第3章 第5話
家に帰るとテレビも点けずに居間のソファに座る。
色んなことがあった。
と言うか、色んなことが分からない。
あのあと、わたしたちは部室に戻った。
部屋では久里須先輩が例の推理小説の創作に精を出し、百代はパソコンでウェブ漫画を読んでいた。結局体育館には来なかったんだ。
そして、戻った理子先輩はブックカバーを付けた文庫本に目を落とす。
わたしは理子先輩の昔のこと、何にも知らない。
理子先輩は小さい頃「にじょうさん」だった。
そしてその頃、お兄ちゃんと知り合いだった。
いや、知り合い以上だったのかも……
「理子先輩、何読んでるんですか?」
もっと知りたい、理子先輩のこと。
「あ、これ? 男心をがっちり掴む99の方法」
「すごいっ!」
と、百代がパソコンから顔を上げ目を輝かせる。
わたしも立ち上がって理子先輩の本を覗き込む。
「ごめんごめん、ウソよ。これよこれ」
「異邦人?」
わたしの呟きに「なあんだ」と興味を失った百代はまたパソコンを覗き込む。
異邦人って人間の不条理を描いたやつだったっけ、恥ずかしながら読んだことない。
「難しいの読んでるんですね、わたしなんかラノベ専門で……」
「難しくなんかないぞ、薄いし。何なら読んでみるか? 貸したげるよ」
そんなことがあって。
今、わたしの手元には一冊の本がある。
年季が入った茶色のブックカバーに収められたその本は何度も読み込まれたのか角が折れたりしている。
きょう、ママンが死んだ、で始まる物語。
主人公の行動はよく理解出来ないな~、なんて思っているとお兄ちゃんが帰ってくる。
「桜子どうした、珍しいな。お菓子も喰わずに本を読んでるなんて」
「それじゃわたしがいつもパクパク何か食べてるみたいじゃない!」
「喰ってるじゃん」
「ふんっ!」
旗色が悪いので華麗にスルーすると、お兄ちゃんは部屋で着替えてまた戻ってくる。
そうしてわたしの前にチョコ菓子を置いて。
「食べていいぞ」
「あ、ありがとう……」
「今日は大変だった」
「お兄ちゃん、少し見直したよ」
「いやいや……」
お兄ちゃんがあの、やり手の生徒会長と互角以上に渡り合えるなんて思ってもみなかった。だけどお兄ちゃんは頭を掻きながら。
「あの後一輪にすっごく怒られた。世能会長にお世辞言うなって。同好会に降格になっても喧嘩すればよかったのにって。なああれ、やっぱカッコ悪かったか?」
「ううん、そんなことない。一輪先輩の言うことも分かるど」
「やっぱり、そうだよな……」
「ところでミーティングってどんな話をしたの?」
「ああ、あの後な……」
結局、卓球部はユニフォームを変更することにしたらしい。勿論自分たちで選んで、だ。候補に挙がっているユニフォームはどれも今よりはお洒落だそうで。
「一輪も「テニスウェアとかよりよほど萌えるじゃん」な~んて言ってさ。彼のこの一言に女子も喰いついてきて……」
「なるほどね、元々あの騒動は誰かさんが一輪先輩の気を惹きたいってのが発端だもんね」
胸がモヤモヤする。
やっぱり中学の時みたいに、いやそれ以上に一輪先輩って人気あるんだ。
「六条院さんなんて髪型の確認までしてたからな、一輪に」
「そう、凄いね!!」
バリバリバリバリ
ポリポリポリポリ
「おい桜子、そんなに喰うなよ」
「いいじゃない!」
ボリボリゴックン
バリバリバリボリ
「おいおいチョコ菓子袋ごと口に放り込むなよ、僕の分がなくなる!」
あ!
