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1月5日-エピファニー前夜祭は…*後編*【4棟201号:向坂天音】

氷点下の寒さに指先が痺れる。がむしゃらに雪を積み上げていたけれど、年末年始の疲労は思った以上に重く、私の吐く息はすぐに白く、荒くなった。

(……負けるな。一度やると決めたくせに簡単に諦めるなんて、私はそんな軽い女じゃないんだ!)

 自分を鼓舞してスコップを振るったその時、暗闇の向こうから賑やかな足音と声が聞こえてきた。


「天音ちゃーん! 待ってー!」

「行くのが早すぎだってばー!」

 振り返ると、防寒着に身を包んだ恵さんと樹華ちゃんを先頭に、さっきまでテーブルを囲んでいた皆がスコップを手に走ってきてくれていたのだ。

「ええっ! 皆……!? 寒いのに……」

「それはこっちのセリフよ! ごめんね、娘の我儘に付き合わせちゃって……」

 恵さんが申し訳なさそうに謝るのを遮るように、樹華ちゃんが恵さんの肩にポンと手を置き、頼もしく笑った。

「お姫様の願いを叶える提案をしたのは私ですよ! 責任取らせてください!」

 月島さんたちも「俺たちにも作らせてください」と続く。一人じゃないという安堵感で、視界が少し潤んだ。

「みんな……! じゃあ、せっかくなので全員が入れるくらい大きなかまくらを作りましょう!」


 そこからは、まさに「本気の雪遊び」だった。

 月島さんがどこからか持ってきたペットボトルの水を雪山にかけ始めると、かまくら作りに馴染みのない玖珠くんと太陽くんが食いついた。

「課長、なんで水なんてかけてるんですか? べちゃべちゃになりません?」

「せっかく積み上げたのに、ドロドロに溶けてしまうではないか」

「大丈夫ですよ。水は雪の粒子を繋ぐ『セメント』の役割を果たしてくれるんです」

 月島さんは、不思議そうに尋ねる二人に向け、淀みなく「かまくら講座」を始めた。きっと仕事も私生活も、こうやって理路整然としている人なのだろう。

「一度溶かして凍らせることで強度が上がるし、水分を含んでいる今なら整形もしやすい。理にかなっているでしょう?」

「なるほど……。さすが課長!」

「賢いな、月島!」

 感心する二人だったが、そこへ一真くんの鋭い横槍が入った。


「玖珠くんはともかく。雪国出身で、かまくらの作り方すら知らないとは。さすがボンボンは育ちが違いますなぁ?」

「……なんやと……?! もういっぺん言ってみろ!!」

 案の定、太陽くんがその煽りに乗ってしまい、二人はおでこがくっつくほどの勢いで睨み合う。

「こら、煽るな一真。まだ根に持っているのか」

「やめなさい、太陽さん。みっともないでしょう」

 保護者のように兄の一輝くんと月島さんが二人を引き離すが、収まる気配がない。一真くんは冷ややかな目で太陽くんを見据えたままだし、太陽くんは顔を真っ赤にして鼻息を荒くしている。


「あの四人って、本当は仲が悪いんですか?」

 まだ入居して日の浅い今井くんが、興味深そうにその光景を見つめる。

「さっきもロビーで、一真くんと太陽くんが取っ組み合ってたわね。一輝くんが月島さんに必死に謝ってたわよ……――痛ったぁ!!」

 樹華ちゃんが笑いながら話していたその瞬間、二人の方から飛んできた雪玉が、彼女の頬を直撃した。

「……じゅ、樹華ちゃん、大丈夫……?」

 一同が凍りつく中、私は絞り出すような声で尋ねた。樹華ちゃんは無言で雪を丸め始める。その手に込もった力と、背中から立ち昇る殺気。

(こ、これはもうどうしようもないやつだ……!)

「すみません、千石さん!」「お怪我は……」と保護者二人が駆け寄るが、あまりの殺気にたじろいで後退りする。樹華ちゃんは、野球ボールのように硬く固めた雪玉を――喧嘩をやめない二人目がけて振りかぶった。元ソフトボール部の豪速球が、二人の鼻先を紙一重で掠める。

「――手ェ動かしなさいってんのよ、あんた達。調子乗ってんじゃないわよ」

 地を這うような低い怒声が響き、二人は「すみませんでした!」と反射的に直立不動。一瞬で大人しくなって作業に戻った。

 ――二十時。

 大人九人が本気で取り組んだ結果、十一人が入っても余裕のある巨大なかまくらが完成した。恵さんが中で待っていた栄斗くんと鈴華ちゃんを呼びに行っている間、私は喜んでくれるかドキドキしていた。

