第2章 第4話
翌朝、元気印の沙耶っちに昨日の出来事を話してみる。
「春の蝉の話、知ってる? 生徒会に禁止されたちゃったって」
「当然よ、昨日近くの木で鳴いてたでしょ! わたしを誰だと思ってるの? 新聞部ゴシップ担当の沙耶さまよ!」
ない胸を張る彼女。
見比べるとわたしと同じくらいかな。ああ可哀想に……
「だけど、昨日そのことを記事にしようって先輩に掛け合ったんだけど止めとこうって話になったんだ」
「えっ、どうして?」
「生徒会が絡んでるからだって。下手なことしたら予算減らされるって……」
「新聞部も金次第かよっ!」
思わず叫んだけど。
だったら文芸部はどうなってるの、予算。
昨日の様子じゃ理子先輩と世能会長の仲は最悪に見えるし。
「それより桜っち、今日の一時限、小テストでしょ!」
「あっ、忘れてたっ!」
わたしは慌てて教科書を取り出すと睨めっこを始める。
そうして、一日が過ぎていき。
放課後、友達に捕まって長々とお喋りしてから部室にいくと、みんなはもう真剣に討議を始めていた。
「やっぱり「どうてい」って四股名が問題なんじゃないか?」
真剣なのは表情だけだった。
わたしはいきなり突っ込んでしまう。
「「どうてい」じゃなくって「わらべてい」ですよっ! それに四股名って相撲取りの名前ですっ!」
「やあ、これは桜子ちゃん、遅かったな。今みんなで話してたんだ。桜子ちゃんが落研に入ったら四股名は「童亭桜」とか良さそうだなって。「どうていチェリー」って読むんだけど、かわいいだろ?」
「かわいくありませんっ! ってか、理子先輩ったら何の話してるんですかっ! どすこいっ!」
思わず四股踏んじゃった!
「ごめんごめん。冗談だよ。じゃあ行こうか!」
「えっ? 行くってどこへですか?」
その言葉にみんなは立ち上がる。文庫本を片手に持った百代がわたしの肩を軽く叩いて。
「決まってるでしょ落研だよ。桜子が言ったんだろ、何とかしたいってさ」
「そうで~す。問題解決は現場から、これ推理の鉄則ですう!」
理子先輩がドアに鍵を掛けるとみんなで落研がある別館校舎へと歩いて行く。横を歩く金髪ツインテールがわたしの耳元で囁いた。
「さっき桜子が来るまで理子先輩は久里須先輩と真面目に考えてくれてたんだぞ。桜子ちゃんのためも何とかしなきゃなって。そうそう、ついでにカッコいい男がいないかもチェックしてくれるって!!」
親指をグッと突き上げ百代。
世の人の 見付けぬ男や 春の学舎
「……これじゃ字余りだな」
「いや、その前に何故いちいち詠むのよ?」
「前にも言っただろ? 文学少女っぽいからだ」
手に持つ文庫本をわざとわたしにちらつかせ得意満面な百代。しかしわたしは知っている。その可愛いピンクのブックカバーの中身はクイーンズL文庫「シンデレラの恋は炎のように」って本だってこと。文学少女がどうとか言う以前に、未成年読んでいいのそれ?
