世界の狭間の彼女と俺
「まあ、大体、理解できないけど分かった。」
「あれ?分かっちゃった?」
「うん。百聞は一見に如かずってのが。」
俺の答えを聞いた彼女は
「えへへ。」
と、笑った。
その笑顔は当時と変わらず、可愛かった。
ああ、俺はこの笑顔に弱かったよな。うん。
ちょっと抜けてるハルの全てを帳消しにする笑顔。
誰からも愛される笑顔のハルを彼女にできて、当時の俺は心底嬉しかった。
しかしそれは、若かりし日の良い想い出。
それ以上でも以下でもない。
彼女が生き返るのなら、何でもしてやろう。
って、気にはどうにもなれない。なんでだろう?俺は薄情者なのだろうか?
俺の気持ちを知ってか知らず、
「ヒロヤ、さん。どうかあたしを生き返らせてください。」
彼女がぺこりと頭を下げた。
「え?めんどい。」
は!いかん。つい本音が漏れてしまった。これではただの薄情者だ。
「変わってないね!」
はじけんばかりの笑顔の彼女。
うん。予想外。けど、可愛いなぁ。おい。
「ヒロヤは相変わらず、めんどロヤんだね。うん。うん。」
めちゃくちゃ頷かれてるんだけど、めんどロヤんって、何?
「昔もね、ヒロヤの“めんどい”はたくさん聞いた。だけど、そうやって言ってても何だかんだ、いつもあたしを助けてくれた。だから何か安心した。」
心底安心したように、胸を撫で下ろす波留。
彼女の言葉を受け、なぜか急に昔を思い出した。
高校時代の俺は確かに「めんどい。」が、口癖だった。
三つ違いの優秀な兄。
彼は頭の回転が非常に速く、どこをとっても敵わなかった。
兄に小馬鹿にされ続ける日々。
そして、幼い俺のちっぽけなプライドはそれを良しとしなかった。
結果、大きすぎる兄の背中を追い、追い越そうと要領を覚えた。
覚えた要領は、同学年の少年たちを寄せ付けない武器になった。
大人たちに贔屓され、子どもたちにやっかまれ、
そんな子どもたちを見下して大きくなった。
今思えば、鼻持ちならないガキの代表だった。
中学まではそれで良かった。
一年のころから生徒会に入り、三年になると生徒会長を任された。
兄も生徒会長だったから、自分もやって当然だと疑いすらしなかった。
風向きが変わり始めたのは高校生になってから。
兄が通ったからという理由だけで、県下でも有数の進学校に進学した。
兄はそこでもトップを独走し続けたが、俺はそこで躓いた。
それはそうだろう。
少なくても兄は自分の将来に明確な目標を持って突き進んでいたのに対し、
兄と比べられ兄に馬鹿にされたくない一心でいた俺とではモチベーションに雲泥の差があった。
学区が決められ色んな学力の人間が集まる中学までと違い、学力が同程度の者が集まる高校では、その、将来に対するモチベーションが大きな差となり現れる。
兄という目先の目標に捉われ過ぎていた俺を尻目に、己の将来に目標を持った同級生たちはどんどんと先に行ってしまう。
幸い、勉強に付いていけないことはなかったが、
自分の将来に向き合おうとすればするほど、
己がちっぽけに感じられ、全てがどうでも良くなった。
そんな自分が面倒くさくて堪らなかった。
波留と知り合ったのはそのころだ。
中学の二つ後輩の波留の事は可愛いと評判だったから、
中学時代も知ってはいたが、特にこれといった接点はなく、中学を卒業すると同時に忘れるともなく忘れていた。
そんなある日、同じ生徒会だった後輩の何人かが俺の通う高校へ進学したいと相談してきた。
めんどくせえとは思いつつも、多分に見栄も手伝って、そういうことならと近くのファミレスで待ち合わせ、勉強を見てやることになったのだ。
その中の一人に波留がいた。
彼女は評判通りに可愛くて、その他大勢が喋るのに夢中になり脱線しがちな勉強会にあって、一人黙々と勉強を続ける彼女の姿は健気といおうか何といおうか、俺の中でもの凄く好印象に映った。
何度かそんな勉強会が開かれ、次第に彼女に惹かれて行った俺は、思い切って彼女を夏祭りに誘った。
神社の鳥居の前で待ち合わせ。
待ち合わせの時間より少し早く着いた俺は、
浴衣姿で急いできた彼女に「ごめんなさい。」と、謝られ
「気にすんなよ。」なんて言って、
内心、彼女の可愛さにガッツポーズをした。
賑やかな露店を見て回り、人混みを理由に彼女の手を握った。
暑さのせいか、緊張のせいか、俺の手はぐっしょり汗を掻いていた。
粗方露店を見終わって、彼女はリンゴ飴、俺は焼きそばのパックを片手に人気のない神社の裏手に進んだ。
そんな俺に嫌がる様子もなく彼女は付いてきてくれた。
大きな岩に二人して腰を降ろしてからも、何か話さなければと焦る俺に、彼女は俯いたまま寄り添ってくれた。
甘酸っぱい沈黙が流れ、
俺はちらちらと彼女を盗み見ることしか出来ず、
焦りばかりが募った。
その内に大きな音とともに夜空に大輪の花火が舞った。
爆音に驚いて夜空を見上げた。
二人で大輪の花火に見惚れ、彼女が「きれい。」と呟いた。
俺は、花火に照らし出された彼女の横顔の方が綺麗だと思った。
その瞬間、自然と彼女に告白できた。
「好きです。付き合ってください。」
お互い目も合わせられず、二人で花火を見上げながら、
「はい。」爆音に掻き消されそうになる彼女の返事が耳に届いた。
思い出した。あの瞬間から、確かに二人は、お互いがお互いに特別だった。
だけど、今は?
自然消滅的に別れてから、何年になる?
どう取り繕ってみても、今の俺にとって、波留が特別な存在には成り得ない。
当時の彼女と同じくらい好きな女性が既にいる。
現時点で彼女の方が、波留より特別な存在だ。
「で、結局俺は何をすれば良い?」
「わかんない。」