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「埃舞う部屋で」

 目が覚めて最初に感じたのは酷い頭痛と倦怠感だった。

 それらを我慢して周囲を見渡してみると、窓が無いことがわかる。このことからここはどこか地下なのかもしれない、それにどうやら俺は部屋の中心に寝ているようであった。 

 何よりこの部屋は異様の一言に尽きる有様だった。

 小学校の教授室並みの広さの部屋に置かれた机と椅子があり、机の上は本や紙で覆い尽くされている。また、多くの本棚とそれを埋め尽くす本の数々、怪しげな薬品が所狭しと置かれている棚、石の壁には訳のわからない記号や図形が書かれている紙が壁面の隙間を埋め尽くしていた。よく見ると俺が寝ている床にも模様が描かれていた。そして、何より目を引くのが一つの肖像画であった。勇ましい格好の男性が描かれているその肖像画は明らかに高価であることが一目で分かる。それだけでは問題はないのだが、奇妙なことにその男性の顔は黒く塗りつぶされており個人を特定することができなくなっていた。

 肖像画の持ち主はこの人物に恨みでもあるのかと思ったとき、部屋の唯一の扉から一人の老人が姿を現した。

 その老人を目にした時、ぞくりと背中を悪寒が駆け抜けた。

 顔立ちは平凡だが年の功を感じさせるような皺が深く刻まれており、顎には長くて立派な髭が蓄えられている。身体つきはローブを着ているせいで判断しづらいがこれもまた平凡そうに見えた。そしてその手には老人の身の丈もある杖が握られており、その先端についてる成人男性の拳ほどもある黒い球が時折鈍く光っている。 

 杖を持ちローブを着た老人、これではまるで物語に登場する魔法使いではないか。

 魔法使い、そう考えるとこの部屋にも納得がいくのではないか。などと考えた瞬間、いまだ続く頭痛のする頭で様々な疑問が湧きあがってきた。

 ここはどこなのか、何が起きたのか、そして先ほどから感じる悪寒の元凶であるこの老人はいったい何者なのか。混乱する思考と焦燥による汗が止まらず、老人から目を離すことができなくなっていた。

 時間にしておよそ一、二分ほど老人を見ていただろうか。

「ふむ……。目覚めておったか。ならば術式は成功であったか」

 そう言って自分を見つめ返す老人が話し始めた。と、同時に悪寒が強くなる。

「突然のことで混乱しているだろうが落ち着いて聞いてほしい。君は私の術によりこの世界に召喚された」

 かつん、と杖が床にたたかれる音が聞こえた。


 ……召喚?

 ……意味が分からない。


 さらなる混乱に陥り呆けて口を開けている俺を無視して老人は喋り続ける。

「この世界の名前はアゼリース。そしてここはアゼリースに存在する国の一つエルエラ王国である」

 かつん、とまた杖が音をたてる。


 ……アゼリース?エルエラ?

 この人は何を言っているんだ?

 何が起きているんだ……?


「単刀直入に言う。君には私の為に、何より『勇者』の為に死んでもらう」


 老人はそう言うとニヤリと笑った。

 かつん、かつんと二度杖が音を立て先端の球は怪しく光る。


 混乱の極みにいながらいくつか理解することができた。

 悪寒の理由は老人の目が俺を実験動物としてみていること。

 おそらく俺の命などどうでもいいと思っているのだろう。

 

 そして俺は目の前にいるこいつは敵だということを理解し、確信した。

 

 

