第2章 第5話
ミーンミンミンミ~ン!
電柱にしがみつき喜々として鳴き叫ぶ童亭捨太郎さん。
翌日の放課後、春の蝉は復活した。
下校する北ヶ丘の生徒は勿論のこと、買い物帰りのおばさま達が呆れ顔で見上げ、友達と遊ぶ小学生らが露骨に指差す。しかし捨太郎さんは嬉しそう。
少し離れたところから様子を伺っていると、慌てたように世能会長がやってきた。隣には校長先生まで引き連れて。
「何をしてるのっ! 蝉は禁止って通達したでしょっ!」
大声で叫ぶ世能会長、しかしそれを待っていた落研部長、童亭柿之助さんが彼女の背後から声を掛ける。
「蝉は禁止? そ~んな話は聞いちゃいませんよ。禁止されたのは「恥ずかしい行為」ですよね?」
「ええそうよ、だから今すぐ止めなさい!」
「何故ですか? 僕らは何にも恥ずかしいことはしちゃいませんぜ? 落研だけに「ばかばかしいこと」はしてますけどね、ぺんぺん」
余裕の態度でにこり笑う柿之助さん。
昨日。
文芸部に戻って作戦会議をしたわたしたちはもう一度落研へ出向いた。
そして練習も一段落していた彼らに向かって理子先輩は言った。
「明日からまた「春の蝉」を堂々とやったらどうだ! さっき童亭捨太郎も言ってたよな、あれは自慢なんだって。蝉は誇らしい行為なんだろ? 生徒会が禁じたのは「恥ずべき行為」だ。春の蝉は恥ずかしくない。だから堂々とやったらどうだ?」
ざわつく落研の連中。
生徒会の貼り紙には「恥ずかしい活動行為」はするな、と書かれていた。
でも、電柱にしがみついて蝉の鳴き真似をするな、とは書かれていない。
理子先輩の言葉の意を理解すると部屋に活気が満ちてくる。
「御前、そのアイディア貰った!」
「ところで柿之助にちょっと話があるんだけど……」
やがて理子先輩は柿之助さんと一緒に近所の老人ホームへと出向いていった。
そうして今。
わたしたちが進言した通り春の蝉を再開した落研。
世能会長が文句を付けてくるのは計算のうちだ。
「そんなの詭弁だわ、言い訳に過ぎないわ。恥ずかしいかどうかはもっと客観的に決めること。常識で考えなさいっ!
「いいえ、常識で考えてこれは北ヶ丘高の誇り、我々の自慢です! それが落研のコモンセンスです!」
「生徒会に歯向かうのねっ!」
ヒステリックな声をあげた世能会長は校長先生に何やら話しかけている。それまで表情を変えず様子を伺っていた校長先生(♂)、世能会長の話に厳しい表情で肯いている。
「安心して百代ちゃん」
わたしの前でソワソワしながら蝉を見つめる百代は、それでも不安顔。
「大丈夫だって。もうすぐわたしたちの切り札が現れる」
理子先輩の言葉に文庫本を握りしめ小さく肯く百代。
と、落研部長の柿之助さんが大きく手を振った。
その視線の先、ゆっくり歩いてくるのは綺麗な白髪の小柄なおじいさん。柿之助さんに小さく手を上げると電柱の下で立ち止まる。
「いやいや、いつも頑張ってるなあ。電柱にしがみつくとか、わしゃもうできんぞ」
突然現れた老紳士に何事ぞ、と、キョトン顔の世能会長と校長先生。
「まだまだ大丈夫ですって、なんならやってみませんか? 僕らが下で支えますから」
「いやいや止めとくよ。それよりも早く行かないと」
「あ、そうですね。校長先生、こちら丘の上老人ホームの山岡さんです。今日校長先生に挨拶に行くお話になっていた……」
「あっ! そうですか。これは見苦しいところをご覧に入れました」
「いやいや、これこそ北ヶ丘の風物詩。わしら年寄りも元気出ますわ。毎年慰問にも来てくれるし北ヶ丘の生徒さんは本当に素晴らしいですなあ」
「日頃そう言う指導をしてますからな! では参りましょうか。君も山岡さんの荷物をお持ちしなさい」
校長先生の言葉におじいさんの荷物を受け取った柿之助さんは、わたし達の方へ向かってウィンクをしながらキッスを投げる。そうしてふたりの後をついて学校へと戻っていった。
残された世能会長は唖然とその後ろ姿を見ている。
何事もなかったように泣き続ける蝉。
わたしたちは理子先輩と一緒に電柱の方へと歩いて行った。
「これは世能会長じゃないですか! どうしたんですか、棄てられた化け猫みたい」
「あっ、神湯っ! まさか、もしかして!」
「世能会長はご存じですか? 落研が毎年春と秋に丘の上老人ホームで寄席を開いているのを。今日はホーム代表の方が校長先生にそのお礼を言いに来るらしいですけど、さっきの方ですかね?」
「わざとらしい…… どうせまた貴女がウラで糸を引いたんでしょ! いつもわたしの邪魔ばかりしてっ!」
「何のことでしょう? 生徒会が出した通達「校外で恥ずかしい行為をしない」キャンペーンは世能会長の実績にしておけばいいんじゃないですか。ただ「春の蝉」はその対象じゃないってだけで」
ワナワナと拳を振るわせていた世能会長は、しかし理子先輩の提案にふっと溜息をついた。
「覚えてらっしゃい。いつか後悔させて上げるからっ!」
低い声で吐き捨てると踵を返し去っていく。すると、それを合図にしたように落研の連中が現れて、鳴き続けていた捨太郎さんも電柱から飛び降りた。
「あっ、よかったねっ! 捨太郎さんっ!」
満開の笑顔を弾けさせた百代、文庫本を片手に小柄な捨太郎さんに歩み寄る……
…… と。
「やったあ~っ!」
百代の目の前で抱き合う捨太郎さんとズボンを穿いた女生徒。
ふたりはすぐに目を合わせると互いに頬を染める。
「あ……」
わたしは百代の手からポトリ落ちた本を拾って。
そうして彼女の肩に手を乗せた。
「じゃあ戻ろうか……」




