目覚めてはみたものの
目が覚めた。いつもの見慣れた俺の部屋。
どうやら相当眠っていたらしい。
睡眠薬が良く効いてくれたおかげだろう。
風邪薬も効いたらしく、熱も下がっているようだし、鼻も通る。
それに何より、ここ数日悩まされたあの嫌な感覚がない。
頭の中がはっきりとしている。
しっかりと睡眠が取れ、
付き纏っていたストーカーの正体が昔の彼女の幽霊だと分かったからだろうか。
だとすれば、俺も案外単純に出来ているようだ。
それだけでは何の解決にもなってないというのに。
まあ、良いや。考える時間はいくらでもある。
今は、この凄まじい尿意を処理する方が先決だ。
節々の痛む身体を何とか起き上がらせ、よたよたとトイレへ。
便器の蓋を上げ、肩幅より心持ち足を広げて踏ん張り、勢い良く小便を垂れる。
俺は常日頃から、座って小便などしない。(どうでもよい。)
男に生まれたからには、座って用を足して良いのは大の時だけだ。(どうでもよい。)
しかしながら、黄色を通り越し茶色っぽく見える小便に一抹の不安を覚えなくもない。
大丈夫か?俺。(心底、どうでもよい。)
久方振りに気持ちの良い用を済ませ、水を飲もうと冷蔵庫に手をかけて、
その貼り紙に気付いた。
“ポカリとプリン
買ってきたから
食べてね。
七海”
そういえば、病院から帰ってきて、薬飲んでそのまま寝た筈が、
デコには冷えピタが貼られ、服は寝間着に替えられている。
愛い奴め。
きっと、
(浩哉の彼女の本領発揮!)
とばかりに張り切って、甲斐甲斐しく看病してくれたのだろう。
もう一度言おう。愛い奴め。
声にも出しておこう。
「愛い奴め。」(ワードを気に入っただけです。)
折角なので、500mlペットのポカリとプッチンするプリンをプッチンせずに頂こう。
そして、今後について、考察するのだ。
結論から言おう。
ポカリとプリンはあまり相性がよろしくない。これならゼリーの方が良かった気がする。
そういえば、小さい頃は風邪ひくと必ず、母が桃のゼリーを作ってくれたもんだった。
しかし、どうすれば良いか。
波留は死に、生き返る可能性がある。
その可能性は高くなく、むしろ低い。ほぼゼロに近いと言っていた。
俺の中の常識として、死んだ者は生き返らない。それは今も変わらない。
しかし、彼女が生き返るために、俺が何かをしなければならない。
それが何かは、分からない。
それに俺自身、どうしても彼女には生き返ってほしいと思っていない。
これが高校時代の俺なら、どんなに面倒くさくても、彼女には生きていてほしいと全力を尽くしたことだろう。
当時の俺にとって、それほど彼女が特別だったのは思い出せた。
それは甘酸っぱく、中々に良い想い出だ。
しかし、今の俺には七海がいる。
改めて話したことはないが、彼女とは結婚も視野に入れている。
そんな彼氏が、昔の彼女の生死に関わると突然言われ、七海は何と思うだろう。
彼女は優しいから、口では絶対に言わないだろうが、あまり気持ちの良いものではないだろう。
だからといって、見過ごすこともできそうもない。
三年前、兄が過労であっけなく逝った時の母や父の落胆ぶりは良く憶えているのだ。
母は一も二もなく荒れた。泣き、喚き、葬儀にやって来た兄の上司に当たり散らした。
「返してください。あの子を私に還してください。」
平身低頭謝り続ける上司に対し、怒りを、感情をぶちまけた。
行き場のない怒りを吐き出し、その後、放心状態となった。
それに対し、父は比較的冷静に映った。
怒りを顕わにすることもなく、滞りなく淡々と葬儀を済ませた。
そんな父の姿にも母は怒りをぶつけていたが、動じることもなく宥めていた。
そんな父の本心を垣間見たのは、
焼かれた兄のお骨を徐に手に取り、そして、それを食べた時だった。
表情に何の感情も乗せず、ただ、骨を食ったのだ。
俺は、その光景を信じられない思いで目の当たりにし、そして、悟った。
父の深い、深い哀しみを。
大切な人が死ぬということはそういうことだ。
それを俺は知っている。知っているから見過ごすこともできない。
でも、だからといって、どうすればいい?
波留ともう一度話す必要がある。
現状では、何の手掛かりもなく、堂々巡りで考えが纏まらない。
しかし、その方法さえ分からない。
めんどくせえ。