表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

1月3日-難易度『地獄』のフィーバータイム【流川 恵乃:2棟701・2号室】

一月三日、二十時。

 レストラン『ヨータニ』の店内は、三が日の最後を外食で締めくくろうとする家族連れで埋め尽くされていた。

(……最悪ホールは三名で回せる。立て続けに来た注文のせいでキッチンが回っていない。フライヤー系は僕がするとして……)

 僕は厨房からチラリと店内を覗き、戦況を確認する。いつもなら「なぜうちで食べるんだ。冷凍食品も美味いのに」と毒づく余裕もあるけれど、今はもう、そんな贅沢な思考は霧散していた。

「江崎さん。すみません……ホールを三人で回してもらって、レジ固定で加藤さん。木村さんは皿洗いに戻ってきてもらいたいんですけど……お願いしてもいいですか?」

 バッシングから戻ってきた社員の江崎さんに、消え入りそうな声で人員の再配置を依頼する。

(計算が速く、かつミスのない加藤さんは精算トラブルのリスクを最小限に抑えられるし、木村さんは仕事が速い上に丁寧だ。食器が汚いなんてクレームでの廃棄は一番避けなければいけない……)

 細かな理由までは口にできなかったけれど、彼女なら察してくれるはずだ。そんな僕の頼りない様子を気にする風もなく、江崎さんは「了解です!」と元気に持ち場へ飛び出していった。


 年に数回の山場。ひたすら作り、提供し、洗う。落ちものパズルゲームのように、降り注ぐタスクを無心で消していく。永遠に続くかと思われたその時、最悪のイベントが発生した。

「流川さん……店長呼んでこいって言われて……」

 年末年始は初陣の新人・今井くんが、今にも泣きそうな顔で訴えてきた。

「え……いないって言ってください……」

「すみません……ハンバーグが冷めてるって……」

 事実、店長は休みだ。僕だって泣きたいけれど、何かあれば僕が対応しろと頼まれている以上、行くしかない。


「冷めたハンバーグ出しやがって!」

 客席に響く怒号に平謝りし、活動限界ギリギリで回収した皿を持って厨房に戻る。

 (全部逃げ出してお家に帰りたい…… この戦いが終わったら、旅に出るんだ…… 辞表を出してやる!)

 しかし、僕のそんな心理状況を察したメンバーたちが一斉に声をかけてくれたのだった。

「こんなん全然温かいっすよ」と倉持くんが憤り、「マグマ並みに熱してやりましょうよ! 『熱くて食えるか!』って言われたら『どっちやね〜ん!』って言ってやりましょう!」と木村さんが笑わせてくれる。

「恵乃さん、ウチが行きましょーか?」

 葵さんまで心配して声をかけてくれた。怖いもの知らずの彼女なら、あっさりと難を逃れてくれそうだけれど。

「……身バレしちゃっていいの?」

「あ、ダメでーす」

 

 みんな、こんなに疲れているのに僕を励まそうとしてくれる。その優しさが心に沁みて、なんだか熱いものがこみ上げてきた。

(しっかりしなきゃ。みんなが頑張ってるんだから、俺が司令塔として支えないと…)

 気合を入れ直すと、不思議と頭の中がクリアになった。ギアが何段階か上がり、視界が広がる。店内の状況が、数字の羅列のように脳内に浮かび上がった。

「今井くん、ドリンク補充をお願い。木村さん、その食器洗い終わったら一旦ご飯炊いといて。倉持くんは卵三十個追加。葵さんはスパゲッティ十人前茹で始めて!」

「了解です!」

「木村、ご飯了解です!」

「スパゲッティ了解でーす!」

「卵、割ってあります!」

「ありがとう。じゃあグラタン五人前の下準備お願い!」

 指示は短く、的確に。淀みないテンポ。

 自分でも驚くほど、今の俺は「波」に乗っている。まるでフィーバータイムに突入したみたいだ。


 ――「じゃあ、お先に失礼します!」

「あ、はい……お疲れ様です……」

 トランス状態で全てのタスクを捌ききり、気がつけば時計の針は二十三時を回っていた。後の閉め作業は僕一人でも大丈夫だったので、他のスタッフには先に帰ってもらった。

 僕は一人で店内を足早に見回り、最後の一灯を消す。

 ガランとした店内に自分の足音だけが響く。

(今日も、なんとか生き延びたなぁ……)

 重い鍵を回し、夜の静寂に身を投じる。外気は刺すように冷たいが、体の中にはやり遂げた熱が残っていた。

「……頑張ったな、俺」

 ポツリと独り言をこぼし、僕はアパートへと続く雪道を歩き出した。


 ……流川自身はまだ知らない。

 今の彼が、裏の顔である「撮影モード」に入り、迷いのない口調で指示を飛ばしていたことも。

 そしてメンバーたちが、その豹変を「やる気スイッチが入った!」と喜び、わざと彼を励ましてスイッチを入れようと画策していたことも……。

第3話 登場人物紹介

• 2棟701・702号室:流川るかわ 恵乃えの

キッチンスタッフ兼バイトリーダー。すでにゲーム実況者として成功しているが、辞めるタイミングを逃し続けている。普段はオドオドとして声も小さいが、限界を超えると無意識に「撮影モード」がオンになり、迷いのない指示を飛ばす司令塔へと豹変する。本人は周囲の戦略的な励ましを純粋な「優しさ」だと受け取っており、自分が攻略対象のように扱われている自覚はない。店長以外にはアパートの住民であることを隠している。


• 2棟401号室:あおい 二葉ふたば

キッチンスタッフ。学校に内緒でバイト中の現役JK。流川の「覚醒モード」の熱烈なファンであり、彼のタメ口権を強引に勝ち取った猛者。流川が定める『偏見!怖いもの知らずランキング2026』では堂々の1位に君臨する、彼にとって最も恐ろしくも頼もしい存在。


• 1棟402号室:今井いまい 雄二ゆうじ

ホールスタッフ。大学入学を機に引っ越してきた新人。早く戦力になろうと必死に先輩たちの背中を追っている。最近ようやく流川の豹変ぶりに驚かなくなってきた、アパートの良心。


• レストラン『ヨータニ』の戦友達

 • 江崎さん:入社2年目の若手社員。ホールとキッチンの両方をこなし、常に元気で客評も高いチームの要。

 • 加藤さん:計算が速く正確な主婦パート。計算が苦手な流川にとって、レジを任せられる最強の盾。

 • 倉持くん:大学生のキッチン担当。正義感が強く、流川がそこそこ話せる数少ない相手。

 • 木村さん:仕事が早くて丁寧な大学生。皿洗いを任されがちな彼女の手荒れを心配した流川が、密かにポリ手袋を差し入れたというエピソードを持つ。ユーモア溢れるムードメーカー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