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1月5日-エピファニー前夜祭は…*前編*【4棟201号:向坂天音】

一月五日。世間は仕事始めの喧騒に包まれていたが、洋菓子店で働く私は、嵐の前の静けさのような一日を過ごした。

「……昨日は公現の主日だったし、明日がエピファニー当日。中日の今日は少し中だるみしちゃったかな」

 厨房の片隅で、私は残ってしまった『ガレット・デ・ロワ』を見つめて溜息をついた。丹精込めて焼いた逸品が直径三十センチもある十号サイズが三つ。廃棄にするにはあまりに惜しい代物だ。


「これ、私買い取ります!」


 パイ生地の中に隠された小さな陶製の飾り『フェーブ』。今回のデザインも可愛くて、実は一個欲しかったのだ。……とはいえ、さすがに十号サイズを三つは、一人では食べきれない。


 大きな箱を抱えてアパートに帰り、エントランスで途方に暮れていると、仕事帰りの大家・河北恵さんに出会った。

「恵さん、お疲れ様です」

「あ、天音ちゃん! お疲れ様、今帰り? 今日は早いわね」

 恵さんは私の抱えた巨大な箱に気づいているはずだが、あえて詮索せずに明るく声をかけてくれた。

「はい! そうなんですけど……」

(どうしよう。これ、お礼に恵さんにあげようかな。でも十号一個なんて、かえって冷蔵庫を占領して迷惑だよね。……やっぱり部屋で切り分けてから持っていくべき?)

 言い出せずに黙り込んで箱を見つめる私を見て、恵さんは何か合点がいったように頷いた。

「重いわよね! 部屋まで持っていくわ、任せて!」

「あ、いや! 違うんです、そういうことじゃなくて!」

「え?」

 慌ててぶんぶんと首を横に振る私に、恵さんがきょとんとする。余計な気遣いをさせてしまった後悔で、私はついに白状した。


「……実はこれ、売れ残っちゃって。明日休みなんですけど、一人で三つは無理なので……お一つ、恵さんにお裾分けしようと思ったんですけど、十号サイズなんて大きすぎてご迷惑ですよね」

「あ〜、確かにいただけるのは何でも嬉しいけど、これは冷蔵庫に入らないわね」

 恵さんは愛想笑いを浮かべながらも、すぐに名案を思いついたようにスマホを取り出した。

「じゃあ、今いる人たちでパーティーをやればいいじゃない!」

 直後、アパートのグループチャットが鳴った。

【急募! エピファニー前夜祭! ガレット・デ・ロワ・パーティー開催。参加費五〇〇円!】


 ――一時間後。

 一棟一階の共有スペースには、仕事始めで疲れているはずの住人たちが、五〇〇円を握りしめてゾロゾロと集まってくれた。

「皆さん、急だったのに……。しかも恵さんが参加費まで書いたのに……」

「何言ってんの、最近じゃケーキ一個五〇〇円なんて安すぎるわよ」

 主催の私が恐縮する横で、仲良くさせてもらっている千石樹華ちゃんが「味見係としては見逃せないわ」と笑う。


 私の座るメインテーブルには、河北さん一家や樹華ちゃんを含めた総勢十一人が集まった。他のテーブルでも別の住人たちが残りの二箱を囲み始めているが、私の目の前にある一箱だけでも、その存在感は圧倒的だった。

「……すごいな。ホテルのビュッフェでも、十号のパーティサイズはなかなかお目にかかれないですよ」

 感心したように箱を覗き込むのは、三棟の吉祥一輝くんだ。隣で双子の弟の一真くんも「こんな大きなケーキ、初めて見た」と口をぽかんと開いて驚いている。恵さんの息子の栄斗くんと妹の鈴華ちゃんも目を輝かせながら大きなケーキに興奮しているみたい。

「本番のパーティーサイズなの。だから今日みたいにイベントに挟まれた平日は、念のため当日分も作るんだけどなかなか売れなくて……」

「なるほど……店側も廃棄前提で作らざるを得ないのか。……勿体ないね」

 一輝くんの言葉に、玖珠くんが「で、天音さんは全部買い取った、と。男前っすね」といつもの調子で相槌を打つ。


 そんな中、三棟の月島さんが、難しい顔をして真剣にケーキを見つめていた。

(……何か考え事かな。あ、もしかしてアレルギーとか? それとも甘いのが苦手なのかな)

 心配になって話しかけようとした瞬間、月島さんがパッと顔を上げて提案した。

「せっかくですし、本場のルール通りに『運試し』をしませんか? 切り分けられた一切れに、フェーブが入っていた人が今日の王様です。出なかったら……それも含めて運試しということで」

