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第3章 第4話

 放課後のチャイムが鳴ると全速力で二年生のクラスに駆け込んだ。

 理子先輩は確かこのクラス……


 と。


「いらっしゃい、桜子ちゃん!」


 不意に背後から声を掛けられた。


「あっ、よかった! 理子先輩まだいたんですね」

「桜子ちゃんが来るから待ってろって久里須から聞いてたからな」

「そうですか。あの、実は……」


 わたしが話すまでもなく理子先輩も「卓球女子お花畑事件」を知っていた。


「でもどうしてアタシと一緒がいいんだ? アタシがいても何にも出来ないぞ?」

「そりゃこれは文芸部の取材ですから。百代は久里須先輩と一緒に来ますし……」


 久里須先輩とはそんな話になっていた。

 文芸部みんなで見に行こう、きっと面白いから、と。

 それに一輪先輩やお兄ちゃんが困ったらきっと、理子先輩なら助けてくれる、そんな気がするし。


「……久里須の仕業ってわけだな。まあいいわ、行きましょうか」

「はいっ!」


 2年の教室がある本館3階から階段を降りる。そうして文芸部がある部室棟の脇を抜けて体育館へ歩いている途中だった。


「なあ、どうしてバレー部に来ないんだ? 中学の時やってたよな」

「待てよ、彼は陸上に来るっていってんだ! な、そうだよな!」


 数人の運動部男子に囲まれているのは、背が高い赤毛の男子生徒。壁際に追い込まれ困ったように。


「あ、いや、俺はその、漫画研究部に……」

「漫研だとおっ! 中学県大会ベスト4のエースが何いってんだ!」

「待てよ、市の高跳び記録持ってんだろ! 陸上来いよ!」

「あの、だけど、その……」


 わたしの時と同じ状況。ただし今度は男子だけど。


「桜子ちゃん、ちょっと待っててね」


 理子先輩はその方へ歩み寄る。

 そして。


「なあ、優秀な人材をしつこくスカウトするんなら、どうしてアタシには声掛からないんだ?」


 にこにこ笑顔で取り囲む男たちに声を掛ける。


「あっ、神湯御前!」

「これはえっと……」


 さっきまで高圧的に迫っていた野郎どもは理子先輩を見るなりへこへこと頭を下げて雲散霧消していった。残った新入生は理子先輩に何度も何度も頭を下げる。おとなしそうでちょっと可愛らしい顔立ち。


「じゃあな、漫研はそこの部室棟の一階だぞ」


 わたしの時と同じように優しく微笑む理子先輩。

 だけど、わたしの時と少し違う……


「やっぱり理子先輩カッコいいですねっ! なんか痺れちゃいます!」

「ははっ。桜子ちゃんに誉められると嬉しいな」


 あの時は叫ぶように啖呵を切った。

 けど、今日は温厚に、穏便に、最初から笑顔のまま事を終えた。

 相手によって色々変えているのかな……


「で、体育館に着いたわけだが」

「あ、そうですね。えっと、あっちに行きましょう!」


 新聞部の沙耶っちは既に隅で待機中。


「理子先輩、こちら新聞部の山中沙耶さん」


 わたしは沙耶っちにも理子先輩を紹介する。


「光栄ですっ! 神湯御前とお会いできるなんて! 今度是非取材を!」

「いやよ」

「春のせみ救出作戦の裏側とか」

「いや」

「桜子救出の背景とか」

「いやん」

「じゃあ、わたしとキスしてくださいっ!」

「……キスだけでいいの?」

「勿論わたしの全てを献げますっ……」

「いいのね、沙耶ちゃん……」

「ああん、勿論ですっ!」


 何やってんだ、このふたり。

 理子先輩ってこんなノリなんだ。今度わたしもやってみよう……

 などと思っていると卓球部が練習の準備を始める。

 わたしに気がついたお兄ちゃんがこっちにやってきて。


「どうした桜子、今日は何にも起きないぞ」

「えっ、どうしてですか?」


 問い返したのは沙耶っちだった。


「あ、新聞部の山中さん、だったっけ。実はあの命令に一輪は反発したんだけどさ、女子のみんなが部に迷惑掛けちゃいけないって話し合ってくれて。だから今日はみんな体操服で練習するはずだよ、一輪は知らないけど」

