1月8日-お利口なカラスと献上品【蜂須賀 寧々:4棟601号室】
黒いカラスが、真っ白な雪の上をよたよたと歩いていた。
その歩き方はどこか律儀で、歩道側の信号が青になった途端、堂々と横断歩道を渡り出す。
(……中身、人間なんちゃうん?)
あまりの賢さに、そんな疑いすら抱いてしまう。
私はちょうどコンビニでお菓子を買い込み、適当な散歩を楽しんでいたところだった。
「好奇心こそが、人の成長だ」
……なんて、誰かが言っとった気がする。知らんけど。
今の私にあるのは、純粋な「暇」と「興味」だけ。逃げられるまでこの賢い隣人を観察してみようと、私は心に決めた。
「ほお、そうくるか。お利口さんやなぁ」
カラスを追って横断歩道を渡りきった私は、思わず独り言を漏らした。
カラスは渡りきる間際、アスファルトの上に木の実を数粒、丁寧な口つきで置いていったのだ。そのまま歩道の上で、じっと対向車線の信号が変わるのを待っている。
車に踏ませて、殻を割る。
話には聞いたことがあったけれど、目の前で実演されると感動もひとしおだ。
青信号とともに走り出した車たちのうちの一台が、見事に木の実を捉えた。
パキッ、と小気味よい音が冬の乾いた空気に響く。
カラスは車列が途切れた一瞬の隙を突き、誇らしげに羽を広げた。嘴で器用に中身を掻き出し、ペロリと平らげる。
食べ終えた後に半開きになった口元が、「美味かった」と満足げに笑っているように見えた。
「カラスがこんなに可愛いなんて、知らんかったわぁ……」
それから私は、カラスが何度も往復するのを飽きずに眺めていた。
踏まれやすい位置へ微調整したり、潰れすぎた時は潔く新調したり。その一つ一つの動作に知性と愛嬌が詰まっていて、気づけば二時間が経過していた。
しっかりマフラーと手袋、カイロまで仕込んだ「重装装備」で固めてきたけれど、流石に鼻の頭が冷え切ってきた。
「じゃあね。風邪ひかんようにな」
話が通じるはずもない相手にそっと手を振って、私は河北アパートの方へ背を向けた。
「カァ」
呼び止めるような鳴き声に、勢いよく振り向く。
カラスは、私の真似でもしようとしたのか。不器用に片方の羽をひょいと持ち上げ、もう一度短く鳴いた。
「……っ、めちゃめちゃ、ごっつい可愛い〜!」
私は反射的にスマホを取り出し、「カラス クッキー 大丈夫」と素早く検索した。気になることはすぐ調べるのが私の性分だ。どうやらチョコ抜きなら、一口二口は「たまのご馳走」になるらしい。
私は安心すると、コンビニ袋から自分用のバタークッキーを一粒取り出し、指先で粉々に砕いて雪の上にそっと置いた。
「君ほんま賢いな〜 やられたわ。お菓子持っとることまでお見通しやった?」
賢い隣人への、今日のお礼とお裾分け。
ミツバチとカラス。
雪道で結ばれた小さな秘密を胸に、私は徳島の実家で習った阿波踊りのステップを、誰にも見られないように少しだけ踏みながら、軽やかな足取りで家路についた。
第6話 登場人物紹介
4棟601号室:蜂須賀 寧々(はちすか ねね)
徳島出身の大学生。散歩中にカラスを二時間観察し、わざわざ「クッキーをあげていいか」を検索してから献上する、真面目で好奇心旺盛な性格。現在はただの散歩好きだが、のちに散歩仲間から「歩くだけでポイントが貯まるアプリ」を教わったことで、その才能が開花。異常なほどまでに荒稼ぎし『歩くATM』という異名がつくのは、また別のお話。