お兄ちゃんのお菓子に罪はない……
「まだあるからいいけどさ。で、何読んでるんだ?」
「こ…… んぐんぐ…… ろれあたみうの、んぐんぐ……」
「何言ってるかわからん」
お兄ちゃんはわたしの前から理子先輩の本を手にとる。
シンプルな茶色のブックカバーが掛かったその本を手に取るとパラパラとページをめくるお兄ちゃん。
「カミュか。難しそうなの読んでるな。さすがは文芸部」
「んぐ、ごっくん…… 実はそれ、理子先輩に借りてきたんだ」
「ふうん、神湯さんのか…… ちなみに彼女のことをみんなリコ、リコって呼ぶけど、理子と書いて「さとこ」って読むのが正しいんだよ」
「えっ、うそっ! そんなの知らなかったよ!」
「まあいいさ。誰も気にしないだろうし……」
と、笑いかけたお兄ちゃんの手がピタリと止まった。
驚いたようにじっと本を見入ったお兄ちゃんは、数瞬の後にくちびるを噛んだ。
「これ……」
えっ、何?
わたしはお兄ちゃんの手元を覗き込む。
そのページには古びた栞が挟まれていた。
「ああその押し花の栞ね。すっごい古いでしょ! 一応ラミネートしてるけど四つ葉は完全に茶色になってるし紙も色が変わってるし。可愛い栞あるから使ってって渡したんだけど、ものは大切にしないと、とか言ってさ」
「あ…… ちょっとごめん」
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
お兄ちゃんはソファから立ち上がると部屋を出て行く。
「そうだお兄ちゃん、ひとつ教えて欲しいんだけどさ」
「何だ?」
お兄ちゃんは振り返らず聞き返す。
「あの、お兄ちゃんの緑のマフラーってさ、誰に貰ったの?」
「あれは…… あれは二条さんって子に貰ったんだ」
◆ ◆ ◆
わたしの妄想小説。
そこには、わたしに好意を寄せてくれる異性と、わたしに優しくしてくれる憧れの先輩と、わたしの友達たちと、そうして、わたしの家族が出てくる。
だけど……
自分の部屋でパソコンに向かって続きを考える。
高校生になったらちょっとでいいからキラキラしたい。
楽しい恋がしたい。
わたしの妄想小説、それは絶対ハッピーエンド。
エンディングは見えた、のに。
「はあ~っ」
そこに至るストーリーが見つからない。
どうしよう……
窓を開け遠い星を見つめる。
わたしは一輪先輩が好きだ。
この気持ち、中学時代は誤魔化してきた。
先輩ってばモテるし、わたしなんかよりずっと卓球上手だし、お兄ちゃんの友達だから迂闊なこと出来ないし。
でも、今日はっきり分かった。
だから、そこに至るストーリーを考えなきゃ。
第三章 完
【あとがき】
読んでいただいてありがとうですう。
あなたのミステリーの学園女王、朝賀久里須ですう。
さて、この物語も、やっと行く先が見えてきましたね~。
アタシは誰が誰を好きとかとっくに気がついてましたけどね~。
それはそうと、あたしの推理小説、最近は忘れた頃にブクマが増えるんです。
何かくすぐったいですよね、読んで貰えるって。
自分では自信を持ってアップしたつもりでも、後日読み返すと赤面ものの失敗が大量に発見されたりして~。
ところで皆さんは今、どんな格好で読んでくれてますか?
部屋着? パジャマ? それともブラだけ付けて下半身は生まれたママ?
生まれたママの姿でも、産ませたのはパパとは、これ如何に!
とか、そんなこと考えてると、あたし顔が火照っちゃう。
だから、読んで貰えるって恥ずかしいようで、でもとってもカ・イ・カ・ン!
多分あたしの性感帯は想像力にあるんだわあ!
どうでもいい話はこれくらいにして、次章予告です。
たったふたりの女子バスケ部。
廃部の危機に晒された女子バスケ部を助けるため一肌脱ぐ桜子のお兄ちゃん。
そんな彼に恋をしたのはまさかの……だった!!
次章「バスケの黒子」もぜひお楽しみに!
赤い眼鏡は度数マックスの朝賀久里須でした~




