表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

1月2日-黄金色のレスキュー【葵 二葉-2棟401号室】

 一月二日。北陸の鈍色の空からは、時折みぞれが叩きつけるように降っている。

 大晦日から昨日の昼にかけてママが作ってくれた、完璧なおせちがあった昨夜までは、葵家は平和だった。けれど今日、その平穏はあっけなく崩れ去ったのである。

 キッチンからは料理の音とは思えない「ぷすぷす」という不穏な音と、鼻を刺すような異臭が漂っている。

「お、お姉ちゃん……ほんまに大丈夫なんよね? もう、見たことない色の煙出とるけど……」

「絶対大丈夫! もうすぐできるから!」

 恐る恐るフライパンを覗き込むと、そこには「黒豆」になる予定だった何かが、黒い炭の塊となって鎮座し、怪しく糸を引いていた。

 どうやら姉の一芽は、同じ大豆ならどれも同じだと思って、納豆に大量の砂糖をぶち込んで加熱したらしい。焦げた砂糖の苦味と、熱で暴走した納豆の匂い。脳をジャックされるような絶望的な異臭に、私は思考を完全に停止させた。


 急遽欠員が出たためママがスーパーへ駆り出され、パパが「夕飯は僕が準備するよ」とレシピ本を取り出した、その時だった。


「待ってパパ」


 パパの手を止めたのは我が姉、一芽。親しみを込めて、ウチらは『デストロシェフ』と呼んでいる。

「……いや、たまには僕が……」

 結末が予見できているパパは必死に止めたが、一度決めたら絶対に引かない姉が納得するはずもなかった。

「パパもたまの休みはゆっくりしたいでしょ? 今度は絶対大丈夫。昨日ママの手伝いしたし、今日は私が作る!」

 そして、今に至るというわけだ……(絶望)。

 目の前には、姉が作ったであろう『呪物』が混じった『ワンプレートおせち』が並んでいる。一際目を引く、茶色のスライムのような謎の物体を私は指差した。

「お、お姉ちゃん……この茶色いグデグデのゼリーっぽいものは……?」

「ああ、これ? 栗きんとん! 二葉好きやろ? ちょっぴし栗が砕けたから寒天でくっつけたん! まあ、味は美味しいから!」

 血の気が引きそうなレシピである。

(これ以上、被害を拡大させたらアカン!)

 ウチはスマホで作り方を調べる余裕すらなく、気づけば卵のパックとフライパンを掴んで部屋を飛び出していた。


「ウチ、伊達巻調達してくるわ!」

 階段を駆け下り、三〇一号室の門を叩く。扉を開けたのは西海くんだった。

「二葉ちゃん。あけましておめでとう」

「おめでとう〜! 今日もカワイイ〜! え、てかネイルやば! 馬やん!」

「そ〜。初売り行ってきたん。二葉ちゃんは……お料理?」

 連休満喫モードの彼の姿につい盛り上がってしまったが、すぐに危機を思い出して事情を説明した。

「西海くん、助けて! お姉ちゃんが気合入れて晩御飯を作ってくれとるんやけど、訳あって手伝うことになって……でもウチじゃ力不足で!」

「わかった。ボクでよければ任せて!」

 西海くんはデコレーションされたネイルをサッと外し、フリフリの袖を捲り上げた。私も寝巻きの袖を捲り、髪を結び直す。

「なるほど、伊達巻か。それで卵を」

「うん……とりあえず持ってきたんやけど、作り方とか調べてくれば良かった……」

「大丈夫。何度も作ってるから、一緒に作ろう」

 西海くんが冷蔵庫から出したのは、はんぺんだった。

「これ……はんぺん?」

「うん。ふわふわにするために入れるんだよ。細かく千切ってフードプロセッサーに入れてくれる?」

 指示に従って手を動かす。西海くんが卵を混ぜる規則正しい音だけが響くキッチン。いつもは賑やかな彼との時間が、今は驚くほど静かで、心地よい。隣に「分かっている大人」がいるだけで、こんなにも安心できるなんて。


 やがて、キッチンに黄金色の甘い香りが立ち込めた。仕上げの巻き作業は私がやったので少々不格好だが、出来栄えは完璧だ。

「味見しよう、味見」

 端っこを二人でつまみ食いする。あまりの美味しさに、泣きそうになった。

「美味い……天才すぎる……」

「だね! ボクもおせち作ろうかな。でも一人じゃ多いかぁ」

 その言葉に、私は彼のエプロンの裾をギュッと掴んだ。

「一緒に食べようよ! 西海くんの腕前、ウチの家族にも自慢したいし、皆絶対喜ぶから。ね?」

 西海くんはふっと自然に口角を上げ、「……ふふ、じゃあ、お邪魔しようかな」と笑った。


 家に戻ると既にママも帰宅しており、食卓には西海くんの伊達巻が加わった。ようやく取り戻したお正月らしい華やかさ。賑やかに箸を動かす中、三花が耳元で囁く。

「……西海さんに、あの『呪物』を食べさせるなんて、お姉ちゃんも悪いね」

「えっ!? あっ、忘れてた!」

 一芽姉の自信作(?)を一口食べた西海くんの顔は、見たこともない色で固まっていたけれど。

「唯一無二の刺激的な味ですね」

 そう言って優しく笑ってくれた彼を、私は心の中で「一生、ついて行きます!」と拝み倒した。


 窓の外、向かいの三棟四〇一号室。

 カーテンの隙間から、一人でコーヒーを飲んでいた月島さんが、こちらの騒ぎに気づいて小さく微笑んだのを、私はまだ知らない。

• 2棟401号室:あおい 二葉ふたば

アパートで一番賑やかな葵家の次女。盛り上がることが大好きで、ギャルマインドを大切にしている高校1年生。ポジティブな性格だが、姉の『破壊的』な料理にだけは生命の危機を感じて脳がフリーズする。


• 2棟301号室:西海さいかい 光秀みつひで

週末限定で『カワイイ』を追求する青年。プロ級のメイク技術を誇り、変身後は元の面影が一切ない。平日は建設会社で働く職人であり、趣味のことは職場には秘密。手先が器用で、料理の腕前も達人級。


• 2棟401号室:あおい 一芽かずめ

葵家の長女で高校2年生。普段はしっかり者で負けず嫌いだが、料理の腕前だけは壊滅的。素材を殺すアレンジの天才。味覚は正常なはずなのだが、なぜか自分の料理を「まずい」と思ったことがない、ある種幸せな感性の持ち主。


• 葵家の状況

母はスーパーのパート、父は「ここあ(愛犬)」を避難させるという名目でベランダで洗濯物を干して取り込んだり、風呂掃除をしたりなどに逃げるのが通例。実は三女の三花がママを抜いて一番の料理上手なのだが、この日は遊びに出ていたため、帰宅後にキッチンの惨状を見て卒倒しかけることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