異世界人の想い
久々の更新になります。14話のジル視線になります。良ければおつきあいお願いします。
ミコトがおかしくなったのは、あのアズサという女と出会った後くらいからだったなとソファーで雑誌を読みながら思い返す。
“違う!勝手なこと言わないで!”
切羽詰ったような叫び声に何事かとミコトの方に向かうとそこにアズサと言う女がいた。俺を見た瞬間、気持ち悪い声で言い寄ってくる女に顔をしかめる。これで、綺麗とか可愛いとか思っているのだろうか。これ以上近づいてきたら蹴飛ばしてやろうかと思った瞬間、間を割るようにミコトが入って来た。
それからだ、一気におかしくなったのは。梓と言う女に何か耳打ちされた後くらいから顔が青ざめたのが少し離れた俺にでもわかった。呼吸がおかしくなった時点で、あの女と離そうと近づこうとした瞬間、ミコトと視線があった。その眼は来ないでと明らかに言っていたので仕方なく立ち止まる。少しした後、あの女が俺の元に近づいて来たので睨んでやる。
「そう睨まないでよぉ。そんなに、あの子のこと大切なのぉ?そうだぁ、これ以上あの子を傷つけたくなかったら連絡頂戴?待ってるからぁ」
長方形の紙を渡され、目の前で破ってやろうかと思ったが、一瞬留まりズボンのポケットに突っ込んだ。それを見た、アズサは満足したように、じゃあねと笑顔で煩い靴を鳴らしながら去っていった。
あの女がミコトから離れたことにホッとしていると、後ろで物音が聞こえた。振り返ると、青ざめた顔で地面に座り込んでいるミコトに慌てて駆け寄る。大丈夫か?こいつ。
これ以上、あの女に関係した話はまずいだろう。そう思った俺は一先ず、部屋に連れて帰るのが先決かと声をかける。
「立てるか?疲れたから帰って休むぞ」
俺の声にボー然となりながらも頷くミコトに俺は無意識に顔をしかめたのは丁度三日前の話だ。
「連絡ね」
ポケットからあの女に渡された紙を取り出す。そこには連絡先が書かれていた。あの女の言葉は一種の脅しだ。要するに俺が連絡しなかったら、ミコトに何かすると言うことだろう。
グシャと紙を握りどうするかと考える。あぁいうタイプの女は結構厄介なのは向こうの世界と一緒だろう。ミコトも面倒な女と知り合いなもんだ。
“ガチャン”
「割ったな」
怪我される前に片付けるかと、ソファーから重い腰を上げる。キッチンに行くと座りこんでいるミコトが見えた。よくよく見ると、どうやらもう怪我をした後らしい。
「お前、馬鹿だろ?」
せめて、血は止めてくれとダラダラ流れている血を見る。これじゃ、埒があかねーなとミコトを立たせて、ソファーに座らせ手当てをする。見た目より深く切ってる指は痛いだろうが、その痛みさえ麻痺しているのか、目の前のミコトはボーっとしていた。
「あの女と何があったか知らねーけど、話したくなったら聞いてやるから、無理だけはするなよ」
「えっ、何?」
やっぱり聞いてない。聞いとけよと思いながらもう一回言ってやる。俺の言葉に頷いたが、ミコトの顔は話す気がないように感じられた。一喝したら戻るだろうか?いや、戻りそうにねーな。
片づけをしていると、ミコトのスマホが軽快に鳴り始める。どうやら電話らしい。救急箱を棚に収めると、ミコトに近づく。何、ソファーに凭れて唸ってるんだ?
