彼女が何か知ってるっぽい
ガチャリ。
玄関が開いた。
七海には合鍵を渡してあるので、七海だろう。
「ただいま。」
一緒に住んでるわけではないが、七海はいつもここに来るたびそう言う。だから俺は、
「おかえり。」
と、返す。
どうやら、その“おかえり”を聞きたいらしい。
「あれ?もう、仕事してていいの?」
「うん。ちょっと溜まっちゃったから。」
ディスプレイから目を離さず、キーボードを叩く。
「ヒロヤ、ごはんは?」
そういえば、プッチンするプリン食べただけだ。どおりで腹が空いているわけだ。
「プリンは、食ったよ?ポカリも飲んだ。」
「それだけ?」
「うん。」
「ダメじゃん。」
そうですね。
「食欲は?」
「ある。」
「じゃあ、何か作るね。何でも良い?」
「うん。」
ありがたい。
彼女はそう言うと、いったんクローゼットを開け、素早く部屋着に着替えると、キッチンに立った。がさごそとエコバックを漁っている所を見ると、はじめから食事を作るためにスーパーに寄って来ていたらしい。
うん。ありがたい。
トントンと包丁で何かが切られ、ぐつぐつと鍋で何かが煮られる中、俺はキーボードを叩き続けながら考えた。
さて、何をどう切り出そう。波留の事。
そんな俺の心など知る由もないはずだが、
「ハルさんって、ヒロヤの知り合いだよね?」
何ということでしょう。驚きの展開です。
驚き過ぎてキーボードを叩くのも忘れ、ただ、呆然と彼女を見た。そうしたら彼女も俺を見ていた。何の返答も出来ない俺の様子から彼女は何かを察知して、
「うん。」
一つ頷くと、
「まあ、良いか。その話はごはん食べてからにしよ。」
何事もなかったかのように、調理に戻った。
ええと、良くないよ?
俺、心底驚いているんだよ?
もう、仕事どころじゃないよ?
飯なんてどうでもいいから、その話今すぐ詳しく教えてくんない?
いや、でも、折角作ってくれてるんだし、飯はどうでもよくないね。
うん。
飯がどうでもいいなんて言ったら、死んだばあちゃんに怒られる。
何はともあれ、これで袋小路の現状が大きく動き出すことだろう。
そんな予感に中途半端な仕事に保存を掛け、パソコンの電源を落とし、彼女が料理を終えるのを静かに待った。