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第2章 またあいついるんだけど

 舞踏会の翌日。


 私は——


 ものすごく、機嫌がよかった。


(……思い出しても、ちょっと無理かも)


 ベッドの上で顔を押さえる。


 無理。にやける。


 止まらない。


(アルヴィン様と踊った……)


 しかも。


 ただ踊っただけじゃない。


 名前を覚えられていた。


 会話もした。


 自然に、穏やかに。


(あれ夢じゃないよね……?)


 頬をつねる。


 痛い。


 現実だ。


(……がんばってきてよかった)


 胸の奥がじんわり温かくなる。


 礼儀作法も、舞踏も、会話術も。


 地味で、地道で、正直楽しくはない努力も多かった。


 でも。


(ちゃんと意味、あったんだ)


 “あの人に恥ずかしくない自分でいたい”


 その一心で続けてきたことが、ちゃんと繋がった。


(……もうちょっと、がんばれるかも)


 そう思えた。


 ——ただし。


(なんであいつまでセットなのよ)


 記憶の端に、ノイズがある。


 カイル・ヴァン・レグルス。


 レグルス侯爵家嫡男。


 騎士団所属の問題児。


(第一印象:最悪)


 即決だった。


 失礼。雑。空気読まない。


 なのに妙に堂々としている。


(関わりたくないランキング一位)


 これも即決。


 ——なのに。


(……なんでちょっと思い出すのよ)


 最後の視線。


 あれだけが妙に引っかかる。


(いやいやいや)


 首を振る。


 忘れていい。


 忘れるべき。


 そう結論づけて——


 その翌日。


「本日は王立図書館ですね」


「ええ」


 侍女に馬車を頼み、私はいつも通り外出していた。


 理由は単純。


(知識は裏切らない)


 社交は情報戦。


 会話の幅は、そのまま評価に直結する。


 だから準備する。


 それが“優等生”のやり方だ。


 王立図書館に入る。


 静かな空気に、ほっと息をつく。


(落ち着く……)


 受付を済ませ、閲覧室へ。


 ——そして。


(……いた)


 見つけてしまった。


 窓際。


 ややだらしない姿勢で椅子に座り、本を片手でめくる男。


(なんでいるの)


 カイル・ヴァン・レグルス。


 昨日の“最悪な男”。


(いやほんとになんで)


 図書館よここ。


 騎士団とかじゃないのよ。


 静寂の聖域なのよ。


(似合わなすぎる)


 だが本人は妙に馴染んでいる。


 不本意ながら。


(……関わらないでおこう)


 視線を逸らし、別方向へ歩こうとする。


 そのとき。


「見つけておいて無視か」


(ですよねー!!)


 止まる。


 振り向く。


「……ごきげんよう、レグルス様」


 完璧な挨拶。


 当たり障りのない声。


「ずいぶん他人行儀だな」


「昨日が特殊だっただけです」


「なるほど」


 面白がっている顔。


 やめてほしい。


「今日は何だ。優等生活動か」


「調べ物です」


「見りゃ分かる」


(ほんとこの人)


「では失礼します」


 さっさと離脱。


 深追いされる前に撤退。


(関わるとろくなことない)


 これ、確信。


 目的の棚へ向かう。


 資料を手に取り、席へ。


(よし、集中)


 ページを開く。


 文字を追う。


 ——数分後。


(……視線多くない?)


 気づく。


 空気が微妙にざわついている。


 ゆっくり顔を上げる。


 ——いた。


 数人の令嬢。


 こちらを見ている。


(あー……)


 理解する。


 昨日。


 アルヴィン様と踊った。


 つまり。


(ターゲット認定済み)


 逃げ場なし。


 そして。


「エルシア様、でしたわね?」


(来た)


 囲まれる。


 完璧に。


(詰んだ)


「昨日は素敵でしたわね」


「公爵家のご子息と踊られるなんて」


「どのようなご関係で?」


 柔らかい笑顔。


 だが逃がす気はない。


(うわぁぁぁ)


 内心で叫ぶ。


 外面は完璧に保つ。


「光栄な機会をいただいただけです」


 模範解答。


「まあ、ご謙遜を」


「以前からお知り合いなのでは?」


 踏み込んでくる。


(やばい、これ長引くやつ)


 受け流すほど、粘着されるパターン。


 だが強く出れば角が立つ。


(詰んでる)


 完全に。


 逃げ場がない。


(どうする……)


 そのとき。


「何してる」


 低い声。


 空気が変わる。


(……え)


 振り向く。


 そこにいたのは——


(またあいついるんだけど)


 カイル・ヴァン・レグルス。


 なんで来るの。


 いや今じゃない。


 今じゃないでしょ。


「図書館で騒ぐな」


 淡々とした声。


 だが圧がある。


 令嬢たちの表情が変わる。


「レ、レグルス様……」


「ここは談話室じゃない」


 正論。


 しかも逃げ道を塞ぐ言い方。


「……失礼いたしました」


 あっさり引く。


 さっきまでの勢いが嘘みたいに。


(え、そんな簡単に?)


 令嬢たちはそのまま去っていった。


 完全撤退。


(助かった……?)


 ぽかんとする。


「ぼーっとするな」


 カイルが言う。


「……ありがとうございます」


 とりあえず言う。


「別に」


 興味なさそうに肩をすくめる。


「騒がれるのが嫌なだけだ」


「……そうですか」


(絶対それだけじゃないでしょ)


 でも深追いしない。


 すると。


「囲まれるの分かってただろ」


「……ある程度は」


「なのに対策なし」


「……否定はしません」


「甘いな」


(ぐぬ)


 正論。


「社交界は戦場だぞ」


「昨日それ思いました」


「なら学習しろ」


 そのまま隣の椅子に腰掛ける。


(なんで座るの)


「……何か?」


「別に」


 普通に本を開く。


(帰らないの!?)


 妙な距離感。


 だが。


(……さっきのは助かった)


 それは事実。


「一つ、聞いてもいいですか」


「何だ」


「なぜ助けたんですか」


「さっき言っただろ」


「それ以外で」


 一瞬、視線が合う。


 あの“測る目”。


「……面倒そうだったからだ」


「どちらが?」


「両方」


(正直すぎる)


 でも妙に納得する。


「あなたも面倒な人ですね」


「よく言われる」


 即答。


 そして少しだけ口元が緩む。


(……あれ)


 初めて見る表情。


「でもさ」


 ふと、真面目な声になる。


「お前、ああいうの苦手だろ」


「……はい」


 素直に認める。


「なら覚えとけ」


 本を閉じる。


「“一人で対処しようとするな”」


「……え?」


「貴族は“関係性”で動く」


 まっすぐな言葉。


「使えるもんは使え」


 それだけ言って、立ち上がる。


「じゃあな」


 今度こそ去る。


 本当に、風みたいに。


(……なんなの)


 ぽつんと残される。


 でも。


(……助けられたのよね、完全に)


 それは否定できない。


 そして。


(普通に、会話した)


 成立していた。


 あの人と。


(失礼なのに)


 雑なのに。


(でも)


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


(印象、変わったかも)


 そう思ってしまった。


 ——そのことに気づかないふりをしながら。


 私は再び本を開いた。


(……また会いそう)


 嫌な予感は、まだ消えなかった。

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