「状況説明」
都合三度目の意識の浮上。
意識を失う前の出来事で身体を動かすと痛みが走り顔を歪める。
「目覚めたか軟弱者」
二度目と同じ台詞を聞きながら、意識を失う前の事が夢でないならエルヘヴスと名乗る老人を目にした。
「おかげさまで身体は痛いし、気分は最悪だし、お前を殴りたい気持ちでいっぱいで目覚めは悪いがな」
「意識がはっきりしておるなら話の続きといこうか」
理解できない力で殴ることができないならばとせめて悪態を吐くが、あっさりと無視される。
「君には今からある系統の魔術を修めてもらうことになる」
「魔術だって?この世界にはそんのものが存在するのか?」
「当然であろう。先ほど君を吹き飛ばしたのがそうであるし、なによりこの世界に呼び込んだものこそ魔術そのものであろう」
言われてみると確かにそうである。
しかし、異世界からきた俺が魔術など使えるのだろうか?
そんな疑問が顔に出ていたのだろうかエルヘヴスが声をかけてくる。
「君の疑問は察するが、いかに異世界の者であろうがこの世界に来たならば魔術を行使することができるようになる」
「俺が元いた世界に魔術がなかったとしても?」
「然り。現にこうして会話をしているのも君が無意識で魔術を行使しているのに他ならない。でなければ会話などできるはずもなかろう」
思っていたよりも頭の働きは鈍いな、と言うエルヘヴスに更に頭に血が上るのを感じ、落ち着くためにも大きく深呼吸をする。
「魔術を使えることは理解した。けれどもなぜ俺がそんなことをしなければいけない」
「だから先ほどから言うておろうに」
「勇者のために死ねってことだろ?それがわからない。なぜ勇者のために死ななければいけない」
説明がない限り先には進ませないという意思を持ってエルヘヴスの目を睨む。
相変わらず目を合わせると悪寒が走るがそんなことは気にしていられない。
すると、こちらの意思が伝わったのか、それとも面倒を避けるために必要なことと割り切ったのかはわからないが、エルヘヴスのは一度ため息を吐くと説明を始めた。
「よかろう、説明しよう。そのためにはこの国とこの世界の状況説明とその補足が必要になる」
そう言って始まった説明によると、現在この世界には魔王と呼ばれる絶大なる力をもつ者が存在しているとのことだ。
もともとこの世界には大きく分けて、俺のいた世界に存在する人類と同じ姿をした『人族』や、よくファンタジーに存在するエルフやホビットなどをはじめとした『妖精族』、そして姿が『人族』に近いながらも魔物や動物を象った部位があるものを『魔族』として存在しているらしい。
ちなみに魔物というのは動物が突然変異で魔力をもって生まれてきたものや、元から存在しているが魔力はあるけど理性のないもの、理性も魔力もあるがあまりにも存在が隔絶しているものを総称して呼ぶらしい。
魔力というのは読んで字のごとく魔術を使う際に必要な力である。魔術にも種類があるが今は関係ないと割愛された。
少し脱線したが、その魔王というのは『魔族』と魔物を統べるものであるらしい。
なんでも『人族』と『魔族』は長年、領土の奪い合いや宗教を原因としたもので争いが続いていたらしい。
争いは拮抗していたのだが、ある時『人族』が勇者の召喚に成功する。この時召喚に成功した国がエルエラ王国である。
召喚された勇者の力は魔王でさえ歯が立たず、あっという間に形勢は『人族』に傾くことになる。
結局そのまま勇者は魔王を倒し、勇者は『救国の英雄』として祭り上げられ、『人族』は領地を拡大し『魔族』の排斥に成功するわけである。これが100年前の出来事らしい。
魔王を倒した勇者は国民に認められ王女も娶り、このエルエラ王国の国王になって幸せに過ごしました。
……とはいかなかった。
数十年の間は平和に暮らしていたのだが、突然の魔王の復活である。
当然『人族』が黙っている筈もなく、『救国の英雄』であり国王であった勇者も再度の魔王討伐に向かったのだが、あっさりと負けてしまったのである。
勇者の訃報により慌てる『人族』に対して魔王は侵略などをせずに、各国の王を集めた『世界会議』を行うことを提案。
魔王の力におびえる各国の王たちはこの提案にすぐさま飛びつき、話し合いにより争いを解決したのである。
『世界会議』により、魔王領は以前『人族』に奪われたもの取り返し、今後このような争い事が起きないように不可侵協定を結ぶことで一応の決着をつけることになる。
ここまで聞いただけならば、よくできた魔王だな。で終わりなのだが、ここで面白くないのが勇者を倒され国王がいなくなったエルエラ王国である。
いなくなった国王の後釜は、ごたごたはあったが亡き国王の妻である女王が就くことになる。
そこから女王の復讐劇が始まる。
魔王がいる限り表立っての行動はできなかったが、幾度も苦渋を味わい、結果『人族』の各国に勇者召喚の魔法陣を行き渡らせることに成功するのである。
そうして行き渡った魔法陣を使い、エルエラ王国の隣に存在する聖都ハインセイドが今世の勇者召喚に成功したのがつい先日の事であるらしい。
長くなったが、そこでようやく今に至ることになる。
「で、なんで俺が必要になるんだ?」
長い話でついていくのも苦労した俺の第一声がこれである。
正直、話を聞いてもピントはこないし、勇者がいれば俺は必要ないわけだし。
「簡単な話だ。君が勇者の代わりに魔王を倒し、そして新たな魔王として勇者に殺される。そうすれば今世の勇者は死ぬこともなく世界は平和になる」
……理解ができなかった。
この爺さんは何を言ってるのだろうか……?
