うろな町長の長い一日 その十四 河川敷の怪人編
自称宇宙人と腐れ浪人という、ものの見事にどうしようもない連中を、快く受け入れてくださったシュウさんに、今一度厚く御礼申し上げます。
夕焼けを眺めていると、不意に冷たい風が川の方から吹いてきて、秋原さんが少し身を縮めるのが目に入った。
先月に比べれば、大分日も長くなったとはいえ、この時期はまだ肌寒い夜も多い。何時の間にか人気もなくなっているし、少し場所を移した方が良いかもしれないな。
漠然とそんなことを考え、声をかけようと口を開いた。
「秋原さ……」
「町長、あれは」
はっとして顔を見合わせた後、どちらからともなく恥ずかしげな笑みがこみ上げてくる。何度か互いに譲り合った後、秋原さんから話し出すことになった。
「下らないことですけど、あのあたりの川辺で光る物を見たような気がして」
基本綺麗に保たれているが、それでも川辺には、時たまゴミが流れ着くことがある。
空き缶なんかがその代表格だが、中には釣り針とかの、踏んでしまうと危ないものも混じっていて、この辺りを歩くときには、そういったゴミを極力拾うようにしている。
とはいえ、ゴミ自体落ちているのはごくごく稀で、大抵は手ぶらで帰路に就くことが多いのだけれど。
「分かりました。ちょっと拾ってきます」
秋原さんが指したあたりまで来ると、目的の物はすぐに見つかった。
どうやらヘルメットのようだが、なにやらごてごてと妙な装飾がくっついていて、いまいち用途がはっきりとしない。
どうでしたか、と後を追ってきた秋原さんに見せても、首をひねるばかりだ。
「不法投棄、なのかなあ。ヘルメットってその辺に捨てるものかな」
「そもそも、本当にヘルメットなんでしょうか」
「でも、それ以外の用途がまるで思いつかないし……」
そう言いながら、裏側を見ようとそれを高く持ち上げたところで、ふと近くに人の立つ気配がした。
何気なく振り返ってみて、危うく肝をつぶしかけた。
なんというか、妙な人が立っている。
だぼだぼのパーカーから伸びている手は奇妙に細長く、ぞっとするほど白いのと相まって、ひどくアンバランスな印象を持たせる。フードを深く被っているから、表情はわからないけれど、身振りや雰囲気からして、なんだか興奮しているみたいだ。
「おお、こんなところまで流れ着いていたとは」
しっかり持っていたはずのヘルメットは、何時の間にか彼の手に握られている。
「これを探すために川まで歩いてこれを探しに歩いて川を探してこれを歩いてきたので、見つかってよかった」
俺がまだ彼の言葉の半分も理解していないうちに、素早くこちらへ振り向くと、
「第一発見者は貴公かね」
「え、ええ」
そう答えた途端、ぐうっと口角が上がって、目が細くなり、何かまずかったのかと思わず身構えたが、よくよく見るとそれは、ただ単に笑っただけのようだった。
失礼ながら、こんなに笑顔の似合わない人も、なかなかいないと思う。
「うむ、よくもやりやがった。貴君のおかげでやみくもに助かったので、どうもありがとうございました」
こいつはおいどんの手持ちの道具の中でも、ひどく重要なものでしてな、と奇妙な抑揚をつけて、なおも彼は喋り続ける。
「だってのにあの阿呆め。夢も希望も昨日に捨ててきたついでに、こいつまで窓から投げ出しやがりるとは。日中は大学とやらに行ってて暇だし、探しに出ればこの始末とくる」
段々と愚痴へ移行する彼の話を止めるべく、口を開きかける。
「あの」
「おお、そうだ。お礼参りのことをうっかり忘れていた」
唐突に出てきた不穏な言葉に、再び身構えると、彼は笑いながら、腰にぶら下げている奇妙な装置を手に取った。
あのヘルメットもなかなかに胡散臭かったけれど、これはその更に上をゆく怪しさを放っている。
銃のような形をしているものの、材質もディテールも、一昔前のB級SF映画さながらの安っぽさで、引き金を引いたら光線が飛び出しそうだ。
「さあて、ご用とお急ぎでない方は目にもの見せてやろう」
言うが早いか、不気味な構えを取ると、彼は川に銃口らしい部分を向け、躊躇いなく引き金を引いた。
先の方がぴかぴかと二回光ると、装置は何の反応も示さなくなった。
そのまま十秒ほどが過ぎ、俺はゆっくりと秋原さんの方に振り返る。首を横に振ったのを確認すると、この場からお暇すべく、今度こそ最後まで言い切ろう、と気合を入れてから、奇妙なポーズのまま固まっている彼に近づいた。
「その、お気持ちはありがたいんですが……」
だが結局、その言葉もそこで終わってしまった。
突如、川の中ほどから、とてつもない勢いで水が吹き上がりだした。咄嗟に秋原さんを庇ったが、海ちゃんの時とは違い、今度はその必要がなかったみたいだ。
水は霧状になっていて、上空をゆっくりと漂い、そこに大きな虹を作っていた。
再び呆然とするこちらを尻目に、彼は「ふはは」と特撮の悪役のような高笑いをあげて、
「ご覧じられましたかね、あの虹の野郎めを。この重点特化型赤外線照射銃は、照射地点の温度を毎秒……」
しかし、彼の説明もまた、最後まで聞くことはかなわなかった。不意に後ろから伸びてきた手が、彼の口を塞いでしまったのである。
彼を黙らせたのは、大学生くらいの男で、何処に隠し持っていたのか、縄跳びの紐を使って、目にもとまらぬ早業で彼を縛り上げてしまった。手つきからすると、大分慣れているようだ。
口を塞いだままこちらに向き直ると、一瞬彼は驚いたような顔をした。
なんとなく見覚えがあるような、とこちらが考えていると、唐突に彼は「科学」と叫んだ。
「そう、今のは非常に科学的な実験でして、川の中に、ええと、噴水のような装置が置いてあって、だから今の光線銃みたいなのは、あー、演技です。それっぽさを出すための!」
はた目から見ていても、可哀想になってくるほどの狼狽えぶりだ。十中八九嘘だろう。
そんな俺の表情を読み取ったのか、彼はしどろもどろになって「つまり公園の噴水と同じような仕組みで」と説明し始める。
しかしというか、やはりというか、彼の説明も最後まで聞くことはできなかった。次に現れたのは小学生くらいの女の子で、横からやってくると、恐ろしく迫力のある声で「伸太郎さん、院部さん」と言った。
たったの二言だけで、二人は完全に震え上がってしまった。
「せっかく町長さんと秋原さんが良い雰囲気になっていたのに、どうしてそれを邪魔するようなことをするんですかっ!」
凄まじい勢いで二人を叱り飛ばすと、彼女はくるりとこちらに振り向き、今度は深々とお辞儀をした。
「このたびはうちの伸太郎さんと院部さんが多大なご迷惑をおかけしてしまったみたいで……本当にごめんなさい!」
顔を上げるが早いか、再びぱっと振り返り、
「さあ、アパートに戻ったら、分かってますね」
騒ぎ立てる二人を追い立てるようにして、彼女たちが町の方へ歩いて行くのを、俺と秋原さんは呆然と見つめていた。
「今のはいったい、なんだったんだろう」
ややあって、どちらからともなく、ぽつりとそう呟いた。
頭上には、まだ虹がかかったままだ。
そろそろ日も暮れてきました。
次は19:00から、蓮城さんの作品になります。
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