「おお! ゲームか、面白そうだな!」

 月島さんに懐いている太陽くんが身を乗り出して食いつくと、一緒にいた今井くんも「僕もやってみたいです!」と元気よく手を挙げた。月島さんは「はいはい、落ち着いて」と二人を宥めながら、慣れた手つきでケーキを切り分けていく。


 大人も子供も、ドキドキしながらフォークを進める。……しばらくして、小さな声を上げたのは、最年少の鈴華ちゃんだった。

「んっ……お兄ちゃんー……なんかあるー……」

 小さな口から、可愛らしい陶製の飾りが現れる。

「おめでとう、鈴華ちゃん! それがフェーブだよ。王女様だね!」

 私が紙の王冠を被せると、鈴華ちゃんは嬉しそうに微笑んだが、どこかピンときていない様子だった。

「王女様ってなに? 何かくれるの?」

「うーん、幸せになれるんだよ。……あ、じゃあ鈴華姫の命令を一個だけ聞くのはどう?」

 樹華ちゃんの提案に、皆が「賛成!」と頷く。すると鈴華ちゃんは夜の窓の外――白く積もった雪原を指さして、元気よく言った。


「かまくら、入りたい!」


「「えっ」」

 大人たちが凍りついた。明日も仕事の連中が多い中、流石に笑顔が消える。

「鈴華、それは夜だし寒いし、また今度ね」

 恵さんが必死に引き止めるが、鈴華ちゃんはあからさまに肩を落とし、今にも泣き出しそうな顔になる。その瞳を見て、私は決意した。

「待ってて鈴華ちゃん! 今、大きなかまくらを作ってくるから!」

「いいのよ天音ちゃん! 私が休みの日に作るから!」

「大丈夫です! お姫様は、鈴華ちゃんなので!」

 

 私は防寒着をひっ掴み、一人、氷点下の夜へと飛び出した。

第5話 登場人物紹介


• 2棟201:向坂さきさか 天音あまね

憧れの店長のもとで働くパティシエ。年末年始も予約客対応で休みなしだったが、逸品の廃棄を許せず十号ケーキを買い取った(実は常習犯)。店長は不在のため、彼女のこの「男前な買い取り」を知らない。


• 1棟201:河北かわきた めぐみ

看護師兼アパートオーナー。今日は日勤。お節介すぎず、けれど放っておけない絶妙な距離感で住人を見守る。誰かの役に立つことより「みんなで楽しむこと」を優先するお人好し。


• 1棟201:河北かわきた 栄斗えいと

やんちゃな小学四年生。母の仕事中は301号室の天津くんに懐いている。本当は天津くんと一緒にケーキを食べたかったが、今日は別のテーブルだったので我慢した。


• 1棟201:河北かわきた 鈴華すずか

五歳の末っ子。お姫様になることより「天音さんのスイーツ」に目がなく、今日の一番の功労者(王女様)。兄の栄斗が大好き。


• 4棟101:千石せんごく 樹華じゅか

市役所勤務。仕事始め早々にお局から嫌味を言われ、ヤケ酒寸前だったところをケーキに救われた。天音とは「スイーツ姉妹」と呼ばれるほど仲が良く、自称・筆頭味見係。


• 4棟202:玖珠くす 明久あきひさ

月島の部下。年末年始は九州に帰省していた。しっかり働いてはいるが、実は帰省中も天音のスイーツが恋しくてたまらなかった。


• 3棟401:月島つきしま 宗一郎そういちろう

ゲームメーカー課長。仕事始めの憂鬱を抱えつつ、今日から休暇に入る吉祥兄弟を「クリスマスプレゼント」と気遣って参加費を肩代わりしてあげるなど、部下や年下への面倒見が非常に良い。


• (アパート外):豊蔵とよくら 太陽たいよう

月島を慕う(?)大学一年生の御曹司。住人ではないが、勝手に月島宅に上がり込み晩飯を作って待っている強者。ちゃんと費用を払って参加している。


• 3棟501:吉祥きっしょう 一輝かずき

今日から一週間の休暇に入る双子の兄。休みを副業に充てようとするほど生真面目だが、月島の厚意で初めてのケーキパーティーに参加。奢ってもらったことに少し恐縮している。


• 3棟501:吉祥きっしょう 一真かずま

双子の弟。兄・一輝を休ませるために大掃除を画策。高級品だと思っていたケーキに初めてありつく。恩人の月島を敬っている分、隣で図々しく振る舞う太陽を苦々しく思っている。


• 1棟402:今井いまい 雄二ゆうじ

太陽の同級生。人見知りだが、太陽や月島がいるため安心して参加した。「ガレット・デ・ロワ」という響きに興味津々な、今どきの大学生。

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