夢に出てきた
病院から帰って薬を飲んで、敷きっぱなしの布団に横になる。
睡眠薬が効いたのか、俺は直ぐに眠りに落ちた。それでもって、夢を見た。
ああ、これは夢だ。と、はっきりとわかる珍しい夢。
その証拠に風邪でしんどかった体調が嘘のように軽い。
どこまでも広がる真っ白な空間の中、俺は一人佇んでいる。
そんな夢の中でも、誰かに付き纏われている感覚が消えない。
むしろ、視線が強くなったような気さえする。
取り敢えず、三百六十度見渡してみたが、何も目に映らない。どこまでも、どこまでも真っ白な空間が広がるだけだ。
「ヒロヤ、上。」
聞き覚えのある声に呼びかけられて見上げると、そこに、いた。
俺の遥か上空、黒い点くらいにしか認識できない距離に人が一人浮かんでいる。
俺は妙に納得した。
今まで感じていた気配はこいつのものだった。と。
数年前に別れた彼女、城崎波留の仕業だったと。
彼女はすぅーっと近付いてきた。そしてふわりと俺の前に着地した。百七十二センチの俺と、百五十八センチの彼女。
その差十四センチを感じない。
俺と彼女の顔はほぼ同位置にある。ここは夢の中だから、きっと何でもありなのだろう。
それほど驚いていない俺に逆に驚きつつ、俺は遠慮なく彼女を観察した。
記憶の中にある高校時代の彼女より、若干年を重ねて見える。
髪はもっとショートだった。
眉に掛かるかどうかの位置に真っすぐ切り揃えられた前髪に、肩まで届かない髪。
パタパタと走る度にふわふわと舞う髪が当時の俺は好きだった。
色の黒さに変化はないが、今では肩よりも伸びている。
前髪も伸び、ピンで留められている。
女は髪型が違うだけで、印象もかなり変るもんだなと思いつつ、
いや、目元や鼻筋、唇、頬、顎といった顔の全てのパーツに幼さがなくなっている。
一番変わったのは髪型だが、それぞれのパーツも離れていた年月を感じさせた。
「久しぶり。」
彼女は言った。
「うん。」
俺が応えた。
「…………。」
沈黙が流れる。
「お前、死んだの?」
病院での先生とのやり取りを思い出し、聞いてみた。
「うん。」
案外あっさり肯いた。やっぱりか。
離れていた数年、彼女に何があったのかは分からない。
高校を卒業し、地元を離れ大学に進学した俺は、二つ下の彼女とは物理的に距離が出来、最初はそれでも連絡を取り合ったりしたけれど、いつしか自然消滅的に別れていた。
彼女が嫌いになったわけではなかったが、彼女くらい好きになれる女性は俺の周りに幾らでもいた。
だったら、遠く離れた彼女より、近くで触れ合える彼女が良い。
いい加減な俺はそれで良しと思ったし、実際そうして彼女を忘れるでもなく忘れていた。
しかし、彼女は化けて出た。それほど彼女の中で俺の存在は大きかったってことだろう。霊となって俺に憑くほど。
「あのね、あたし死んだんだ。」
彼女はそういうと少しはにかんだ。
(きっとこう続くんだ。「ヒロヤに会いたくて化けて出ちゃったよ。」と。)
「なんかね、ヒロヤに会えば生き返られるみたいなんだ。」
(ん?)
「死んじゃったとき、神様?みたいな人があたしに言ったんだ…。」
彼女が語ったその話は、俺の思惑とは大きく違った。