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取り憑かれた可能性有

 この頃、誰かに付き纏われているように感じる。

 

 感じるだけなのに、付き纏われているというのもおかしな表現だけど、俺の数少ない語彙ではそうとしか言いようがない。


 視線や気配を感じるのだけれど、それが誰なのか一向に分からない。

 薄気味悪いこの感覚に四六時中付き纏われ、安眠さえも妨害される。

 

 寝不足の片頭痛を抱え、急成長を続ける隈を鏡で見る度、憤りを覚えるが、それをぶつける相手も分からないので、気分は滅入るばかりである。


 ストーカーを受ける女性の気持ちがほんの少し分かった気がする。

 得体の知れない何かに付き纏われるのは、心底気持ちが悪く、心の休まる暇がない。

 

 人は一人で生きて行かれないことくらい百も承知だが、独りになれる時間の重要性をこうなってみて初めて知った。


 今はまだ春。寝汗を掻くほど暑くもないはずなのに、ここ数日、起きれば常にぐっしょりしている。

 

 冷やりとする朝の空気の中で汗に濡れた体は真冬のように直ぐに冷え切る。盛大なくしゃみを連発し、いよいよ俺もどうかしたらしいと病院へ行く決意をした。


 近くの内科に受診した。平日だというのに、年寄りから子どもまで老若男女が待合室でぐったりとしている光景は一種異様にも見受けられるが、これがここの日常なのだろう。

 

 マスクで口元を隠した受付のお姉さんたちは淡々と、自分の仕事をこなしている。


「中丸さん。中丸浩哉さん。」


自分の名前が呼ばれたので、目元バッチリメイクのお姉さんの元へ、


「今日は、どうなさいましたか。」


「なんか、昨日から微熱と、後、鼻水が止まらなくて。」


「でしたら、こちらで体温を計って問診票にご記入ください。」


「あ、はい。」


体温計と問診票を渡された。


(結局自分で書くなら最初の質問いらなくない?)

思ったけど、言わなかった。


(どうもなければ、そもそも来ないし。)

思ったけど、言わなかった。俺は、偉い。


 三十七度二分。普段よりほんの少し熱があるだけでこんなにもだるいものだっけ。

 

 風邪なんて久しぶりすぎて忘れている。

 

 仕事柄キーボードばかり叩いてきたことやダルさも手伝ってか、自分の名前を記入するだけでくたびれる。

 

 想像以上に下手くそな文字で何とか全ての項目を埋め、やっとのことで、受け付けに提出。


「それでは、もう少しお待ちください。」


マスク美人に言われ待合の椅子に戻ったが、なんだかどっと疲れている。


 しかし、こんな時でもお姉さんのマスクの下の素顔に思いを馳せるのだから、男とは厄介な生き物である。あのマスクを外しても果たして美人なのだろうか。


 どうでも良いことを考えてみても時間はなかなか経ってくれず、待合から人が動かないようで、いつの間にか居眠りをしていた。


「……さん。中丸さん。」


呼ばれた気がして、ふと目が覚めた。


(あれは…誰だっけ?ここ…は?ああ…病院か。)

 ぼんやりとした頭で考える。夢の中で、懐かしい人物に会った気がした。


「今日は、どうしました?」


 診察室に入り、医師の前に座るとまず、言われた。


(いや、問診票に、書きました。)

思ったけど、言わない。


「熱と、鼻水と、頭痛が…」


問診票に書いてある通りのことを言い、喉の奥を見られ、聴診器を当てられる。


「うん、風邪ですね。」

分かり切ったことを言われた。


「薬を出しますので、それ飲んで、良く休んでください。」


「それが、最近良く眠れなくて。ずっと誰かに監視されてるみたいで。」


なんか素っ気ない医師の態度が悔しく、ついポロっと口からこぼれた。


誰にも相談できなかった、得体の知れない大きな不安。俺は弱っている。きっと、自分で思っている以上に弱っている。


「ほう。」


医師はなぜか、興味を示した。予想外の反応に思考が追い付かない。


 しばらく、沈黙が続いた。しばらくと言ってもほんの数秒。


「例えば私が、霊感があると言って、あなたは信じられますか?」


 医師が突拍子もないことを言い出した。霊感がある人に生まれてこのかた出会ったことがない俺に、いきなり霊感を持ち出されてもどんなリアクションをすればいいのか分からない。


 霊感って、あれですか?

 死後の世界の住人と交信が出来るという、科学では証明されていない不思議な力のことですか?

 そんなことが先生には出来るのですか?

 そしてそんなことを言い出したのは、僕に霊的なモノが関係しているということですか?

 それはそうですよね、幾らなんでも関係もないのに、いきなり言い出したりしませんものね。

 良いでしょう。仮に先生に霊感があるとしましょうか、そしてそのことが僕に関係しているとしましょう。


 よし、少し冷静になってきた。


「ああ、いや、私に霊感なぞございません。」

俺が何も言えず混乱していたというのに、医師は事もなげに言い放つ。

(ないんかい!)


 風邪でだるくさえなければ全力でツッコんだに違いない。初対面で失礼な奴だと思われようが関係ない。

 先にボケたのは向こうだ。俺にはツッコむ権利がある。

 しかし、いかん。受け入れる方向で冷静になろうと努めていた分、目の前の人に不信感しか覚えない。


「しかし、あなたには多分、霊が憑いている。」


「は?」


きっと今のは、俺の人生で一番の間抜け面になったことだろう。


「ぶふっ。」

それまで真面目くさって脇に控えていた看護師さんが吹き出した。


「ごほ。ゴホ。ごぼ。」

咳なんかして誤魔化そうとしたってそうはいかん。俺は聞いた。確かに聞いた。あんた今、吹き出したよね?


「こほん。………失礼。」

俺は、かなりのジト目で看護師さんを見ていたのだろう。手に持ったバインダーの様な物で口元を隠し看護師さんが謝った。


 謝ってくれるんなら、まあ、良いよ?良く見れば、看護師さんたら美人だし。男は美人に弱い。これ、万物の法則。


「霊感はありませんが、霊が憑いていることは分かる。こんなこといきなり言われても混乱させるだけですよね。それでも、」


そんな俺たちをしり目に、医師は何事もなかったかのように説明を始めた。


「あの、それって、長くなります?」

俺は話の腰を折り、尋ねた。


「ええ。まあ、そうですね。きちんと理解いただこうと思えば、長くなると思います。」


「じゃあ、良いです。」


「そうですか?」


「ええ。その代わり、ぐっすりと眠れる薬みたいなの頂けるとありがたいです。何だか疲労感も半端ないし、患者さんも大勢待っているみたいだし。」


「そうですか。…そうですね。実際にお話された方が、納得しやすいだろうし。」

最後のほうは聞き取り難かったから、多分独り言だろう。医師は一人で納得し、カルテに何かを書き込んだ。


「それでは、風邪薬と良く眠れる薬を出しときますので、お大事に。」


「あ、はい。ありがとうございました。」


 診察が終わり、会計で少し待たされ、隣接する薬局でも待たされ、院外処方の薬をもらい家に帰った。

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