3話
千春の自宅から徹のマンションまでは駅4つ分離れたところにある。
徹の住んでいるマンションの周辺にはコンビニやドラッグストアなど便利な店が多いわりに
比較的静かな場所で千春はとても気に入っていた。
いつもマンションへは電車や徹の車で行っていたので距離をあまり感じなかったが
今は徒歩で行くしかない。
いつもよりかなり時間がかかってしまうだろうがそれは仕方がない。
歩き出してから40分は経っただろうか。
ようやく徹のマンションに着くことができた。
幽霊なので疲労感は無いがやっとここまで来れたという達成感はあった。
マンションはオートロックで暗証番号が分からなければ入る事ができない。
しかし幽霊になった千春にはそんなものは必要ない。
そのままエントランスをすり抜け徹の部屋がある5階へと向かう。
(おじゃまします…)
千春は玄関もすり抜け少し遠慮がちに徹の部屋へと入った。
リビングへと繋がるドアから明かりがもれている。どうやら徹はいるようだ。
(家にいるなら来てほしかったな…。それとも仕事から帰ってきたばかりなのかな?)
千春はドアをすり抜けリビングへと入った。
(…!!)
千春がリビングへと入った瞬間、驚きで彼女の目が大きく見開かれた。
(…どういうこと!?)
そこには床一面に酒瓶やワイン瓶、アルコール缶など沢山の酒類が転がっていた。
さらにテーブルをみるとそこにも床と同様に落ちそうになるほど置かれている。
中身は全て空のようだ。
千春はひどくうろたえてしまった。
彼の性格からしてこんなに部屋が片付かれていないということはありえない。
千春がいつ訪れても徹の部屋は綺麗に整頓されていた。
彼がいつも着ている仕事用のワイシャツもぐしゃぐしゃに丸められて床に捨てられている。
(徹…どうしたんだろう…)
千春は少しの間呆然としていたがハッと我に帰り徹の姿を探した。
リビングの明かりがついたまま、どこにも徹の姿が見えない。
(どこに行ったんだろう…)
千春がキョロキョロと部屋を見渡したときだった。
ガチャリ。
玄関のドアが開く音がした。
(徹だ…!)
リビングのドアを開け中に入っていた徹の姿に千春は嬉しくなった。
(出かけていたんだ…)
徹は両手いっぱいにアルコール缶の入った袋を持っていた。
そのままスタスタと歩き千春の横を通りすぎる。
袋の中でガチャガチャと音をたてアルコール缶がぶつかり合う。
(それにしてもお酒買いすぎだよ…)
千春は徹の買ってきた酒の量に顔を顰める。
彼は昔から酒に強かったがこんな風に大量に飲む人ではなかった。
徹は乱暴に酒の入った袋を床に置くとソファにどかりと腰をかけ、買ってきたばかりの酒に手をのばす。
プルタブを開けると口をつけゴクゴクと飲みほした。
(徹、そんな飲み方は体に悪いよ…)
千春は徹のとなりに座ると心配そうに彼の横顔を見つめた。
『千春、』
彼はいつも千春の名前を優しくよんだ。
お互い社会人になって忙しくなり、なかなか会えない日が続いていた。
そんな中ようやくとれた二人の休日に徹の車で少し遠くの海まで来ていた。
その日は風が強くせっかく綺麗にセットした髪型が台無しになると千春は嘆いていた。
前を歩く徹の広い背中を見ていた時、急に徹が振り返り彼の大きな手のひらが千春に向けられた。
『千春、』
彼が優しく千春の名前をよぶ。
千春は嬉しくなって彼の手のひらに自分のそれを重ねた。
徹は彼女の手を包みこむと、またゆっくりと千春の歩調に合わせて歩き出した。
彼との間に流れるこの穏やかな空気が千春は大好きだった。
彼はいつも千春に優しい。
キスをするときもセックスをするときも彼は私を壊れ物を扱うようにそっと触れるのだ。
口数が少なく愛の言葉なんてあまり言わない彼だったが一つ一つの私に対する動作は
愛されているのだと実感させてくれた。
この先もずっとずっと徹と一緒にいられると思っていた。
何があっても徹と繋がれたこの手が離れることはないと信じていた。
信じていた のに。