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1月1日-雪解けの御神籤【3棟401号室:月島 宗一郎】

フロントガラスに落ちては消える重たい雪を、ワイパーが機械的な音を立てて払いのけていく。

 助手席のボンボン――いや、俺の会社の御曹司・豊蔵 太陽は、先程から一言も発さず、流れる鈍色の景色をじっと見つめていた。

 「……悪いな、月島」

 不意にこぼれた声は、湿った雪のように重く沈んでいる。


 去年の春、彼は大学入学を機に、駅前の高層マンションで一人暮らしを始めた。実家はここから車でわずか二時間の距離だ。親の目が届く贅沢な城を買い与えられ、いつでも帰れる環境にいながら、彼はあえて初めての正月を一人で過ごす道を選んだらしい。

 毒気を抜かれたような横顔を見ていると、結局は寂しさに耐えかねて、一番御しやすい父の会社の部下である私を連れ出したのだろうと、勝手な推測をしてしまう。

 「気にしないでください。私も年末年始は暇を持て余していましたから。ちょうど良かったんですよ」

 それは嘘ではない。だが、免許取り立ての彼が「俺が車を出します」と凍結した雪道を運転しようと言い出した時は、流石に心臓が冷えた。結局、私がハンドルを握ることになったが、彼が指定した神社はマンションから車でわずか五分の場所だった。

 歩いても行ける距離だ。それなのに、彼はあえて「車を出す」と言った。

 ……ああ、そうか。

 彼はただ、私を助手席に乗せたかったのだと、ようやく気づく。もしかして、私を誘ったのも……いいや。それはないか。

 「着きましたよ。行きましょう」


 参拝を終え、石段を降りる頃には、太陽の周りに同世代の活気が戻っていた。

 「あ、太陽!」「明けおめ!」と、同じ大学の友人らしき連中が次々に彼へ駆け寄ってくる。自分より十センチも高い背中を揺らし、彼はそれらに器用に、かつ少し誇らしげに応えていた。

 友人なら、あんなにたくさんいるじゃないか。

 私は、少しだけ喉の奥がチリと焼けるような感覚を覚えながら、友達と別れた彼に、一歩下がって問いかけた。

 「……友人と来た方が、楽しかったのでは?」

 「……は?」

 太陽が、弾かれたようにこちらを向く。

 

 「……月島は、俺と来たくなかったのか?」

 

 捨てられた仔犬のような、あまりに直球な不安。三十歳の男にとって、二十歳の青年のその眼差しはあまりに眩しすぎて、私は思わず目を逸らした。

 「いや、そうではなく。……私のような、華のない三十のおっさんとわざわざ初詣なんて。下手をすればパパ活だと疑われますよ」

 自嘲気味に笑う私を、彼は強い力で引き止めた。分厚いコート越しでも、若者らしい熱い体温が伝わってくる。

 「おっさんじゃない! それに……俺が、どれだけ勇気を出して誘ったと思ってるんだ。あのスカスカなマンションで、月島が『いいですよ』って返事くれるまで、心臓が止まりそうだったんだぞ!」

 周囲の参拝客が、何事かとこちらを振り返る。

 鉛色の空の下、神聖な境内に響き渡った彼の告白は、あまりに純粋で、私の卑屈な論理など一瞬で溶かしてしまった。

 彼は寂しかったのではない。ただ私といたかっただけなのだと、その熱量に突きつけられる。

 (ああ、やっぱり、そうだったのか……)

 

 「……本当に、困った人だ。大学で揶揄からかわれても知りませんよ」

 呆れ半分、もう半分には自分でも驚くほどの熱をはらんだ笑みをこぼすと、彼は満足したかのように「ほら、おみくじ引くぞ!」と私の腕を強く引っ張った。

 一歩先を行く彼の、見上げるような高い背中。繋がれた腕から、逃げ場のない熱が伝わってくる。

 「あ、大吉だ!!」と、歓喜するボンボンの横で、私は自分の御神籤(おみくじ)を眺めていた。

 願事は『早く叶いて喜びあり 人を敬いてせよ』か……。

 雪はいつの間にか止んでいた。雲の隙間から、その名にふさわしい鮮やかな冬の太陽が、冷え切った世界を照らし始めていた。

【登場人物紹介】

• 3棟401号室:月島つきしま 宗一郎そういちろう

高校卒業後、親と縁を切るようにこの土地へ流れ着いた真面目なゲームメーカー課長。会社の御曹司・太陽に懐かれ、日々振り回されている。自分を「堅物で面白くない男」だと思い込んでいるが、実は周囲から厚く信頼されている。最近の悩みは、密かに通っているデッサン教室で一向に絵が上達しないこと。


豊蔵とよくら 太陽たいよう

月島の会社の御曹司。ある出来事をきっかけに月島を信奉しており、アパートに入り浸っている。大学入学時、河北アパートへの入居を希望したが、親の意向でいつの間にか駅前の高層マンションに住まわされていた。浮世離れした発言も多いが、その心根はどこまでも真っ直ぐで正直。

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