第4章 第1話
第四章 バスケの黒子
いつも元気な沙耶っちが、何故か今日はしおらしく。
「あのさ、桜っち。今日の放課後、その、付き合ってくれない?」
「えっ? 部活は?」
「終わってからでいいから。あっ、百円バーガーでもジュースでも奢るからさ」
「じゃあフルーツパフェ、ビッグで」
「あんたね……」
そうして時間は過ぎてゆき。
「あのさあ桜っち、あのさあ……」
放課後、バスを途中下車してふたりが入ったのはちょっとお洒落な喫茶店。
結局わたしも彼女も部活はパスした。
平日の夕方、空いている店内。
目の前のプリンパフェには口も付けず、沙耶っちは同じことばかり繰り返す。
「あのさあ桜っち、あのさあ……」
「だから何よ、もう沙耶っちらしくない」
「あのさあ桜っち、あのさあ……」
「……」
「あのさあ…… 桜っちのお兄さんってさ、そのさ……」
「…………」
「彼女、とか、いる?」
まさかとは思ったけど、やっぱりそこか。
「わたしの知る限り、いない、けど……」
「えっ、いないのっ!」
ぱああっ! と花開く沙耶っち。
困った。
お兄ちゃんに彼女はいない。
そこは断言できる。
しかし好きな人はいる、と思う。
「だけど、お兄ちゃんってば二次元オタだよ。美少女フィギュアが恋人だよ」
「へえ~っ、そうなんだっ! ねえ誰? 好きなキャラは誰?」
わたしの意図は全然通じない。
いや、それどころか沙耶っちはどんどん身を乗り出してくる。
「なになに、小柄な幼なじみキャラ? いいじゃないっ! ポニテは? ねえねえ赤毛のポニテとかは?」
自分のポニーテールをさわさわ触りながらにこにこ笑顔の沙耶っち。
どうしよう……
「うちのお兄ちゃんなんか止めといた方がいいよ。わたしのポテチ横取りするし全然カッコよくないし……」
「ええ~っ、カッコいいよ! だからさあ、今度遊びに行ってもいいかな、桜っちのお家」
「えっ、そりゃまあ、構わないけど……」
◆ ◆ ◆
困ったな。
沙耶っちは完全に乗り気だし。
家のソファでぼんやり考えているとお兄ちゃんが帰ってきた。
「あのさお兄ちゃん!」
「なあ桜子!」
ふたりの声はほぼ同時。
「あ、桜子からどうぞ」
「いや、お兄ちゃんからどうぞ」
「レディファーストで」
少しの沈黙。
「ねえ、今度の日曜、お兄ちゃんは家にいる?」
「え、ああ、いると思う。桜子は?」
「うんわたしも……」
「そうか」
お兄ちゃんはそのまま自分へ部屋へ向かおうと……
「ねえ、お兄ちゃんの用件は?」
「あ、うん、もういいよ」
そう言い残し、二階へ上っていった。
困った。
日曜日、沙耶っちはお菓子を作ろうと言い出した。
お菓子作りで男の人の心を掴む……
古典的でストレートだけど、お兄ちゃんには一番効きそう。
だったら、その前に確かめておかなきゃ……
着替えを済ませて降りてきたお兄ちゃんはいつものようにテレビを付ける。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なに? アイスなら冷蔵庫にあるぞ」
「じゃなくって」
「ポテチはもうないよ」
「そうじゃなくって」
「チョコか?」
「わたしはイーティングマシンじゃないわよっ!」
「じゃあ、ビッグイーターか?」
話の腰を折るのが上手いね、お兄ちゃん。
「そうじゃなくって! お兄ちゃんって好きな人いるの?」
「あっ、えっ?」
不意打ちだったのか、切り替え中のテレビのチャンネルは大相撲のまま。
「あ、今の嫁はうさ耳のリンちゃんだけど」
「そうじゃなくってリアルでだよっ!」
「ああ、興味ない」
「理子先輩は?」
「……」
「神湯先輩のことだよ」
「…… 彼女は、僕なんか相手にしてくれないよ!」
「ホント? じゃあもし……」
チャララララ~ン
チャチャチャチャ~ン
わたしが更なる追求をしようとしたその時、お兄ちゃんの携帯がアニソンを奏でる。
「おう、どうした一輪。ああ例の件か、いいから任せとけよ……」
お兄ちゃんの電話は三分程度続いた。
何の話だろう、凄く気になる。
「ねえ何の話だったの?」
「あ、ああ。隠してもバレるかな。実は明日、生徒会に乗り込むことになってさ、バスケ部と一緒に」
「ええ~っ? 何で、どうして?」
◆ ◆ ◆
翌日教室に入るなり沙耶っちが袖を引っ張る。
「ねえねえ知ってる? 女子バスケ部の話」
「うん、知ってる。どうせ沙耶っちは取材するんでしょ?」
「あ、うん、そうなんだけどさ。なんかこう、取材なんてやりにくいって言うか……」
今日の沙耶っちは歯切れが悪い。
「桜っちのお兄さんって凄いんだね」
「そんなことないよ……」
昨晩の電話の後、お兄ちゃんは簡単にだけど経緯を教えてくれた。
北ヶ丘高の女子バスケ部はふたりしかいない。二年生がふたりだけ。
元々バスケが好きな女子は強豪校である西高に行く。だから北ヶ丘は強くなかった。と言うかハッキリ言って弱小チームだったらしい。でも、去年まではそれなりに部員がいてちゃんと練習して試合もしていたと言う。しかし昨年の秋、ちょっとしたトラブルから退部者が続出、残ったのが今のふたりだと言う。
ふたりだけだと試合も出来ないし、今年の新入生もゼロで顧問もいない。だから規約に則って廃部にするとの通達が生徒会からあったらしい。
「それで生徒会に一年間の猶予を一緒に陳情して欲しいって頼まれてさ」
「どうしてお兄ちゃんが?」
「なんか、この前の卓球部女子のトラブルを上手く収めたからって買いかぶられて……」
「お兄ちゃんには何にも関係ないじゃないの!」
「まあそうだけどさ……」
お兄ちゃんは本当にお人好しだと思う。
「わたしね、桜っちのお兄ちゃんってカッコいいと思う。ホントに……」
目の前の沙耶っちは微かに頬を染めていた。