「それに、背伸びしたいお年頃だしな」
「あ、そうなんだ」
なんか心を読まれた気がする。
と、そうこうしている内に別館二階の奥にある落語研究部に着いた。
理子先輩は躊躇なくノックするとドアを開けた。
中では男女10人ほどが各々壁に向かって正座している。手元には本と扇子、手ぬぐいをおいていて、わたしたちに気付かないらしい5人ほどが壁に向かって喋り続けていた。
「あっ、御前、それと朝賀さん、ってえことは、こりゃあ文芸部の面々だな」
「ご名答だよ、どうてい柿之助」
「どうてい言うなって! って、まいどお約束のボケをありがとう」
にこにこと笑顔で立ち上がったのは部長の柿之助さん。落語というと着物のイメージだけど練習は学生服のままだ。
「で、今日はどんなご用件で?」
「いや、今日は蝉が鳴いてないからちょっと気になって」
「ありがとう。気にしてくれて嬉しいよ」
「まあそれと、うちの新入生がイケメン募集中らしいから、ついでに男捜しも、な」
と、それを聞いた柿之助さんはニヤリ笑うと部屋の中を振り返る。
「お~い、こちらの美女4人衆がイケメンをお探しだそうだぞ~!」
一瞬で玄関にいたわたしたちに注目が集まる。
と、中で座っていた男性6人全員が一斉に手を上げた。
「と言うわけで、うちの連中はみんなイケメンでして。誰がいいでしょ?」
「なあ柿之助、今度うちの部にある国語辞典って本を貸してやるから、イケメンって意味をみんなに教えてやってくれ」
「ひどいなあ御前は。北ヶ丘の男をひとり残らず捨てておいて。本当に罪なお方なんだから」
「いやあれはそう言う意味じゃなくって…… って。それより蝉のことなんだけど……」
春の蝉について聞かれると柿之助さんは自嘲気味な笑いを浮かべる。
「もう諦めようと思ってる。こんなにケチが付いたらもうダメかなって。昨日御前は気にしないよって言ってくれたけど。だけど集まってくれたのは10人ちょっと。やっぱり学内じゃ意味がないって分かったよ」
「俺、悔しいっすっ!」
と、柿之助さんの後ろに立ったのは新入生の童亭捨太郎さんだった。麻色の髪に可愛らしい顔立ち。小柄で小動物を連想させる彼は今にも泣き出さんばかりに。
「俺、春の蝉やってみたくて北ヶ丘の落研に入ったっす。去年偶然に見て凄く感動して。だから念願叶って中学の友達にも自慢しようって思ってたのに、それを恥ずかしい行為だなんて……」
幼顔の彼の涙は思わずわたしの母性本能を直撃した。
「ごめん、辛いことを聞いちゃったな。文化祭での高座、楽しみにしてるよ」
しかし理子先輩は捨太郎さんを慰めると、中に向かって深々と一礼し踵を返した。
「ねえ理子先輩、もう帰るんですか? 落研の皆さんは……」
「これ以上居ても練習の邪魔だよ。それにイケメン6人も見つけたしな、なあ百代ちゃん」
話を振られた百代は……
って、真っ赤になってるっ!
わたしのすぐ横でモジモジしている百代。一体誰を気に入ったというの? もしかして捨太郎さん? ああ言う小動物系が好みとか? 金髪ツインテでハッキリした顔立ちの派手系美少女・百代のイメージに合わないけど。
「桜子ちゃんは誰が好みだったんだ?」
「あ、いえわたしは……」
誰かと言われればわたしも捨太郎さん押しだけど、多分百代がホの字だし。
「それより理子先輩は? あっ、でも理子先輩なら彼氏なんか掃いて捨てるほど居たりして……」
と、突然久里須先輩に肩を叩かれた。
「……」
その話題には触れるなとばかりに首を横に振る。
何だか分からないけど理子先輩も自嘲気味に笑ってるし、わたしはそのまま口をつぐんだ。
やがて。
「ねえ理子、これ見てよ」
「ん…… 新春訪問寄席?」
久里須先輩が一階掲示板の前で立ち止まる。
見るといくつかの掲示物に並んで、各部の予定表が公開されていた。勿論その中には落研も入っている。
「斜め前にある老人ホームで寄席を行うのか。慰問だな」
「聞いた話では~ 毎年の恒例行事だそうですよお~」
「なあ久里須……」
「は~い、やっぱり理子は諦めてないんでしょ~っ じゃ~あ部室に戻って情報をまとめましょうか~」
久里須先輩は理子先輩を見上げると楽しそうにそう言った。




