美琴の過去
久々の更新ですが、内容は暗めです。読まなくても支障はありません。暇つぶしになれば嬉しいです。
――― 三年前
私の家系は複雑だ。二歳で母親が蒸発した私は、家族間で仲が良かった日高家で育てられた。父親はどうしたのかって?あの人は仕事馬鹿過ぎて子育てには向かないという残念な結果。だからと言って嫌いではないけれど。
日高家には産まれながらの幼馴染がいた。名前は日高 愛華。奇跡的にも同じ日に産まれた境遇の持ち主だ。
二歳から同じように育てられた私たちは、顔は違うがその他は双子のように似ていた。だからなのか、将来の夢も同じだった。
「「私達、看護師になるから!!」」
その宣言から、辛い看護実習も切り抜け、厳しい国家試験も切り抜けた私達はその夢を見事に叶えた。その時ばかりは、子育てに興味のない父親も大いに喜んだ瞬間だった。
「なら、みーちゃんは俺と一緒の病院に勤めるんだな!?」
「嫌に決まってるじゃない。私は、愛華と同じ病院に勤めるんだから」
それは当たり前だ、コロコロ病院を変える父親の仕事場が今どこかも不明だったりするんだから仕方がない。部屋の隅でキノコを生やしそうな勢いで落ち込んでいる父親を愛華の父親の華月さんが慰める。恥ずかしいから勘弁して欲しい。
「せめて一年は頑張って続けてなさいよ」
「「もちろん!」」
育ての母である愛さんの手料理を食べながら私たちは元気よく誓った。まさか、その誓いが果たされなくなるとは誰もが予想しなかった。
あの日から数か月後の十二月。仕事にもやっと慣れてきて、余裕が出てきた頃、私達にとって最悪の物語が始まった。
「蓮見さん。電話よ?」
「あっ、すみません。お電話変わりました。蓮見です。……、えっ!?愛華が!?」
それは愛華が倒れたという電話だった。初期症状は呼吸困難。検査結果で心臓の病気だということがわかった。愛華の勤めていた部署は小児科だったため、私が勤めている循環器へと入院となった。
「ご…めんね。迷惑かける」
「迷惑なわけないでしょ。愛華は私がちゃんと看護してあげるわよ」
「あっ、それ勘弁」
「失礼な」
その時は思ってた程ひどくなくて誰もが安心していた。だから油断していたんだ。そうあの夜勤の時も。
「蓮見さん!一号室の患者さん急変!救急カートと、AEDと先生呼んで来て!あとモニター!!」
「モニターもうないです!」
「なら、安定してる患者さんから借りてきて!急いで!」
それは突然の出来事だった。受け持ち患者の急変。慌ててされる救命処置。全てが初めての出来事で、何をしたらいいかわからなかった。出来ることはただ一つ。先輩看護師の言葉を遂行するだけ。だから、私はモニター画面を見て、モニターが取れそうな人を探した。
今、病状が安定していてモニターを取っても良い人何て、一年生の目からしても限られていた。その中でも、より大丈夫そうな人の元へと走る。
「愛華!!」
「ど…したの!?」
「モニター取らせて!!」
「あっ…!うん。大丈夫?」
「大丈夫!ごめんね!何かあったらすぐナースコール押して!」
そう言って、愛華からモニターを外すと私は急変の患者さんの元へと走って行った。だから、気づけなかった。
「あ…い…か?」
全てが終わってモニターを愛華に戻そうと病室に入った時、白いシーツの上にはまるで眠るように横たわっている愛華。だけど、その顔色はものすごく悪くて、触れるとその体に熱はなくて、拍動しているはずの心臓からは音がしなくて。
ねぇ、何が起きてるの?
「っは!!愛華ぁぁあああああ!!??」
やっと頭に情報が入って来た瞬間、緊急コールを鳴らす。その警戒音に、先輩看護師が駆け込んでくる。けれど、その間も私の頭は真っ白で、何か指示を出されているけどそれを出来ているかもわからなくて。いつの間にか来ていた、愛さんと華月さんからは悲痛な声と涙が流れていた。
『ねぇ、聞いた?蓮見さん、異常に気付けなくて、日高さん死んじゃったらしいよ』
『えっ、違うよぉ。異常に気付いてたけど、急変の方を優先したって話ぃ。でも、それってぇ、親友見殺しにしたってことよねぇ』
『えー、それ最悪』
『ていうかぁ、看護師やめて欲しいよねぇ。一緒に見られるの迷惑だしぃ』
『『確かに』』
「美琴?」
「愛さん」
愛華の葬儀からしばらくした時、私はもうボロボロだった。先輩や先生は何も言わなかったが、同期や友達からの反応は想像した通りだった。
「大丈夫?」
そんな言葉をかけてもらう資格は私にはない。思い出すのは、モニターを外す時のこと。あの時、顔色が悪かったのではないか。声色もいつもと違った気がする。モニターを外すときの波形は綺麗だった?そんなことばかり頭をめぐる。
「私、看護師やめます」
そして、どこか遠くへ行こう。もう、荷物も片付けた。後は、出ていくだけだ。ありがとうございましたと言おうと愛さんの方を向く。
「駄目よ」
「え?」
涙を流しながら笑ってくる愛さんの言葉が信じられなくて呆然とする。何が駄目なのかわからない。
「良く聞いて?愛華のことは美琴のせいじゃない。あの子の性格知ってるでしょ?我慢強いってとこと、あなたのことが大好きだってこと。あの夜、初めての急変に当たったんでしょ?困ってたんでしょ?あの子はあなたを助けたかったの。あの子ね、入院中私に言ってたのよ?私はもう看護師続けられないかもしれないけど、美琴には続けて欲しいって。好きなんでしょ?この仕事」
「でも…!」
人を救いたいからこの職に就いた。けど、大切な大切な家族を、いや、片割れを失ってしまった。そんなの意味がない。
「約束」
「え?」
「約束したでしょ?一年は頑張って続けるって。あの病院でなくていい。違う所で良いから続けてみて。もし、それで駄目なら辞めていいから」
「うん」
それが、私と愛さんとの約束。その言葉がここまで私を繋いできた。失ったものは多かったけど、新たに得た物もあった。
「だけど、怖い」
失う恐怖を知ってしまっているから。一人じゃなく、独り。あの寂しさは忘れられない。強くなったと思ったのに。それはどうやら思い違いだった。
「ジル……」
ジルを思い出すとギュッと胸が締め付けられる。気づいてしまった、この想い。だけど、聞かれてしまった私の罪。
(ジルに会いたい。けど、会いたくない)
ありがとうございました。