 それと同時に俺は意識を手放した。



 ---



 次に目を覚ました時は最初の目覚めに比べれば幾分かましであった。

 相変わらず頭痛と倦怠感はあるもの先ほどより楽になっている。

 できれば硬い床ではなくベッドか、柔らかい場所で目を覚ましたかったが。

 部屋も体調も現状維持、ならば目の前にいる老人も現状維持なのだろう。


「ようやく目を覚ましたか軟弱者よ」


 この部屋唯一の椅子に座った老人が今まで見ていた書物から目を離してその視線を俺に向けてきた。


 同時に再び湧き上がる悪寒に耐えながら大きく深呼吸して息を落ち着かせて口を開く。


「たちの悪い冗談なら今すぐ俺を解放してくれ。こう見えて俺も忙しい身なんだよ」


 老人はふむ、とひと言挟み、


「悪いが冗談ではないし、解放するつもりは毛頭ない。いった筈であろう?君には死んでもらうと」


 召喚の際の言語魔法はうまく作用しているな、と頷きながら続けて話す老人を無視する。


「いきなり異世界に召喚されましたと言われて誰が信じる。おまけに理由は死んでもらうためときた。まともな頭を持っている奴ならたちの悪い冗談にしか聞こえない、もう少しまともな説明があってもいいだろう。」


「君の言うことにも一理あろう」


 鬚を触りながらうんうん頷く老人を見てようやくまともな説明が期待できるかもしれないと思った。

 夢でも幻でも冗談でも現実でも説明がなければ先には進めない。

 そう思った俺がため息を吐くと同時に老人から、だが、と言葉がでるのは同時だった。


「それは君の都合であり、私には一切慮る必要がない。君はただの私の駒である。重要なのは駒が駒であると認識していることである。そのほかの事は二の次だ」

 かつん、と手に持った杖がまた音をたてた。


 あまりのことに一瞬理解が追い付かなかった。

 が、話はまだ続く。


「もちろん、現状を認識させることは必要な時もあると理解している。だからこそ先ほど説明したではないか、ここはアゼリースと呼ばれる世界であり、その世界に存在する国の一つであるエルエラ王国であるとな。そして君を召喚した理由は勇者の為に死んでもらうことだと」


 まるでこれ以上何が必要なのかがわからないといった風な顔を老人はしていた。

 人権無視もいいとこである。仮にこの老人が言っていることが本当でここが異世界だとしても、現代社会の日本に平々凡々と住んでいた俺からは到底受け入れられない話だ。頭に血が上るのが自分でもわかり、そのまま言葉をぶつけるために口を開いた。

 

「ふざけるな!!何が駒だ!!勝手に呼び出しておいてその言い種はなんだ!?俺の人生は、家族は、友人はどうなる!?俺はお前に駒扱いされるために生きてきたわけじゃない!!」


 そう言うと老人の胸ぐらをつかむために立ち上がった。

 立ち上がった時に一瞬眩暈がしたが、なんとかやり過ごしそのまま老人のいる方に向かう。

 老人の座る椅子まではそれほど距離が無く、五歩もあればその顔に拳をお見舞いすることができるはずだった。


「君は無駄なことが好きなようだな」


 老人がため息を吐きながら何かを言ったが関係はなかった。

 ただただこいつを殴る、それしか考えられなかった。

 ローブの胸ぐらをつかみ拳を振り上げるのと、老人が持つ杖の先端にある黒い球が光るのは同時だった。

 

 最初にとてつもない衝撃。次に背中を襲う激痛。頭上から降り注ぐ本の重み。

 理解などできる筈もなかった。

 埃が舞う部屋の中老人が口を開いた。


「そうだ忘れていた。自己紹介をしていなかったな」


 激痛にまた意識を手放しそうになりながら耳からは情報が伝わってくる。


「私の名前はエルヘヴス。エルヘヴス・ランドグルフ。エルエラ王国の筆頭宮廷魔術師であり、賢者の称号をもつ者である」

 かつんかつん、と杖をならし、どうでもよさそうに語りかけてくる。


「君が死ぬまでの短い時間だが、せいぜい仲良くしようではないか。藤堂あきら君」


 なぜ俺の名前を知っているのか、さっきの衝撃は何だったのか。思考はさまようが答えは出ずに俺はこの世界に来て二度目の意識を手放した。

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