第4章 第2話
放課後。
沙耶っちは速攻で教室を出て行った。
わたしはいつものように文芸部室へと向かう。
生徒会室を遠くから覗いてみたい気もするけど、関係ないし。
「桜子ちゃんどうした? 元気ないけど」
理子先輩はポテチ片手に不思議そうな顔をする。
「たぶん、お兄ちゃんの事でしょ~?」
「知ってるんですか? 久里須先輩」
「当然よ~。女子バスケ部の友達から聞いたから~」
「何のことだ?」
何も知らない理子先輩に久里須先輩が説明すると。
「桜子ちゃん、心配じゃないの?」
「あ、いや別に。どうせわたしには関係ないですし」
「まあ、そりゃそうだな……」
理子先輩は半分浮かしていた腰を下ろす。
「じゃあ~っ、今日はあたしがお茶を入れましょうか? あたしが入れると朝賀久里須のティー、アサガクリスティーになって、なかなかおめでたいんですよ~」
「おっ、今日はご機嫌だな久里須。何かいいことでもあったか?」
「実はですね~ ほらっ!」
使っていたパソコンの画面をわたし達の方へ向けると嬉しそうな笑顔を残してカップを取りに立つ。画面を覗き込むと、それは彼女が書いている「トワイライト急行の殺人」の情報画面だった。
「5人だって」
「凄いな、5人だ」
彼女の小説のブックマーク(お気に入り)数が増えていた。以前は3人だったはず、しかもそれは文芸部の面々の同情票。
「よかったな久里須!」
「そうよ、遂に時代がわたしに追いついてきたのよ!」
「凄いですね久里須先輩!」
と。
夕立を 少し集めて 最上川
百代が謎の一句を詠む。
「ねえねえ、それ、どう言う意味よお!」
「だってほら……」
百代がもう一台のパソコン画面で示したのは、わたしが書いている妄想小説の情報画面だった。そこには「ブックマーク数10人」との表示が。
「二桁、だと!」
崩れ落ちる久里須先輩。
彼女の肩を叩きながら紅茶を入れる準備を引き継ぐ理子先輩。
あ~あ、せっかく久里須先輩調子がよかったのに百代ったら……
「あ、わたしちょっとポテチ買ってきますね、皆さんの分も」
わたしはその場から逃げるように席を立った。
◆ ◆ ◆
日曜日、今日は沙耶っちがうちに来る日だ。
タンクトップにはき慣れたジーンズという普段のままの姿で彼女を待つ。
結局、女子バスケ部は今年中の存続が決まった。
但し、試合に出れない限り予算はナシ、体育館の割り当てもない。だが、彼女たちは今既にその状況であって事実上の交渉成功だ、お兄ちゃんは女子バスケ部のふたりから感謝されまくりだったとか。
沙耶っちが言うには、
「桜っちのお兄さん、交渉上手いよね。もし女子バスケ部の立て直しに成功したら生徒会の支援が功を奏したと言う評価になるよ、な~んて上手い事言って生徒会長をおだててその気にさせて」
そのお兄ちゃんは朝から部屋でパソコンと睨めっこをしている。この前わたしが小説サイト「ノベルメイト」を教えてあげたらハマったらしくこの数日読み耽っているんだ。
今朝、面白い小説を教えてと言うので久里須先輩のトワイライト急行の殺人を押してみた。教えた後に久里須先輩の情報ページからわたしの妄想小説がリンクされている、と言う大失敗に気がついたけど。まあペンネームは教えてないし、大丈夫だろう。多分……
ピンポ~ン
沙耶っちだわ。
玄関を開けると青いワンピースで着飾った沙耶っちが立っていた。いつものポニーテールをやめて、赤毛を肩下で綺麗に揃えている。こりゃ昨日美容院に行ったな。
「お邪魔しま~す」
「はい、どうぞどうぞ」
緊張してるのか、カクカク歩く沙耶っちは居間にあがるとバッグを置いて。
「じゃ、じゃあ、始めよっか」
「そうだね。ビデオとか付ける?」
「あ、うん」
わたしはお兄ちゃんがよく見るアニメを再生してみる。深夜アニメのラブコメ。
「桜っちこんなの見るの?」
「あ、わたしと言うより、お兄ちゃんがね。ちょっと引くでしょ?」
「へえ~っ!」
やおら材料の準備を始める。今日の昼食はエビのグラタン、そしてデザートにクッキーとチーズケーキ。今日は両親がいないと彼女に話したら「だったらお昼一緒に作って食べようよ、お兄さまも一緒にさ」とは沙耶っちの作戦だ。
「なるほど、こう言う積極的女子が好みな訳だ……」
チラチラアニメを見ている沙耶っち。
「あ、いや別にそうとは」
お兄ちゃんの二次元オタぶりを披露したらちょっとは引くかなと思ったけど、逆効果みたい。やばい、沙耶っちが完全に肉食化している。
「どうした桜子、いい匂いがするじゃん……」
やがて、グラタンが焼けた匂いに反応したのかTシャツにジーンズと言うラフラフな格好で何も知らないお兄ちゃんが降りてくる。
「あっ、お邪魔してますっ!」
「あれっ、桜子のお友達? えっと確か新聞部の」
「はいっ、山中沙耶ですっ。新聞部では血も涙も浮いた噂もないゴシップが担当ですっ」
「そうなんだ、浮いた噂ないんだ。僕と一緒だな」
「何を言ってるんですか! バスケ部の件でも大活躍のお兄さんは私たち女子の人気の的じゃないですか!」
頬を染めながら沙耶っち。
「はははっ、僕が人気の的? 有り得ないよ。なあ桜子」
「そうだね。わたしも信じられないよ。お兄ちゃんが人気だなんて」
「だよな。ん?」
もう、お兄ちゃん鈍感。
「えっと、わたしには大人気ですよ!」
「…… え?」
「あっ、今日は桜子ちゃんとお昼作ったんで食べて下さいねっ。グラタンなんですけど……」
沙耶っちは真っ直ぐだ。
そういうとこ羨ましいと思う。
「いただきま~す!」
かくして。
昼ご飯は和気藹々と進んだ。
「美味しいよ、山中さんって料理得意なんだね」
「それは桜子ちゃんが上手だからですよ」
「いや、それはない」
ぱしっ!