「えっ、そうなんですか~っ。ちょっと残念です…… だけど」


 一瞬残念そうだった沙耶っちは、しかしすぐに元気になって。


「じゃあ今日は星乃先輩と一輪先輩の練習風景を取材させてくださいっ!」

「はいっ? そんなのが記事になるの?」

「なりますよ、なるに決まってます! 今やおふたりは我が北ヶ丘理想のカップルなんですからっ!」

「やめて、そんな趣味ないし」


 勝手にカップリングする沙耶っち。

 そんな冗談に軽く愛想笑いで返したお兄ちゃんはちらり理子先輩を見て会釈をする。理子先輩は二,三歩お兄ちゃんに歩み寄ると深々と頭を下げた。


「色々と…… ごめんなさい」


 えっ?

 お兄ちゃんも同じように驚いた顔をする。


「何が……」


 と、その瞬間。


「ちょっと六条院さんっ!!」


 大きな声が響いた。

 その声に女子卓球部の方を見ると、派手なチアの格好をした六条院さんの姿が。

 あれっ? お兄ちゃんの話と違う……


「あっ、あれっ? あれっ……」


 理子先輩に何かを言いかけたお兄ちゃんだけど、すぐに慌てて卓球女子の方へ駆け寄る。


「六条院さん、話し聞いてなかったの?」

「えっ? だって一輪先輩が生徒会の言うことなんか聞かなくていいって……」

「いや、だからあ、あのあと八坂キャプテンがみんなに話したでしょ!」

「ええっ! でも一輪先輩が」


 女子の内紛を困ったように見ているお兄ちゃん。

 一輪先輩も何事かと歩み寄ってきていて。

 そこへ。

 一番来て欲しくない人が現れる。


「あらっ? やはり生徒会に歯向かうのね」


 口の端を少し吊り上げ、体育館のど真ん中を真っ直ぐ横断するのは世能会長。


「歯向かうも何も、こんな事にまで生徒会が口出しするなよっ!」


 世能会長に食って掛かる一輪先輩、カッコいい!

 だけど、相手が悪い。


「昨日言いましたよね、同好会へ降格って。でも、それはあまりに可愛そうだから……」

 世能会長はチア姿の六条院さんを指差して。


「この女を改心させること、それが出来なければ退部させること、ねえ八坂キャプテン」

「あっ、えっ……」


 困った風な女子の八坂キャプテン。

 その瞬間、女子たちの視線は六条院さんに集中した。

 それは明らかに非難の目。

 彼女が改心すればそれでいい、私もそう思う。

 運動部はコスプレの場じゃないし好きな人の気を惹く場でもない。

 全部彼女のスタンドプレーが原因。

 ってか、一輪先輩に近づこうなんて100万光年早いのよっ!


 しかし。


「そんなこと出来るわけない! 同好会へ降格させるんならすればいい!」


 両手を握りしめ彼女をかばったのは一輪先輩。

 今にも世能会長に掴みかからん勢いだ。

 わたしの横に立つ理子先輩も一歩前へと踏み出して……


 と、

 一輪先輩を制しながら、世能会長の前に立ったのはお兄ちゃんだった。


「世能会長にもお立場がありますよね。しかしこれは卓球部の問題。この件は一週間ほど僕に預からせてくれませんか」


 長身のお兄ちゃんは世能会長を真っ直ぐに見据えたまま頭を下げる。

 狼狽したのは世能会長。


「わ、わかりました。星乃くんがそう言うのなら、星乃くんに任せます」

「さすが会長は心が広いですね」

「も、勿論です! 私はいつも星乃くん、いや生徒のためを想ってますから…… あの星乃くん」

「はい?」

「経過とか、結果とかは、ちゃ、ちゃんと報告してくださいねっ」

「あ、はい」


 案外とあっけなく納得した世能会長はそのままお兄ちゃんにぺこり頭を下げて去っていく。

 何だか拍子抜け。

 会長が体育館から出て行って、見えなくなるのを確認したお兄ちゃんは理子先輩の前に立った。


「あ、ありがとう。助かった……」

「アタシは何にも……」

「苗字変わったんだ。色々あったんだ」

「あ、はい……」


 暫しの沈黙を置いて、お兄ちゃんは振り返る。


「ちょっと集まってくれ、臨時のミーティングをしよう!」


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