「いや、まったく意味が分からないんだが?なんで俺が魔王を倒さなければいけない?勇者の仕事だろそれ?」
しかもその後に勇者に殺されるおまけつきである。
あまりに面白すぎて逆に笑えない。
「意味など簡単だ。今世の勇者が魔王に挑んだところで結果は見えてるでの」
「それって、つまり勇者は魔王に勝てないってことか!?」
「然り」
「然りじゃねぇよ!なんでそんなことがお前にわかるんだ!?やってみなきゃわかんねぇだろ!?」
言った突然。この世界に来て一番の悪寒が背中を走った。
目の前にいるエルヘヴスの身体から黒い歪みが立ち上っているように見える。
「私がそうなるように仕組んだからだよ」
そう言ったエルヘヴスの顔は愉悦に歪んでいた。
顔の中心にある目は爛々としながらこの世界のことなど映していないようだ。
「な……んで……そんなこと……を?」
絞り出した声はかすれかすれで相手に届いたかもわからなかったが、続く答えでかろうじて届いていることだけは理解することができた。
「勇者は太陽である。太陽はシンボルなのだよ。そこにあるだけで安心できて幸福感を味わうことができる。そして太陽は存在し続けなければいけない!傷がつくことすら許すことができない!!勇者を傷つけるものがあればこの私が!賢者エルヘヴスが存在すらも無かったように消して見せよう!!!」
そう言って続くエルヘヴスの勇者論は常軌を逸しており、何一つ理解することができなかった。
かろうじて理解することができたものがあるというなら、この老人の勇者という偶像に対する偏愛や妄信、崇拝であろう。
考えている間も演説は続いていた。
「だからこそ太陽を傷つけた魔王を私は許さない!!例えどんな罵詈雑言や世にある全ての苦痛を与えたとしても到底許せない!!!死すらも奴にとっては甘い!!!」
しばらくの間演説は続き、ようやくエルヘヴスが落ち着きを取り戻すと話は戻った。
「考えてもみるがよい。勇者召喚の魔法陣を流したのはどこだと言った?」
「それは……この国。エルエラ王国だって……」
「然り。ならばこの国の筆頭宮廷魔術師は誰といったかな?付け加えて言うならばこの世に数人もいない賢者の称号を賜ったものであるが」
「エル……ヘヴス……。つまりお前だ……」
「然り然り」
笑いが抑えられないといった風に再度顔を歪め、声を弾ませて続ける。
「勇者召喚の魔法陣は、この国に伝わる太古の遺産である。私の知識をもってしても全貌の解明はできなんだ」
だが、とニヤリと笑みを浮かべ続ける。
「一部の解明には成功したのだよ。それによると勇者は召喚されるときに絶大なる力を有するよう魔法陣に設定されておる。言うなれば世界からの祝福をその身一身に受けるのだよ。また、召喚される人物の性質も大きく設定されておる」
例えば、と続けてエルヘヴスが言う。
「正義感が強く、悪に厳しく、人を愛し、人に愛され、それこそ物語りの主人公であるような理想な人物。そういった人物が呼ばれるようにとな」
楽しくて仕方がない、という様にエルヘヴスは話を続けるが、一つ疑問が湧く。
「そんな設定を受けて召喚される勇者がなぜ魔王になんて負けたりすんだ?世界に愛されてるなら負ける筈もないだろう?」
すると、興を削がれたようにトーンダウンしたエルヘヴスが答える。
「それこそ簡単なことだ。魔王もまた召喚された存在だからだ」
「えっ!?勇者召喚の魔法陣はこの国の遺産じゃないのか?」
「元来誰が何のために作ったかもわからもんが存在しておるのだから、まったく別の場所に、別の用途のために同じものや似たようなものが存在していたと不思議ではなかろう」
言われてみれば確かにそうである。
「でも、だからと言って魔王が勇者より強いとは限らないじゃないか?」
「君は何か勘違いしているから言うが、私は勇者と魔王の戦いに興味はない。私が興味を持つのはいかに魔王を嬲り、そして勇者を傷つかせないか、ということだけだ。魔王の強さや勇者の強さなど欠片も興味ない。なぜなら、」
全て君が終わらせればいいのだから。
とエルヘヴスは言った。