王都で婚約破棄された私、元婚約者に溺愛されて復讐する件
王都の薄明かりに、リリーナ・ヴェルデは独り立っていた。
冷たい石畳が、彼女の足元に影を落とす。婚約破棄の知らせが、まるで昨日のことのように胸に疼く。
「不貞の証拠は揃った。これで婚約破棄も致し方なし――セレナス様」
家令が告げたその言葉を、リリーナは氷の瞳で受け止めた。
不倫など、彼女の胸は知らぬ恋に満ちていたというのに。
彼女の婚約者、セレナス・アルドリア。王都でも名を馳せる俊英であり、冷徹なまでの才覚を持つ青年。
彼の微笑みが、一度も彼女に向けられたことなどなかったかのように、リリーナの世界は崩れ去った。
だが、リリーナはその夜、誓った。
「――必ず、真実を暴き、貴様に痛みを与えてみせる」
次の日、王都の貴族たちは噂に沸いていた。
「リリーナ嬢、婚約破棄だと? セレナス殿の不貞のせいだとか」
噂は、彼女の耳に、皮肉にも甘美に響いた。
王都を出て辺境の地へ向かう船の甲板で、リリーナは淡い決意を胸に抱く。
「ここからが、私の復讐の始まり」
辺境の地に到着したリリーナは、密かに自身の能力を磨き始める。
魔力の操り手として名を馳せる家系に生まれながら、王都では無力だった。しかし今、誰にも阻まれぬ力を身につける。
その頃、セレナスは城内で冷ややかに笑っていた。
「リリーナがあそこまで怒り狂うとは、思いもしなかった……」
だが、彼の胸の奥に、思いのほか大きな空洞があったことを、誰も知らない。
数か月後、リリーナは王都へ戻る。
その背には、魔力を帯びた黒衣、冷たい瞳、そして復讐を宿した決意。
彼女は、かつて婚約者に笑われた大広間に姿を現した。
「セレナス・アルドリア、覚えておきなさい。あなたにされたいくつもの裏切り、すべて返してもらう」
声は低く、確実に彼の心臓を打つ。
その瞬間、王都の貴族たちはざわめき、セレナスは微笑んだ。
「ふむ……やはり、君は美しい復讐者だ」
だがリリーナの目には、微塵の揺らぎもない。
敵役、シルヴィア・マーレンも現れた。
「リリーナ、あなたが戻るとは思わなかったわ」
シルヴィアの唇には嘲るような笑みが浮かぶ。王都でも評判の策士であり、セレナスの側近として彼女を陥れた張本人だ。
戦いは言葉から始まった。
策略、嘘、甘言――しかしリリーナはすべてを読み切る。
「あなたの不正を暴く。そして、セレナス様に私の真実を知ってもらう」
数日の対峙の末、ついにシルヴィアの手から証拠を奪ったリリーナ。
セレナスの目の前で、彼女は真実を提示する。
「不貞の濡れ衣は、彼女の策によるものでした」
セレナスは瞳を細め、やがて口元に笑みを浮かべた。
「なるほど……君は、私の想像以上に手強い」
そして、意外な言葉が続く。
「私の前で、もう二度と涙を流すな」
その瞬間、リリーナは気づく。
復讐だけではなく、彼もまた、自らの愛に気づき始めていたのだ。
数日後、王都の庭園で、二人は静かに向き合った。
「もう、私に嘘はつかない?」
「……つかない」
セレナスの手が、リリーナの小さな手を包む。冷たいようで、確かな温もりが伝わる。
そして、リリーナは微笑んだ。
「それなら、私はあなたにすべてを託す」
敵役シルヴィアも、悔しげにその姿を遠くから見つめる。
復讐は完了し、愛は再び育まれた。
王都の空に、初夏の光が差し込む。
リリーナ・ヴェルデは、かつての婚約破棄の痛みを胸に、しかし今は確かな幸福と力を得た令嬢として立っていた。