「喜んでくれるかな…」

「大丈夫だよ。みんなこれだけ頑張ったんだもん」

 樹華ちゃんが安心させるように、私の背中を優しく撫でてくれた。


「すごーい! 広ーい!」

 鈴華姫は到着するなり、目の前の「大きな城」をとても気に入ってくれたようで、今日一番の笑顔で駆け寄ってきた。その笑顔を見た瞬間、体の疲れがどこかへ吹き飛んだ。

「皆、ありがとう!」

 小さな王女様の言葉に、釣られたみんなが「どういたしまして!」とハモる。それがおかしくて、また一斉に笑い声が上がった。


 かまくらの中につけた蝋燭の火が、白い壁を柔らかく照らす。私たちは寄り添いながら、残りのガレット・デ・ロワを再び頬張り始めた。

「……かまくら、意外と温かいんですね」

 玖珠くんが白く光る壁を見上げて呟く。

「そういえば大分って雪積もらんの?」

 恵さんが尋ねると、玖珠くんは「雪は降りますけど、地元じゃこんなには積もらないですね」と少し誇らしげに答えた。

「羨ましい〜! 雪下ろし、本当に大変なんだから!」

 樹華ちゃんの言葉に、その場にいた全員が深く頷く。

「樹華ちゃん、いつも寝ぼけまなこで雪すかしに来るもんね」

「もう! 秘密にしといてくださいよ!」

 恵さんが愉快そうにからかうと、狭いかまくらの中は外の寒さを忘れるほどの温かな笑いで満たされた。

 私は、楽しそうに笑う住人たちを眺めながら、心の中でガレット・デ・ロワに感謝した。

(残ったのは、寂しいからじゃなくて、みんなを繋ぐためだったんだ)

 

 他の班で食べていた西海くんや寧々ちゃんたちも、楽しんでくれていただろうか。

 一月五日。仕事始めの夜。

 河北アパートの庭には、世界で一番甘い香りのする「王様の城」が、静かに光っていた。

第5話 登場人物紹介

• 2棟201:向坂さきさか 天音あまね

憧れの店長のもとで働くパティシエ。休み明けにガレット・デ・ロワを三つも自腹で買ったことが店長にバレて大目玉を食らう。しかし事情を知った店長が、後日こっそり給料に代金を上乗せし、アパートへ差し入れまでしてくれたのは、また別のお話。


• 1棟201:河北かわきた めぐみ

看護師兼オーナー。久しぶりに皆と和気藹々と過ごせたことが嬉しく、かまくら作りを手伝ってくれた住人たちの家賃を今月分だけ五〇〇円引きにしてあげた太っ腹な大家さん。


• 1棟201:河北かわきた 栄斗えいと

元気いっぱいの小学四年生。本当は外で一緒にかまくらを作りたかったが、お兄ちゃんとして鈴華の相手をしながら共有スペースで健気に待っていた。


• 1棟201:河北かわきた 鈴華すずか

五歳の末っ子。完成したかまくらを大変気に入り、翌日は保育士さんに一日中その話をしていた。後日、作ってくれた皆へお礼に手作りの折り紙をプレゼントした。


• 4棟101:千石せんごく 樹華じゅか

市役所勤務の公務員。学生時代はソフトボール部の正捕手。憧れのプロ野球選手の「レーザービーム」を猛練習した結果、投手より速い球を投げられるようになったという伝説の持ち主。


• 4棟202:玖珠くす 明久あきひさ

月島の部下。数回しか顔を合わせたことがない吉祥兄弟が自分を認識してくれていたことに感激している。ただし、未だにどっちがどっちかは区別できていない。


• 3棟401:月島つきしま 宗一郎そういちろう

ゲームメーカー課長。年下に好かれやすい苦労人。幼少期に祖父母と作ったかまくらを思い出して感傷に浸りたかったが、隣の「問題児二人」が喧嘩を始めるのでそれどころではなかった。


• (アパート外):豊蔵とよくら 太陽たいよう

月島を慕う(?)御曹司。絵本でしか見たことのないかまくらに興味津々。吉祥兄弟が苦手で、一真と喧嘩した後は一応反省している。歩み寄るのを諦めかけているが……?


• 3棟501:吉祥きっしょう 一輝かずき

双子の兄。幼少期は一真とよくかまくら作りをしていたため、月島同様に作業はお手のもの。アパートのイベントの楽しさを知り、次の行事にも参加したいと思い始めている。


• 3棟501:吉祥きっしょう 一真かずま

双子の弟。太陽とは犬猿の仲で、故意に、時に無意識に煽り合っている自覚はある。「一輝さえいれば他人は不要」というスタンスだが、今回の団らんで少しだけ心境に変化が……?


• 1棟402:今井いまい 雄二ゆうじ

太陽の同級生。意外と呑気な性格。部外者なのになぜか住人並みに馴染んでいる太陽を、少しだけ羨ましく思っている。

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