ハリセンが飛ぶ。
普段あまりわたしのこと悪く言わないのに、お兄ちゃん酷い。
「このあとデザートもありますから楽しみにしてくださいねっ!」
「デザート? って…… あの、さ」
「クッキーとチーズケーキですけど、ほら結構綺麗に焼けたんですよ」
沙耶っちが冷蔵庫で冷やしているホールのチーズケーキを持って来るとお兄ちゃんは目を丸くして。
「すごいね。フルーツを散りばめて、凝ってるね」
「大きいから三人だとたくさん食べれますよ」
「あ、実はさ……」
壁の時計をチラ見するお兄ちゃん、もうすぐ一時になるんだ。
「そろそろ友達が来るんだけど、一緒に食べてもいいかな?」
「勿論ですっ、ねえ桜っち?」
「あ、うん。いいけど、友達って、誰?」
「一輪」
「あっ、ええ~っ!」
ちょっと待ってよ、聞いてないよ!
一輪先輩来るって、そんなの知ってたらもっと色々……
ピンポ~ン
「あれっ、一輪かな? 早いな?」
早いな、じゃないよ!
その前にこの格好はないわ! このよれよれのタンクトップはないわ!
「ちょっと着替えてくるう~!」
何よお兄ちゃん!
そうと分かってたら昨日美容院に行って今日は振り袖着てグラタン作ったのに……
って。
「あっ、お邪魔します」
「い、いらっしゃみゃせっ!」
噛んだ。
センスがいい襟付きの白いシャツに黒いズボン。制服よりも素敵な一輪先輩が……
って、わたしのこの格好はないでしょ!
「どうぞお上がりくだしゃいっ!」
また噛んだ。
ともかく自分の部屋で着替えなきゃ。
タタタタタタッ
バタン
お気にのブラウススーツはどう考えても外出用だし、と言ってこのTシャツじゃラフ過ぎだし、やっぱりここはピンクのブラウスに紺のスカートがあったはず……
急いで着替えてリビングに戻ると沙耶っちがケーキを切り分けていた。
「何してたんだ桜子、 ……って、どこか行くのか?」
「何言ってるのお兄ちゃん、どこにも行くわけないじゃない」
「じゃあ何だ、その気合いだらけの格好は?」
「普通じゃん普通。いつもと一緒じゃないの!」
口裏合わせてよ、お兄ちゃん!
「それにそのショートヘアに不要な髪飾り……」
「だからいつもと一緒じゃんっ!」
黙っててよ、お兄ちゃんっ!
「不要って酷いよな。カチューシャ可愛いよね」
「あっ、そ、そうですか?」
わたしは皿を持って来るとチーズケーキを載せて一輪先輩へ。お兄ちゃんへは沙耶っちが恭しく差し出す。
「山中さんも来てたんだ。新聞部の友達が誉めてたよ、うちの部に超大型の新人が来たって」
「超大型ですか? 体はちっちゃい方ですし、胸だって超大型ってほどじゃ……」
「何よ沙耶、それ自慢?」
わたしたちは笑いながら紅茶を入れる。ちらり一輪先輩の横顔が見える。ああ、やっぱりカッコいい。わたしも沙耶っちみたいに真っ直ぐな勇気があったら。
みんなでデザートを囲むと手を合わせる。
「ところで一輪先輩、今日は何か用事とかあるんですか?」
「あっ、いやこれと言った用事がある訳じゃないんだけど、翔夜とゲームとかしようかって」
「お兄さんはどんなゲームするんですか?」
「えっと、普段は美少女ゲーかな」
お兄ちゃん正直すぎぃ!
「桜子さんは?」
「あっ、ゲームとかはあまりしなくって、最近は小説書いたりとか……」
「へえ~っ、小説書くんだ。そういや文芸部だもんね、読んでみたいな」
「ダメダメダメダメ! 絶対絶対ダメダメ!」
「すごい拒絶されようだな」
「いやいやいやいや。まだほら人にお見せできるレベルじゃないって言うか……」
で、いきなりウェブで公開してるって矛盾を初めて感じたわたし。
「楽しいの?」
「はい、勿論」
「よかったね!」
うわっ。よかったねって言われたっ!
「あ、あの一輪先輩も、卓球楽しいですか?」
「ああ勿論。翔夜もいるしね。こいつ挑発に乗ってすぐ打ち合うタイプで面白いし」
「でも、お兄ちゃん弱いでしょ?」
「何を言う桜子、これでも1ゲームに5点は取れてる!」
いや、それでガッツポーズはないでしょ。
「桜子さんは楽しくなかった? 卓球部来なかったし……」
「あ、そうじゃないんですけど。何というか、もう上を目指すとかは、いいかなって」
「なるほどね…… おっ、このケーキすごく美味しい!」
「よかったあ」
そんなこんなで、わたしたち四人のデザートタイムはその後もずっと盛り上がった。




