの?!」


 お兄ちゃんは理子先輩をさっちゃんと呼ぶ。昔はそう呼ばれていたらしい。理子は正しくは「さとこ」と読むからだ。しかし、いつ気がついたの? 確かに帰り際お兄ちゃんはわたし達の方をチラ見した。でも理子先輩は終始物静かで気がついた様子はなかったんだけど。


「彼女はすぐに気が付いたみたいだぞ。座るなり目で教えてくれたから」

「そうならそうと早く言ってよ! 隠れてるのバカみたいじゃない!」


 はははっ、と笑ったお兄ちゃんは、しかしまたすぐに嘆息する。


「しかし困ったよ。ホントどうしよう……」

「アニ研設立の嘆願でしょ? 当たって砕けるしかないんじゃない?」

「気楽に言うなよ、砕けたら負けなんだよ。今回は気が重いんだ……」

「どうしてよ。世能会長ってお兄ちゃんの言うことなら何でも聞くんでしょ?」

「いや、それはさ……」


 席を立ったお兄ちゃんは冷蔵庫から二人分のコーラを注いで持って来る。

 そうして5年前の話を始めた。


「覚えてるだろ、僕が小学生の頃に道場通いしてたの。あの道場ってさっちゃんのお父さんがやってたんだ……」

「えっ!」


 お兄ちゃんは昔、柔道をやってた。

 今はもうないその道場の先生が理子先輩のお父さんだったらしい。


 ビルの一室を使っていた道場は合気道も教えていたらしく、合気道を習っていた世能会長とはそこで知り合ったと言う。

「うろ覚えのところもあるんだけどさ、彼女は気が強くて柔道やってる僕の友達と喧嘩になったことがあって。その時僕は彼女の味方に付いたんだ。それからかな、彼女が好意的になってくれるのは……」


 女の子なんだから、ってだけの理由で世能会長を庇ったらしい。いかにもだわ、お兄ちゃん。


「だけど、彼女は僕がさっちゃんと一緒の時は凄く不機嫌になるんだ。だから気が重くて……」

「だったらその頃はいつも不機嫌だったんじゃないの? 理子先輩も習ってたんでしょ?」

「ああ、多分ね」

「多分って?」

「さっちゃんとは4年生、5年生と同じクラスでさ、学校では仲良かったって言うか、友達にいつも相合傘を描かれるような仲だったんだ。だけど道場での印象ってそんなになくって、一緒にいるようなこともほとんどなかったから……」


 お父さんが先生だから、彼女はいつも練習が終わった生徒たちにお茶を出す役目だったそうで、試合はおろか練習している姿すら記憶にないらしい。だからお兄ちゃんの中の理子先輩は笑顔でみんなにお茶を配る優しく物静かな女の子であって、男勝りとかお転婆てんばな彼女は想像すら出来ないって言う。


「世能会長、キレるんじゃないかな。さっちゃんとのこと噂になってるだろ、絶対まずいって!」


 残ったコーラを一気に飲み干すとお兄ちゃんは大きく息を吐く。


「でも、やるしかないんだよな……」


 そう言ってソファから立ち上がると二階へと向かう……


「あ、そうそう。一輪だけどさ、六条院さんの猛烈なアタックの前にタジタジみたいだぞ。あいつもお人好しだからな」


 一瞬立ち止まったお兄ちゃんはそう言い残し階段を昇っていった。


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