「どうした?」
「んー、友達が食事会に来ないかっていってるのよ」
何でそんなことで悩んでるんだ?行って来いというと驚いた顔をされた。家でジメジメしてるよりいいだろう。それに、これ以上怪我をされて貰っても困る。
「気晴らしに行って来いよ。そして、ましな顔になって戻ってこい」
後押しすると、どうやら行くことに決めたらしい。これで、気分転換くらいにはなるだろう。少し楽しそうに準備をするミコトを見て少し安堵した。
「遅い」
九時には戻ってくると言ったミコトの言葉を信じれば、一時間近く遅れている。テレビを見ながら待っているが、一向に帰ってくる気配はない。テーブルに置いてあったスマホを取り連絡帳を出す。登録件数一件しかないそれを開き、教えてもらったボタンを押す。
「出ねーな」
数十回コールが鳴っても出る気配がないそれを諦め、テーブルに放ろうとして手を止める。今度は、数字を押しコールボタンをタッチする。
“プルルル……プルルル……”
「もしもし俺だ。話がしたい。……。わかった、その時間に」
これでいいだろうと、今度こそスマホをテーブルに放り投げる。代わりにミコトが忘れて行った鍵を手に取り外に出る。
「仕方ないから、迎えに行くか」
「食事会ねぇ」
遠目で良くは見えないが、ただの食事会じゃないってことは俺だってわかる。どう見ても出会いの場っていう雰囲気だ。もしかしたら、テレビでやってた合コンとかいうやつかもしれない。行って来いとは言ったが、こういう食事会なら説明しとけ。
「しかも、足ふらふら」
こっちに向かってふらふらしながらやってくるミコトにどうしたもんかと溜息を付く。あっちまで行ってやるべきかと寄りかかっていた電柱から身を起こすとミコトの後ろから誰かが追いかけて来ているのが見えた。凄く軽そうな奴だなって言うのが正直な感想だな。
「あー、ジルだぁ!」
ブンブンと手を振ってくるミコトの口調は子供みたいだ。どんだけ、飲んだんだ、こいつ。
「ミコト結構飲んだな?」
「のんだー!ジル、お留守番はー?」
ほんのりピンクに染まった頬に少し潤んだ瞳、そしてトドメに上目使い。何て顔してるんだこいつと頭を抱える。頼むから、無防備にそんな顔をするな。俺達の横を通っているおっさんたちがジロジロこっちを見てくるのがわかった。
さっさと、帰ろう。それが、正直な感想だった。
「一人で歩けるのか?」
歩けねーだろうけどなと思っていると、元気よくむりー!と言われてしまった。無理じゃねぇよと言うと、何を思ったのか、今度はよしっと言いながら歩き始めやがった。けれど、その意気込みとは裏腹にふらふらする足元にげんなりする。
仕方ねーから背負うかと声をかけようとした瞬間、俺の横から誰かがミコトの右肩を掴んできた。
「蓮見さん、こいつ誰?」
むしろ、お前が誰だ?やたら怖い顔でミコトの肩を掴んでいるもんだから、ミコトが嫌がっているのがわかった。それにも気づかない目の前の馬鹿は無意識か肩を掴む力を強くしている。
(女の扱いが下手なのか、それとも馬鹿なのか…。馬鹿なんだろうな)
まったく、変な奴ばかりに好かれるもんだなと、ミコトの腕を引くと同時に男を蹴飛ばす。うっとか、唸り声が聞こえたが知ったことじゃない。そのままの勢いで転びそうになるミコトを抱き上げると、不思議そうに俺の名前を呼んでくる。それが心地よくてどこか、くすぐったい。ごまかすようにギュッと力を入れると、暖かいのか、ウトウトし始めた。そのまま寝てしまえと俺は耳元に口を寄せる。
「おやすみ。ミコト」
その言葉が引き金かのように、そのままミコトは夢の中へ旅立った。
「っと!」
寝たことによって重たくなった体を抱き直す。起こす前に連れて帰ろうと一歩踏み込んだ瞬間、目の前に立ちはだかる奴がいた。
「どけ、邪魔だ」
自分でもわかる低音に目の前の男の肩がビクッと震えるのがわかった。しかし、気丈にもそこからどかない男はあろうことか俺を睨んできやがった。
「むしろ、あんたが、邪魔なんだけど?いきなり出てきてあんた、蓮見さんの何?」
何か?その男の言葉に俺は一瞬戸惑った。誰かの何か?何て言葉をかけられたことなどない。向こうの世界だって馬鹿な主君こそいたが、それは運命であって。仲間と呼んでいた奴らはある日を境に消えていき、仲間は作らなくなった。
一人でいることを選んだ俺は、当たり前のように友と呼べる奴なんていない。心の底から好きだった女だっていなかった。
(それを考えると、この状態は奇跡か)
知らない世界とは言え、これだけ長く誰かといるとはな。ましてや、女。それに、それだけじゃない。誰かを気にかけたり、誰かのために食事を作ったり、誰かを迎えに出てきたり。向こうの世界の俺じゃ信じられないことだ。
スヤスヤ俺の腕の中で眠るミコトを見ながら、あぁそうかとある結論に至る。ミコトにとって俺は異世界から来た同居人くらいの認識だろう。だけど、俺にとってミコトは。
「まぁ、言ってやらないけどな」
それを口に出してどうするんだ?と自嘲する。
「おい!聞いてんのか!?」
まだいたのか?と目の前の男を見る。この男と話すだけでも億劫になってくる。どうせ、俺が何か言ったところでキャンキャン子犬みたいにうるさく吠えてくるだけだろう。
寝ているミコトのことを考えないボリュームで無視するなと言ってくる男の横をスッと通り過ぎる。
「ちょっと、黙れ」
「ガッ!!」
ドサッと崩れ落ちる男を見て、さて帰るかと片手で抱いていたミコトを両手持ちする。魔法が使えないと本当に不便だな。あいにく俺は頭脳派何だと男の首を討った右手を軽く振る。
「今度こそ帰るか」
遠くの方から駆け寄ってくる数人の気配から逃げるように俺は歩き始めた。
(問題はこの後だな……さて、どうするか)
ありがとうございました。次もジル視点で進みます。次話もおつきあいお願いします。