⚫︎1月7日-暖かさに捕らわれて*4【2棟602号室:茅野 蓮慈】
――午後二十一時。
宴も終わり、俺は年頃の女の子2人を暗い時間に歩かせるなんてそれこそ教師として失格だと思った為、誉志と彩月を車で送る事にした。葵家族に見送られて後にする。
…が、駐車場。二人を後部座席に乗せ、エンジンをかけた時――ふと、言い忘れたことが胸に閘えた。
「……あ。すまん、忘れ物をした。葵に届けてくるから、ちょっと待っていろ」
「え? あ、じゃあ自分がいってこようかー?」
「いや、大丈夫だ。すぐ戻る」
二人の声を背に、俺は再び二棟のエレベーターに乗り込んだ。
401号室の前。インターホンを鳴らすと、すぐに二葉が顔を出した。
「あれ、先生? 誉志からチャットで聞いたけど忘れ物って……」
誉志の気遣いに感謝する。まあ、あの子の場合は早く帰りたいからかもしれないが…
「……ちょっと廊下に出てくれるか?寒いのだが…」
「あ、うん……」
心配そうな彼女の前に立つ。
廊下の冷たい空気が、俺の火照った頭を少しだけ冷ましてくれた。
俺は教師としての仮面を一度外し、一人の大人として、彼女の真っ直ぐな瞳を見据えた。
「……葵。さっきの続きだ」
葵は、弾んでいた表情を隠すように気まずく俯いた。
(……楽しかった思い出に水を差したいわけじゃない。だが、このまま『物分かりの良い先生』で終わるわけにはいかないんだ)
俺は、自分への戒めを込めるように言葉を紡いだ。
「……いいか。教師としては、やはり俺の判断は間違っている。本来なら今すぐお前を止めなきゃいけない。……だが、俺はそれをしないと決めた。お前の想いも、あの店の価値も、今の俺には否定できないからだ」
驚いたように顔を上げた葵に、俺は少しだけ距離を詰めて語りかける。
「だから、これからは俺もお前の『嘘』の片棒を担ぐ。その代わり、約束しろ。やるべきことは疎かにしない、体は壊さない。……もしお前が限界を超えそうになったら、その時は俺が、全力でお前を止めにいく。……いいな?」
二葉は一瞬、呆気に取られたように目を見開いた。
やがて、その瞳にじわりと熱いものが溜まり、次の瞬間、今日一番の笑顔が弾けた。
「……っ、はい!!」
俺も安心して、今日の全ての蟠りが片付いた様な、そんな感じがした。
「それじゃあ、また明日。体壊すなよ」
そう言って、エレベーターへ向かうと、突然、「先生……」と声をかけられた。「なんだ?」と言って振り向くと、エレベーターが開くのと同時に大きく息を吸い込む様な音が聞こえた。
「好きーーーーーっ!!」
夜の静寂を切り裂くような大声に、俺は心臓が止まるかと思った。
「……っ、バカ! 声がデカい! 誰が聞いてるかわからないだろ!」
「えへへ、じゃあね! また明日!」
赤面して逃げるようにエレベーターへ駆け込む俺を、二葉はいつまでも手を振って見送っていた。
外に出ていて聞いてたのか、車の後部座席でニヤニヤと俺を見つめて揶揄う2人を家まで送り届けて、俺は自室の602号室に戻る。
左手の薬指に食い込んだ、ギチギチの二つの指輪。
俺はそれを愛おしむように撫でる。
「……眩しすぎるな、あの子たちは」
かつての絶望で止まっていた俺の時間が、二葉の熱に当てられ、ほんの少しだけ、前を向いて動き出した気がした。
第7-2話 登場人物紹介
• 2棟602:茅野 蓮慈
三条女子高校1年1組担任。
教え子の純粋な光に当てられ、止まっていた自分の時間がわずかに動き出したことを実感する。……が、感動に浸れたのは一瞬だけ。車内では「先生、耳まで真っ赤ですよ?」「何を『忘れて』きたんですか〜?」と、最強女子高生コンビによる猛烈なデッドボール(だる絡み)を受け続ける羽目に。この夜の「共犯の約束」は、彼が死ぬまで墓場へ持っていく最高の秘密になった。
• 2棟401:葵 二葉
ただ校則を緩めてもらったのではなく、自分の「生き方」を丸ごと肯定してくれた先生に対し、信頼と尊敬が爆発。勢い余ってアパート中に響く声で愛を叫んでしまった。「冷たい教師」から「唯一無二の味方」へと格上げされた茅野先生を、次はどうやって自分の賑やかな世界に引きずり込もうかと、今から野望を燃やしている。




